第16話 紛い物
額にはツノが2本生え、肩の高さまで死を思わせるような白髪を伸ばした身長の高い男が、気配もなく後ろに立ってこう言った。
「よぉくここまで来てくれたねぇ、スゥード。」
青白い顔をしたその男は魔王軍幹部の1人、ゼルファだ。
背後を取られたセルはすぐに前へ跳び、臨戦体制をとった。
「なっ…!ゼルファ…、なんでここに!」
スードは焦りながらそう質問を投げかける。
「なんでぇ、と言われましてもねぇ。ここは魔王城の目の前なんですよぉ?来たのは貴方でしょぉう?」
その言葉に何も言い返せない。しかし、どうする。この状況をセルに説明できない。
「まぁ、それを言うのもぉ、意地悪と言うものですねぇ。」
「どういう事だ?」
「思っていたでしょぉう?魔物の数が多すぎるとねぇ。」
「なっ…!まさか、森に入った時からずっと、お前があの魔物たちを!」
驚きの事実を聞かされ、しかしあれほどの異常な魔物の数、納得する他なかった。
そこで痺れを切らしたセルが話に割って入る。
「ま、待て、どういうことだスード。なぜこの魔族と普通に話している!?」
当然の疑問。しかし、スードには弁明できるだけの言い訳がない。
「そ、それは…。」
どもるスードにゼルファは困惑した顔で問いかける。
「スゥード。さっきから気になっていましたがねぇ?何故その人間ではなくぅ、私に敵意を負けているのですかねぇ?」
ゼルファの目つきに殺意が映り、全身の産毛が逆立つ様な感覚を覚える。
「おい!答えろスード!お前とこの魔族はどういう関係だ!?お前は!何者なんだ!?」
人間と魔族に板挟みにされ、スードの思考は高速で巡り、脳が今にも焼き切れそうだった。
「ぉ俺は、ち、違う。魔族とは昔からの知り合いで。セル、お、お前の仲間? な、かまだ。」
自分でも何を言っているのかわからず、もう疲労とストレスで今にも倒れそうだ。
そして、訳のわからないことを言った直後、どちらかは分からないが、視線が定まらず、下を向いていたスードは感じ取った。膨れ上がった殺意を。
直後、使い物にならない頭とは裏腹にすぐ体が動いた。
「なっ…!」
「スゥード?これはどういうことかねぇ?」
セルの前に体を運び、ゼルファに向かって額を地面につけ、願った。つまるところ、土下座だ。
「お願い、お願いします。人間を、せめて俺の仲間達を殺さないでください。大切なんです…!」
魔族と人間の狭間に揺れ、しかし苦しい思いをしたく無いから考えることを後回しにしてきたツケが、いま回ってきたのだ。だからせめて、今目の前のセルだけでも…。
ポタ…。ポタ…。ポタ…。
数秒の静寂の後、なにやら水の滴る音が聞こえた。
…後ろから。
恐る恐るスードは振り返る。見たくない、見たくないが見ないと…。
「ぐ、ごはぁっ…!」
後ろにはゼルファの右手に腹を貫かれ、盛大に血を吐くセルがいた。
「…ッ!セル!」
「はぁ、ガッカリですねぇ。まさか本当に人間に絆されていたとはねぇ、スゥード。」
貫通した体から手を勢いよく引き抜き、セルの口と腹から大量の血が流れ落ちる。
「せる…、セル!、セル…!!死ぬな…っ、死ぬなよぉ…。俺が、おれがぁ!!」
目から光を失い、地面に倒れ動かなくなったセルの元へと這いずる。
「おれが、ころした…っ。おれのせいで…。ごめん…っ。本当にごめん…。」
活動を停止したその体は、しかし血が流れ出ることを辞めず、地面を盛大に赤く染め上げる。
「そぉうです!あなたが殺したのですよぉ!だ、か、らぁ。魔族としての自覚を待ってくださいねぇ?」
軽快なステップを踏みながらこちらに歩き、耳元へ口を近づけ更にこう言った。
「あなたはねぇ、信じてくれていた人間を騙し、死へと導いた史上最低のぉ、ま、ぞ、く。なんですからぁ。」
フフフ、ハーッハッハッハッと下衆に笑っている。真横でそれをしているのだから、隙だらけだ。
だが、スードにはもう、何かしようとする気も到底起きなかった。
それを見たゼルファは、何か気に入らなかったのか不快な表情をし、スードの右肩に蹴りを入れ、吹っ飛ばす。
「ぐぁぁ!」
モロに蹴りをくらい、そのまま勢いを殺すことが出来ず地面に倒れ込んだ。
―――このまま自分は魔族として生き、人間を滅ぼすのだろうか?それともこのまま殺される?どっちでもいいか。もう、そんなこと。
「あなたぁ、やっぱり気持ち悪いですねぇ。仮にも仲間の人間が殺されたのですからぁ、普通は怒るのではないですかねぇ?」
その指摘を聞いて、ヒュッと喉が音を立て、体が震える。
―――聞きたくない。その先の言葉を。
しかし、無情にもゼルファは喋るのを辞めない。
「スゥード、あなたぁ本当は人間のことなんてぇ、大切に思っていないでしょぉ?」
「…ッ」
いつも頭の片隅にあった、考えたく無かったそれを、言い当てられた。もはや、スードにはその指摘が正しいのか正しくないのかも分からない。
体が震え、その先の言葉を耳に入れることを拒絶し、指で必死に耳を塞いだ。土で汚れていたが関係ない、耳に土の塊が入る不快感など、知ったこっちゃない。聞きたく、ないのだ。
それをみたゼルファはフフッと笑い、見ないようにしておいた心の蓋に爪を立て、むしり取る。
「仲間の友情を知ったと思いましたかぁ!?決して切れない絆を感じましたかぁ!?胸の高鳴る想いを、感じましたかぁ!?」
「分かっていないみたいなので私が言ってあげましょぉう!」
目の前に来たゼルファは膝を曲げ目線を合わせ、耳を塞ぐ指を掴んで引き剥がす。そしてスードは恐る恐る顔をあげ、至近距離で凶悪な笑みを浮かべた顔と目が合った。
「ぁ…、ゃめて、いや、だ…。」
弱々しいスードの懇願。しかし、ゼルファには届くはずもない。まるでこの世の悪意を全て詰め込んだかのような口撃をスードへぶつけた。
「オマエのその感情はぁ!【再現】で奪い取っただけのぉ!紛い物だぁ!オマエが本当に仲間に向けている想いなんてものはなぁい!!」
「黙れぇぇぇぇーーーー!!!!」
喉が壊れる程の絶叫をし、力を、魔力を思いのまま解き放った。地面は数十メートルはひび割れ、地響きが起こり、衝撃波は周囲の草木を根こそぎ奪った。
それを直前に察知したゼルファはすでに大きく距離を取り、被害を免れている。その顔はまるで、『全て上手く行った』かのようなにやけ顔をしていた。
スードはふらふらと力なく立ち上がる。
―――もう、いい。殺してやる。全部ぶっ殺して、ぶっ壊して、人間も、魔族も。俺も!だって俺は、史上最低の………俺って、一体誰だ?
その時、遠くから可愛くて、しかし強く温かな声に鼓膜を優しく揺らされた気がした。
「………!」
「………ード!」
「………スード!!」
夕日に照らされた栗色の髪を揺らしながら、愛らしい顔立ちをした小柄な少女、レフィリカが必死に叫び、こちらに走って来ていた。




