第15話 逃走劇
「ぉ、おい、おいセル!大丈夫か!?」
気を失い、ぐったりと眠っているセルの体を強く揺らすが、一向に起きる気配がない。
「くそっ、どこだよここ!みんなとはぐれちまった。」
おそらく、俺たち2人だけじゃない。あのキメラの咆哮に巻き込まれた全員が散り散りに飛ばされているだろう。
はっきり言って、これ以上ない最悪の状況だ。
この広い魔界で、1人になっている者が殆どだろう。いくら訓練を積んでいるからと言って、魔獣がひしめく中生きて帰るのはほぼ無理だ。
――――これは、チャンスなのではないか?
ここでこの部隊の殆どが死ねば、人間達を滅ぼすのに手間が省ける。
「また、それかよ…。」
ハッ、と乾いた笑いがでた。そう思ってしまった自分に心底呆れる。人間を、仲間を大事だと思えたのに。
「大丈夫だ…。絶対にお前たちは死なせない。」
せめて仲間だけでも救おうと、セルに手を伸ばし、おぶって砂漠を歩き出す。幸い今は辺りに魔物はいない。
サクッ、サクッ、と砂を踏み歩く音だけが響いた。
◇
地面が揺れるほどの多すぎる足音と、魔法だろうか。何かに衝突し、魔力が爆ぜる音。そして風を、肉を切る金属音が聞こえ、セルは目を覚ました。
「なん…だ、これは。」
重力が倍になったように感じながら、重たい体を起こし、その光景を見たセルは絶句した。
「はぁぁー!!!」
さっきまで森の中に居たはずが、今はあたり一面が砂だ。そして魔物の群れと、それを1人で殲滅している人間がいる。いや、あれは人間なのだろうか。
様々な魔法を駆使し、見たことのない体術を使ったと思えば、瞬間的に敵の前に移動し剣で一閃する。
「すーど、なのか?」
前から底知れない実力を持っていた。だが、あれはそんな次元ではない。まるで、この世の全ての技を使うことができる技神だ。
「チッ、数多すぎだろ!キリがないっ。」
あまりの魔獣の多さに悪態をつく。戦い始めて30分は経つか。まだ息切れはしていない。が、何時間も戦い続けるのは無理だ。
「スード!加勢する!」
後ろから寝ていたはずのセルが声を上げた。セルがいればこの状況を切り抜けられる。
「セル!やっと起きたか!」
そう言って振り返ると、もう既にセルの周りには風が吹き、砂が舞い始めていた。
「後ろに来い。俺が辺り一帯を吹き飛ばす。」
とても頼もしい事を言われ、すぐさまスードはセルの元へ向かう。
「少し疲れるが、仕方ない。」
そう言うと、2人を囲むように渦巻く風は強く、そして大きくなっていく。まるで台風の目の中にいるような感覚。
「す、すげぇな。」
まさに圧巻。吹き荒れる風は周囲の魔物を空に巻き上げ、勢いのまま他の魔獣のぶつかり合う。
そうしてあらかたの魔獣をまとめ上げ、少し離れた地面に投げ落とした。
「お前、やっぱやべぇわ。」
「君に言われたくない。人外め。」
そうセルは悪態をつくが、この2ヶ月の付き合いで、本気で嫌だと思っていない事がわかった。いつもいやみったらしくトゲトゲしているが、セルも人間だ。
「よし、今のうちにここを離れるぞ。」
「…この状況の事は、後で聞く。」
ああ、それがありがたい。と返しながら、この場を後にして走る。とにかく遠く、魔獣が居ないところまで。
◇
「え?連絡が途絶えた!?」
その不吉すぎる報告をレフィリカは耳に挟んだ。
現在、レフィリカの部隊も魔王城を探す為、遠征に来ているのだが、毎日夜にする定時連絡がレオニスの部隊だけ途絶えているらしい。
「ど、どういうことですか!?スードは!セルとハリスは無事なんですか!?」
珍しく慌てて声を大きくするレフィリカに、長く綺麗な蒼髪を背中に垂らした女性。部隊長のキティが答える。
「落ち着け、レフィリカ。こんな状況だ。仲間が心配なのは分かるが、慌てても仕方あるまい。」
そう諭され、少し冷静さを取り戻したレフィリカだが、「それでも…」と口をすぐんでいる。
「心配するな。大事な部隊一つを失う訳にはいかん。すぐに遠征を中止し、他の部隊と合流してから捜索に出る。」
その言葉を聞き、レフィリカは少しホッとした表情をするが、心配は尽きない。
「それに、あそこのリーダーはレオニスだ。あの化け物が簡単にやられるとも思えん。」
レオニスの実力を知るものは、誰もがそう思ってしまうだろう。それほどの信頼感がレオニスにはあった。
◇
おかしい、おかしい、いくらなんでもおかしすぎる。何故こんなにも自分たちは執拗に。
「おい!ボーっとするな!早く逃げるぞ!」
声を荒げたスードは広範囲の魔術を放ち、魔獣の足を止める。
「くっ、すまない。」
悔しさと、絶望感を滲ませ、また走る。いつまでこれを続ければいいのだろう。
もう何日、何時間逃げ続けている?限界だ。とっくに自分の魔力は底をついている。そして、あの目の前の規格外の人間も、もうじき魔力が尽きるだろう。
砂漠を超え、森を抜け、谷を渡り、今は荒野を走り回っている。
そして、その死ぬまで続くのではと思われた逃走劇は一旦ここで終わりを告げる。
「な!まさかここ…っ!」
「ハァッ…、ハァ…ッ………、ぇ?」
2人の足が久しぶりに止まった。そして気づけばそこには追ってきている魔獣はいない。しかし、それ以上の物に気を引かれた。
今まで魔界を走り続けたが、何も、何も無かったのだ。だが、今、目の前にある異質なまでの大きさ、存在感、不気味さ。
そう。目の前に見えたのは。
「魔王城。」
そして、2人してその建物に呆気に取られている背後、声が聞こえた。
気配を全く感じさせず、手を伸ばせば触れられる位置まで来ていたそいつは、そして特徴的な喋り方でこう言った。
「よぉくここまで来てくれたねぇ。スゥード。」
魔王軍幹部の1人、ゼルファがそこに居た。




