第26話 決意表明
気絶したビルスを部屋に運び、2人きりになったスードは今、アンネに大きな長いテーブルのある食堂に連れられ紅茶を入れてもらっていた。
「あ、頂きます」
何か底知れないものを持つ彼女に少し居心地の悪さを感じながら、しかし悪意などは一切感じないのでありがたく温かい紅茶を口に運ぶ。
茶葉のほのかな渋みと上品な香りを感じる。一口飲むだけで身体の芯から温まってものすごくリラックスしてしまうこの紅茶はあまり詳しくはないが、おそらくとても良いものだろう。
「どう?美味しいでしょ?すごく良い茶葉なのよこれ」
そう嬉しそうに言いながら彼女はテーブルを挟んだ向かいの椅子に座り一口紅茶を飲んだ。
「あの、それでこの場所っていったい…」
「この場所はあの屋敷を再現したものよ。ちょっと空間をいじって幻影魔法を使ってるだけ。」
空間をいじるという意味の分からないことを言っているが、これが幻影魔法というのも意味がわからない。
彼女はいったいどれほど規格外な魔法使いなのだろうか。
―――彼女を【再現】しておこうか。
出来るかは分からないが、騎士団でも無いのだから恐らくは出来るはずだ。彼女をストック出来ればこの戦いは驚くほど楽な戦いになるはず。どこかで隙を見て実行しようと考えていた矢先、彼女が口を開いた。
「それより、2人がいない今のうちに少しだけ話しておきましょうか。あなたの事を。」
「え?俺のこと…?」
「ええ…あなたの事よ。スード」
なんなのだろう。ただでさえ自分でもあまり自分の事を知らないのに、何か彼女は知っているのだろうか。
「まず初めに、ごめんなさい。」
背筋を伸ばし姿勢よく座っていたアンネは背を折り、頭を下げた。
「…え、ちょっ何して…」
突然謝られて動揺するスードに彼女は続ける。
「私のせいで、あなたを苦しませてしまったわ。そしてこれからも…」
「いや、意味が分かりませんって。何の話ですか」
謝罪の意味が分からないが、本気で謝っている事だけは分かる。彼女の手は強く握られ、その艶のある声はほんの少しだけ不安に揺れていた。
「今全部を話せるわけでもないの。でも、落ち着いて聞いてね」
「…はい、分かりました」
頭を上げ、少し震えていた声とは裏腹にその目には絶対にブレることのない芯の強さも同時に感じられた。
「あなたが空っぽの器として生まれたのは、私が関わっているの。そして人間界に来てからの事、あなたが仲間達とどんな思いを抱いて成長してきたか、全て見てきたわ。」
―――は?俺の生まれに関わっている?どういう事だ。意味がわからない。
予想外すぎるその言葉にスードの思考は一瞬停止し驚きの言葉すら出てこない。それに魔王城で生まれてからこれまでの記憶には彼女の姿などどこにもない。なら、彼女は何者なんだ。
「信じ、られないわよね。でもそうなの。私は魔王様とは会ったことがある。そしてあなたが誕生するまでの手伝いをしたわ。」
「なん…で」
「それは…まだ言えないの。ごめんなさい、魔王様との契約で全ては言えないし、あなた達を直接手助けすることも出来ない。でも、一つだけ言わせて。」
アンネが何を言っているのか理解が出来ないが、彼女の真剣な眼差しを見て、声を聞いてそれを中断させる事が出来ない。全てが真実なのだと、そう思わせられる凄みを感じた。
そして彼女は席を立ちスードの横まで歩き、両手を優しく、愛しむように包み込んだ。
「誰の為でもない。あなたのやりたいようにやりなさい。あなたは自分の人生を生きなきゃダメなの。だから本心を聞かせて?あなたはどうしたい?」
変わらず彼女の言っている意味が理解できないが、彼女の言葉には自分の何かを直接揺らされているような気さえする。
そして正直にこの問いかけに答えなきゃいけないと自分の何かがそう訴えかけていた。
そう思い、心配する彼女の手を大丈夫だと言わんばかりに強く握り返す。
「俺は……」
「お風呂あっがりましたー!」
「すみません!僕気を失ってたみたいで!」
自分のやりたい事を宣言しようとしたその時、ドタドタと足音が聞こえ、バンッとドアが開き2人とも騒がしく部屋に入ってきた。
「あ、あぁそうかい。すまんねスード、でもちゃんと考えておいておくれよ」
歯切れが悪そうに握っていた手を離し、後から来た2人に紅茶を入れようとアンネは歩き出す。
なんとも悪いタイミングだ。でも、2人の顔を見て考えが固まった。この際、2人の前で宣言しよう。特に意味は無いが右手の拳を前に突き出した。その方がやる気が出る。
「アンネ。俺はこの2人を、人間を死んでも守りたい。それが俺のやりたい事だ!」
人間を滅ぼす魔族として人間界に来たスードは3人の前で勢いよくそう宣言した。
「死んだもなんてダメだよ!?私もスードを守るんだから!」
「君は…もう!僕も君には守られてばっかりだけど!もう守られないよ!今度はこっちの番だからね!」
それを聞いた2人が慌ててスードの元に駆け寄り右手をグーで重ねてくれる。少し騎士団に追われてから言い表せないわだかまりがあった3人だったが、何も解決していないのに何故か3人がまとまった気がする。
それを目で、肌で感じ3人目を合わせて笑い合った。
「ははっ!」
「えへへ…」
「ふふっ…」
側から見れば微笑ましく温かいその光景、友情を超える絆を感じるその光景を、全てを知る黒の魔女はただただ悲しそうに見ていたのだった。




