第22話 満月の夜
「スード。これはどういうことか教えて。」
普段優しいビルスが今はとても真面目な顔で怒っている。しかし、それも当然だ。
今スード、ビルス、レフィリカの3人は騎士団から王国中に指名手配を出され、偶然見つけた元は貴族の屋敷であろう廃墟の一室に身を潜めている。
「ご、めん。本当に。でも、騎士団には居たらダメなんだ。」
「それは…どうして?」
「落ち着いて聞いてくれ…」
そう言ってガラスの割れた窓から入ってくる満月の淡い光に照らされ、今も気を失っているレフィリカを横に置いてさっきの出来事を語った。
「本当…なの!?そんなこと…。」
騎士団のあの部屋、カプセルの事、何故俺たちが追われているのか、そしてレフィリカも既に入れられているという事実を打ち明け、それを聞いたビルスは信じられないと言った様子だ。
「全部本当だ。多分、みんなそれをおかしい事だとも思えてない。ビルス、お前は大丈夫だよな?」
その声が、自分の喉から出たとは思えないほど掠れて、弱々しく縋るような声だったからすごく驚いた。多分、顔もとても見てられないような情け無い表情だっただろう。
それを察したのかビルスは一度ゴクリと喉を鳴らし、いつも通りの声と顔でこう言った。
「僕は…大丈夫だよ。」
おそらく、その言葉を発したビルスの心には溢れるほどの色々な感情が渦巻いていただろう。しかし、それをここで出して、話を止めるわけには行かなかった。
何故なら…
「じゃあ、もう1つ聞くね…。君は…魔族なの?」
当然、その質問が来ることは分かっていた。だから、もうその答えを言う心の準備は出来ていた。肌寒い夜の空気が更に凍てつくような感覚を全身で感じながらありのままを伝える。
「あぁ、俺は魔族。魔王軍幹部のスードだ。ここにはスパイとして来た。今まで騙していてごめん。」
「っ…!なんで!?」
潔く真実を打ち明けたスードに、これまで積み重ねてきた信頼への裏切りとこの最悪の状況が、悪感情を増幅させ、決壊する。
「おまっ、お前は!ずっとずっと…!僕達を騙して!嘲笑っていたのか!?僕に言ってくれた言葉も!全部嘘だったのかよ!?」
今まで見たことのないビルスの悪意の籠った顔が近くまで迫り、思いっきり胸ぐらを掴まれた。目を大きく見開き、必死に叫び切れた喉の血が飛んでいく唾に混ざっている。
「ごめん…。」
それを前にしてスードはもう、謝ることしか出来ない。
「ごめん、ごめんって!それだけしか言えないのかお前は!?もっと言い訳してみろよ!なぁ!?言い訳してよ…!」
そして力強く胸ぐらを掴んでいた右手はやがて力が弱まり、だらりと下へ落ちる。
「なんで…言い訳してくれないんだ。本当は違うって。俺は人間だって。そう言ってくれないと君は…」
ポロポロと涙を溢しながら項垂れ、しかし目だけはこちらを向きこう言った。
「君はこの半年間僕達みんなを騙し続けた、最低のま…」
その逃れられない事実が突きつけられようとしたその時、ふと視界の端で何か動くものを捉えた。そしてそれは…
「…すーどと、びるす?」
眠りから目覚め、暗い部屋に差し込む月光を纏った可憐な少女、レフィリカが目を覚ました。
「レフィリカ!」
それに気づいたスードはノータイムでレフィリカに飛びつき抱きしめる。とても小さくて暖かく柔らかい。こうやって触れてみれば普通の女の子だ。
「ごめんレフィリカ!首、痛くないか?どこかおかしいところないか?」
おかしくなってしまったレフィリカを止めるためとはいえ、首を強く打ってしまったのでとても心配していたから飛びついてしまった。少し気まずい空気で抱きしめた体を離す。
「…え?」
少し距離を空けたスードの首に、柔らかい感触が触れた。一瞬脳が理解できず、首元を確認する。
「レフィリカ!何してるの!」
横から困惑するビルスの声が聞こえる。なんだと思い、声を出そうとして出せないことに遅れて気づいた。
―――目に光の宿っていないレフィリカの手のひらが、俺の首を力強く絞めている。
「…がっ!……っ」
息が出来ず、声も出せない。本気で俺を殺そうとしている。ギリギリと首を絞められ肺が空気を求めるが呼吸ができない。身体が動かない。頭が回らない。ビルスにあやまりたい。れふぃりかにころされたくないみんなをたすけた…………
「やめて!レフィリカ!」
ドンっ!と目の前の少女が横に倒され、苦しみ途切れかけた意識が現実に戻ってくる。取り込めなかった空気を一気に取り込もうと、空気を一気に吸おうとして咳き込んだ。
「がはっ!…ひゅ…っ、ごほっ!」
地面に倒れ込み喘ぐ横でレフィリカを必死にビルスが抑えている。
「どうしたのレフィリカ!君が…!スードを殺すなよ!君がそれをしちゃダメだ!レフィリカは優しくて、仲間思いな奴だろ!?」
そして必死のビルスの呼びかけに、手足を抑えられ、身動きの取れなくなったレフィリカの目に光が戻った。
「あ、れ?え?あ、わたし、わたしわたしわたしわたしすーどをすーどをすーどを殺そうと、した?」
そしてレフィリカを解放するが、それは悪手だった。動揺し、視線が定まらず自由になった手で頭をかきむしり、普段から綺麗にしている栗色の髪が乱れることなんて一切気にしていない様子で発狂する。
「うそ。いや、いやだ。私はすーどの味方だってそう言って、言ったの!なのに、なんでなんで!?」
今にも自分の顔と身体を深く傷つけてしまいそうな雰囲気を感じ、ビルスは強くレフィリカを抱きしめた。
「大丈夫だよレフィリカ!大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて。」
地面に倒れ込むスードと取り乱したレフィリカを抱きしめる板挟みにされたビルス。その3人の様子を空に浮かぶ満月だけが静かに見下ろしていた。




