第7話 「木々の神」
「"神々"よ、これを使え」
どこからか声が響いた。
姿は見えない。ただ、声だけがした。
「うわっ!」
突然強い風が吹き、九兵衛がよろめいた。踏ん張って、なんとか転ばずに済む。風に煽られながら辺りを見回しているが、声は聞こえていないらしい。
「誰だ!」
蓬生が鋭く言った。
「私だ」
「?」
私だと言われても、姿が見えないのでは分からない。蓬生が困り顔で辺りを見回していると、ひかりが声を上げた。
「あっ、あれ!」
蓬生がひかりの視線を追うと、そこには薬草がたんまりと置かれていた。甘草、葛根、芍薬——
どれも状態の良い薬草が、まるで誰かが丁寧に並べたかのように揃っていた。
「こんなにたくさんの薬草……一体誰が?」
「だから、私だ」
少しキレ気味の声が響いた。
蓬生は声のした方を向いた。そこに、一柱の神が立っていた。
「久しく見ぬうちにガリガリになったな!少!」
「!?」
「森樹!? なぜここに?」
「そいつに呼ばれた」
そう言って、しおれかけた力也を指差した。
彼の名は「久能智 森樹」。本名は「久久能智神」。山林業守護を司る、木々の神だ。
「早く!そいつが力尽きる前に生薬を飲ませろ」
「うん!」
蓬生は素早く動いた。持ち前の医薬の知識で手早に生薬を調合し、ひかりの非常用携帯御神酒と合わせて力也に飲ませる。
「……っう、にが……っ」
ばたっ。
「えっ!!大丈夫!?」
「あー」森樹が呑気な声を出した。
「こいつ今まで風邪にかかったことないな。それ、風邪用の生薬だ。神気回復にも使えるけど、神気が弱ければ弱いほどその苦さに耐えられず、気絶する」
「あー……"力馬鹿"なんで……」
ひかりがため息をついた。
ちなみに、神も風邪はひく。
「あっ、薬草をありがとうございます。えっと……」
ひかりが改めて森樹に向き直った。
「私は久久能智神です。人の世では久能智森樹と名乗っています。以後お見知りおきを」
「私は、天鈿ひかりです。えっと、本名は天鈿女命です」
「あ〜、あなたが」森樹の目が少し明るくなった。「ちょうど良いところで出会えた」
「?」
「ここからもう少し東にある山の長の神気が薄れていて、困っているんです。原因が分からないでいたところ、八意思兼神さまから文が届きまして。あなたと天手力男神が原因究明のために動くと聞き、待っておりました」
「そうなんですか」
ひかりは少し申し訳なさそうに続けた。
「ですが私たちもまだ原因が分からず、今はこの神社の神気を取り戻そうとしているところで……」
「そうですか」森樹は少し考えてから言った。
「では、私もそのお手伝いをさせてもらえませんか?」
「ほんとですか!助かります!ぜひお願いします!」
ひかりが両手を合わせた。
「……っあ、あったまいったー……」
地面から声がした。
「あっ、目覚めた」蓬生が言った。
「なんだ、あと半日は気絶したままかと思ったけど」
森樹が腕を組んだ。
「案外つえーんだな。さすが"力の神"だ」
力也がゆっくりと上半身を起こし、初めて森樹を見た。
「誰だ、お前」
「お前とはなんじゃ!!」
蓬生が声を荒げた。
「森樹が来なかったら力也はとっくに力尽きてたんだよ!!」
「……そうなのか」
力也は一拍置いた。
「それはすまなかった。礼を言う」
「"ありがとう"でしょ!」
「……ありがとう」
ひかりと森樹は、顔を見合わせて微笑んだ。
「そういえば」蓬生が首をかしげた。
「さっき呼ばれたって言ってたけど、誰に呼ばれたの?」
「誰って、天手力男神にだよ。木々に向かってお力添えをって」
森樹は木々の方をちらりと見た。そこには木々の精霊たちがわーわー言いながらそこかしこに顔を出している。やる気に満ちあふれていた。
「まあ、木々の精霊たちにお願いしてたし、みんなやる気がありすぎて私の出る幕はないなと思ったんだけど。それに、たまたまここを通っただけだし」
「たまたま?」蓬生が繰り返した。
「そう。山の長の神気が薄れている原因を調べてる途中でたまたま通っただけ」
蓬生はちらりと力也を見た。
(力也、運いいな……)
「……あ、あのー」
九兵衛がおずおずと手を挙げた。
「あ!九兵衛!ごめん!」蓬生が慌てた。
「この神は森樹。この神とも久しぶりで、つい……」
「それはいいんじゃ。それより、里の人たちが……」
ひかりたちがふと里の方を見ると、いつの間にか里の人々がこちらへ向かって来ていた。それもそうだ。山道が突然直り、強風が吹き荒れれば、何事かと思うのも無理はない。
「これは一体……!」
里の女性が目を丸くしている。
「九兵衛さん、道が直っとるじゃないか!」
里の老人が声を上げた。
「おねえちゃん、だあれ?」
子どもがひかりを見上げた。
(しまった!色々ありすぎて、人の気を解くのを忘れてた!)
ひかりが内心焦っていると、九兵衛が何とかごまかそうと口を開いた。
「あーこれはーそのー。じ、神社にお願いしたら、なんか急に直っていて、そのー」
「たまたま通るのに邪魔だったんで、土砂をどかしただけだ」
落ち着いた声が割って入った。力也だった。いつの間にか完全に復活していた。それどころか、すでに人の気を纏っている。
「お前らの先祖はすごい技術の持ち主だな。土砂をどかしたら、綺麗な敷石の道が出てきたぞ」
里の老人が目を見開いた。
「いつの間に現れた!?」
「お前らも先祖みたいに、神社やこの山を手入れして守ったらどうだ」
力也は続けた。淡々と、しかし確かな言葉で。
そこへ、人混みをかき分けるように一人の男性が進み出てきた。里長だった。
「旅のお方、ありがとうございます。我々ではこの土砂をどうすることもできず……いやあ、あなた方はまるでこの蓬生神社の神様のような方々だ。本当にありがとうございます」
里長は深々と頭を下げた。それから、九兵衛の方を向いた。
「お前さんもありがとう。そして、今まで色々とからかって悪かった」
里長の声が、少し湿った。
「実は今朝、九兵衛が山の方へ行くのを見たんじゃ。そしたらな、お前さんの周りに白いもやみたいな光がたくさん漂っとったんじゃ。昔に一度だけ見たことがある。大雨の時に、わしを助けてくれた木の精霊がいたんじゃ。あの時と同じ光だった」
里長は半分泣いていた。
九兵衛も、涙目になっていた。
「そこまで言うんなら」力也が静かに言った。
「もう一度祭りかなんかやったらどうだ。ついでに境内を掃除するとかな」
確かに、本殿は綺麗にしたが、境内そのものにはまだ手をつけていなかった。
「そうだね」ひかりが里の人たちを見渡した。
「じゃあ"みんなで"境内を綺麗にして、もう一度お祭りをやりましょう!そうしたら、ここにいる神様もまた元気になると思います!」
だから何で俺も入るんだ、と力也は思った。
「そうじゃな、数十年ぶりになるがまたお祭りをするとしよう!」
「おーー!!」
里の声が、山に響いた。
ひかりは満面の笑みを浮かべていた。力也は少し、微笑んだ。森樹は木々の精霊たちの喜びの声を聞いてほっとしていた。
蓬生は、泣いていた。
ただ、その涙は悲しくて流しているのではない。久しぶりの祭りが、また来る。その嬉しさが、止まらなかった。
それから、準備が始まった。
境内を掃き清め、屋台を組み立て、本殿を飾り付け、祭壇を設ける。里の人々が次々と手を動かし、神社は少しずつ、かつての姿を取り戻していった。
―――祭り前夜。
ひかりたちは本殿で前夜祭と言う名の飲み会をしていた。
蓬生は酒を飲まない。力也は飲むが強いので酔ってるかどうかは分からない。顔は火照っている。九兵衛は早めに里へ帰り明日に備えていた。
ひかりはというと―――ベロベロに酔っていた。蓬生はまさかここまでとは、と あっけらかんとしていた。
「い~や~ぁ~、あしたわぁ~酒盛りだぁ~あぁ~。ウヒヒヒヒ!」
「おい、飲みすぎだ」
「はぁ~~!! うるひゃい!」
「酒盛りじゃなくて"お祭り"だよ!うずめさん」
「蓬生、うずめ用に二日酔い用の薬調合できるか?とびっきり苦いの」
「任せなさい!!気絶させます!!」
蓬生はドンっと胸を叩いた。
一方の森樹は——
顔が曇っていた。
(森は大丈夫なのか……)
飲みの笑い声が響く中、
彼だけが東の山を見つめていた。
―――まさにその瞬間も。
彼の住む森から、
神気は静かに"吸われ続けていた"。
―――第8話へ続く。




