第25話 隠し通路
コツ、コツ、と3人の足音と水の流れる音だけが聞こえる空間をひたすら1時間は歩いただろうか。
「どう、なってんだ?ここ」
あまりに広く、出口の見つからない状況に徐々に不安が募ってゆく。
最初は下水道なのだと思っていたが、それにしては空気と流れる水が綺麗で清潔にされている。
「出口、見つからないね」
「そうだね。それに多分、ここ下水道じゃない」
この静かな空間で、3人の会話がこだまする。あまり長く居ると気がおかしくなってしまうような気までする空間だ。そして、ここに来て3人の足が止まる。
「…は?行き止まり?」
目の前には道を塞ぐ壁があった。
この空間の違和感はそれだけではない。これまでずっと一本道で、分かれ道がなかったのだ。そしてここに来ての行き止まり。この緊張感と異様な地下、3人の肩を大きく落とすには十分な仕打ちだった。
「しょうがねぇ、戻るしかないな」
しかし、ここまでペースは決して遅くなかったとは言え、後ろから追っ手の音が聞こえてもおかしくはないはずだが、それが全く聞こえない。もしかしたら隠し扉がバレていない可能性もあるはず。
目の前の壁に何か仕掛けがないか確認し、引き返そうと体を反対に向けたその時、後ろから声がした。
「待ちなさい」
後ろから突然艶のある女の声が聞こえ、3人同時に剣を抜き振り返った。しかし、そこにあるのはただの壁だけだ。
「誰だ!」
辺りを警戒しながら敵を探す。どこから来るか分からない攻撃に空気が張り詰めたその時、目の前の道を塞いでいた壁がフッと消え先に続く通路と女が出現する。
年は見た感じ40後半くらいだろうか。魔女の様な黒いローブを羽織り、その黒に統一された服装に合わせるような長く黒い艶やかな髪を地面スレスレまで垂らした美しい女性がそこに立っていた。
「誰だ?追っ手、じゃないよな」
「油断しないでスード。まだ分からない」
見るからに怪しいが攻撃の意思は無さそうで、少し警戒を緩めかけたスードにビルスが釘を刺す。しかしその様子を見た目の前の美女は予想外の反応だった。
「フッ、ホッーホッホッ。大丈夫ですよ。私はあなた達の味方です。」
口に手を当て上品に笑うその姿はまるでお金持ちのマダムの様な振る舞いだ。
「私たちの、味方?」
しかし、いかにも怪しげな女をすぐに信用できるはずもなく剣は構えたまま降ろさない。
「そうよ!まぁ私についてきなさい。そしたら本当だって事、わかると思うわ。」
そう言って剣を構えた3人にあろうことか黒美女は背を向け、出現した道へと歩いてゆく。
3人とも目を合わせ、さっきのどうしようもない状況よりかは行ってみる価値はあると判断し、彼女について行くことにする。
「2人とも、警戒は緩めないでね。」
剣は取り敢えず腰にしまったが、3人は警戒は緩めずに新しく出現した道をコツ、コツ、と再び歩き出した。
◇
「みんないらっしゃい!ここが私の本当の家よ!」
あれから5分ほど道を歩き、辿り着いた扉を開けるとそこにはさっき見ていたばかりの景色が広がっていた。
「え、これ…さっき俺たちがいた屋敷か?」
大きな玄関のを進むと両奥にはさらに奥に続く廊下があり、その中央には2回へと続く大きな階段がある。
内装は赤を貴重として作られ、天井には大きなシャンデリアが飾られていた。
これはさっきまで居た屋敷と寸分違わない光景だ。
「もしかして、あなたはあの屋敷の?」
無人の屋敷の隠し通路。そこに繋がる全く同じ家の持ち主などそうとしか考えられず、同じ考えをしたレフィリカがそう質問した。
「そう、正解よ。私はアンネ。あの屋敷の持ち主で世界有数の魔法使いよ。」
「アンネ!?まさか、あのアンネですか!?」
女の正体を聞いたビルスは興奮した様子で目を輝かせた。実際、俺のどの記憶にもその名前は聞いたことがある。
むかし国を救った英雄、風の一族と共闘し、1人だけでその戦果と同等のものを上げたと言う最強の魔術師。
しかし、それらの行く未来は同じく、国に危険だと見なされアンネに至っては国民の前で処刑されたと聞いていたが…
「生きてる…それに、年齢もおかしい…よな?」
その話は大体200年ほど前の話だ。仮に処刑を免れたとて今生きているはずがない。
「そう思うわよね。でも私、すごい魔法使いだから」
そう言いながら微笑むその瞳にはこの世界の全てを知っているかのような、そんな奥深ささえ感じた。
「あ、握手…握手してもらってもよろしいでしょうか!?」
意外にもビルスはそういう歴史話、英雄譚がとても好きみたいで子供のように目を輝かせている。
「勿論!こっちにおいで坊や。」
両手を広げ、聖母のようにビルスを誘う。あの構えは握手ではなくハグだ。
しかし歴史的偉人に正面から飛びつく勇気はビルスには無く、恐る恐る両手を握手の形で保ちながら近づいた。
しかしそんな小心者のビルスの身体を勢いよくアンネの両手が包み込む。
「……!」
「もうっ!こう言う時は握手じゃなくてハグでしょ?」
夢物語に出てくるような偉人の胸に包まれ、フリーズしたビルスはフリーズした後、白目を剥いて気を失った。
「あらっ。ちょっとやり過ぎちゃったかしら」
気絶したビルスを優しく抱きかかえ、寝室に運ぼうとするアンネは背を向けながらレフィリカにこう言った。
「そこの可愛らしい女の子。お風呂、あったかいから入ってきなさい。」
「えぇ!いいんですか!?」
遠征に行けば何日も風呂に入らない事なんてザラにあるが、やはりそう言う時以外は入りたいのが女の子だろう。「やった〜!」とぴょんぴょん跳ね、鼻歌を歌いながら風呂場へと向かう。
気を失っているビルスを除いて、2人になってしまった。彼女は俺を見ていないにも関わらず、まるで全てを見透かされているような気がする。
そんな考えが頭によぎるスードを背に、誰にも聞こえない、聞かせるつもりのない心の中だけで止めるつもりだった言葉が彼女の口から小さく漏れる。
「成長したのね…スード」
その時、その場にいる誰にも見られることのなかった彼女の表情は慈しみ、悲しみ、後悔など一言では言い表せないほどの複雑な色をしていた。




