第23話 嘘
「落ち着いた?」
小さな身体を優しく抱きしめ、腕の中で抵抗しなくなったレフィリカにビルスはそう問いかけた。
「ぐすっ、ごめん。もう大丈夫。」
鼻を啜りながら謝るレフィリカの目は少し赤みがかっていて、頬には涙の跡が残っている。
「レフィリカ…。本当に大丈夫か?」
先程の取り乱し様とレフィリカとは思えない行動の数々だったのでやはりとても心配だ。
「スード…。本当にごめんなさい。私、この手でスードの事…」
「ちょっと待って。レフィリカ、スードは…」
「分かってるよビルス。スードは魔族、少し前からそれは知ってたんだ。内緒にしててごめんね。」
「…っ」
ビルスの行動は当然の帰結だ。魔族は危険で、大切な友達には近づけたくないはず。
「でも、大丈夫だよ。スードはスードだから。今も私達を助けようって、そうやって考えて悩んでくれる優しい魔族だよ。」
「それはっ…。うん、そうだよね。僕がおかしかった、ごめん。」
この状況で、どちらが正しいかと言えば普通に見ればビルスだ。魔族を許して一緒にいるだなんて、レフィリカがお人好しすぎるだけ。
でも、それはビルスも同じだった。
「それは違う!ビルス、悪いのは俺だ!なんで自分を攻めるんだよ!」
でも、ビルスは悪くないと、お前が正しいと訂正しようとしたが、それを更に勢いで上塗りされる。
「しょうがないじゃないか!魔族の君が僕たちを騙していたのは許せない!でも、君は本気で僕達を思って、優しくしてくれたのも事実だ!それを否定するなんて僕には出来ない…っ」
その言葉にスードは言い返す事ができない。レフィリカに救われたから。言い返すと言うことは彼女のあの時の言葉も否定することになる。も
「そう、か…。ごめん、ごめんな。」
「だから…っ、謝るなよ!」
「うん…ありがとう。絶対にお前達は俺が守るから。」
―――もう、彼らに嘘はつかない。絶対だ。
意見が衝突しあい、少しわだかまりを残したまま部屋に沈黙が流れた。
「それで、レフィリカは本当に大丈夫か?何か違和感とか、何があったかとか覚えてるか?」
「う、ん。大丈夫だと思う。私スードが心配で追いかけて、あの部屋の前でおかしくなっちゃった。思い出しちゃったの。」
「思い出したって、何を。」
おそらく、彼女からしたら思い出したくない記憶だろう。なにせ、一度死んで認識を変えられているのだから怖いはずだ。
でも、これは聞かないといけない、逃げられない事実だ。
少し険しい顔をしたレフィリカは、緊張をほぐすように唇の乾燥を舌でチロと舐め、一息ついてこう言った。
「私があの部屋に初めて行ったのは訓練の初日の夜。そこで後ろから殺されて、カプセルに入れられたの。」
「なっ…」
「…っ!でもなんで、訓練初日なんだ?」
想像してたよりも早い出来事に2人して怯むが、そこで止めることはできない。俺たちの反応を横目に、彼女は続けた。
「この前、私には騎士団にお兄ちゃんがいるって言ったでしょ?最初家に帰ってきた時は何も無かったんだけど、またしばらくして帰ってきた時、見ちゃったんだ。」
「透過して、驚かせようとしたの。でも、その時気づいたんだ…。お兄ちゃんの魂が無くなってたの。」
―――まさか、想像してた1番の最悪だ。何よりも醜悪で、悪意の塊のような事実。
「それが怖くて、でも言い出せなくて。私は原因を探るために騎士団に入った。それで、初日に本部へ潜入したの。そしてあの部屋にたどり着いて、後ろから誰かに殺された。」
「びっくりしたよ。だって、騎士団の人達みんな、魂が無いんだもん。そして多分、今私も…。」
「ちょっと待ってよ!そんなの…!分からないじゃないか!君はまだ自分を確認してないんでしょ!?それに、それが本当に魂かどうかなんて、分からないじゃない!」
どこか諦めたようにそう言ったレフィリカに、ビルスはまたしても怒りを露わにした。その怒りはおそらく、彼女にだけではなくこの世の全て、そして何もできない自分に。
だが、スードにはどこか確信のような物があった。騎士団、そして今レフィリカには魂はないと言う確信。
そしてその理由はただ1つ。
―――騎士団は【再現】が出来ない。
もし今まで謎に包まれていたこの能力が魂を元に再現しているなら、全て辻褄があう。
そしてそれはレフィリカに魂がないと裏付ける根拠にもなった。
前線へ行く前の休みの日、ストックを増やすために【透明化】があれば便利だと、彼女を再現しようとしたのだ。しかしそれは失敗に終わった。出来なかったのだ。
つまり、騎士団のみんなと彼女はもう本当の意味で生きてはおらず、生きてるかのように振る舞う死体なのだ。
そんな事を考えてしまった横で、ぐすっと鼻を啜る音
が聞こえた。
「うぅ…私、怖い。怖いよ…もう私死んでる…。ただの死体なの。なのに、スードも殺そうとしちゃった。ごめん、ごめんなさい…っ。」
―――ああ、俺は本当に救いようのないバカだ。目の前の少女がこんなにも悲しんで弱っているのに、何を考えている。心底自分が嫌いになる。
泣いているレフィリカにそっと近づき、左手を優しく握った。こんなにも柔らかく優しい手を持つ彼女を、1人で泣いてなんて居させられない。
そしてそれはビルスも同じ考えで、右手を優しく握っている。
「レフィリカ。お前はちゃんと生きてる。死んでなんかない、1番近くにいる俺達が、それを分かってる。」
「そうだよレフィリカ。大丈夫だから泣かないで。僕達が着いてるから。」
「うぅ…ひくっ…あぁ…っ」
3人とも、心の中のわだかまりが解けた訳ではない。だが、3人ともがこの2人のためにやりきろうと、そう決意を改めて固くした夜だった。
部屋に差し込む満月の光が、さっきより優しく、そして強く照らしてくれたような気がしてそのまま3人とも眠りに着いたのだった。




