第10話 「山の長」
前回までのあらすじ
八意思兼神の
案により、神々が衰える原因を探す旅に出た
天鈿ひかり(うずめひかり)と田力力也。
最初の目的地へ向かう道中で二柱は、神気を失いかけた蓬生神社と、その神・少 蓬生に出会う。里に住む九兵衛や木の神・久能智森樹の協力もあり、数十年途絶えていた「蓬生神社例大祭」は見事に復活した。
しかしその裏で、森樹が住む東の森と山では神気が失われ続けていた。
祭りを終えた四柱は異変の原因を探るため東の山へ向かう。
そこで彼らが目にしたのは――
"盛り土"と化した、山だった。
その山は、まさにひかりと力也が目指していた
東の山だった。
―――今回はその続きのお話。
東の山に着いた瞬間、四柱は言葉を失った。
神気が、消えていた。
完全に、跡形もなく。
「思ったより百倍ヤバイ状態だね……」
ひかりがぽつりと言った。
「あぁ……」
力也も珍しく、それ以上の言葉が出なかった。
森樹は黙っていた。
「これは、神気うんぬんよりもまず、自然の生命力そのものが消えてる」
蓬生が静かに言った。
「どこから手をつけたらいいんだ」
辺りを見回す。黒く枯れ果てた大地が続くだけだ。木の芽一つ、草の種一粒でも見つかれば何かできそうなのに、何もない。ただ、黒く乾いた土と、朽ちた木の残骸だけがある。
「そういえば、大山津見神さまはどこ?」
「この山の頂上だ」
森樹が答えた。
「よし、とりあえず行こう。何か知ってるかもしれない」
「でも……私が最後に行ったとき、既にしおれていたんだ。今行って、そもそも存在するかどうか……」
「それは行ってみないと分からない」
ひかりは迷わなかった。
「存在してなくても、手がかりの一つや二つはあるでしょ、きっと」
「しおれていても大丈夫」
蓬生が風呂敷を軽く叩いた。
「里を離れる前に、九兵衛から御神酒を何本かもらってきた。森樹がくれた薬草も余りがあるし、どうにか神気を回復できるかもしれない」
「……」
「まあそういうことだ。行くぞ」
「……あぁ」
緑があれば登るのに時間がかかっただろう。しかしこの山は今や盛り土も同然で、頂上の様子も周りもよく見渡せた。いいのか悪いのか、四柱は思ったより早く頂上へたどり着いた。
「ここが長がいるお社だ」
言葉が出なかった。蓬生神社よりもひどい状態だった。壁が崩れ、柱が傾き、外から中の様子が伺えるほどだ。
「ねぇ、あの奥の人影みたいなの……」
「あぁ、あそこにいつも長は座ってた。今はもう……」
森樹が言い終わる前に、蓬生が駆け出した。
それを追うように力也も走る。
「ちょっと、二柱とも!急に行かないで!」
ひかりも走り出す。森樹も続いた。
「まだ、消えてない」
蓬生が人影の前にしゃがんだ。その声は落ち着いていたが、目は真剣だった。
「炭みたいだ。少しでも当たったらすぐ砕けそう」
蓬生は続けた。
「森樹、一応確認だけど、これが山の長だよね?」
「……そうだ。すっかり変わり果てたが、左腕についてる腕輪がいつも長がはめているものと同じだ」
「よし」
蓬生は生薬と御神酒の準備を始めた。しかし、今回は力也の時よりも厄介だった。飲ませようにも口が固まってしまっていて、どうにもならない。
「うーん。生薬と御神酒をぶっかけてもいいんだけど、植物じゃないしなー」
「おいおい、いくらなんでもそれは良くないだろ」力也が眉をひそめた。「相手はこれでも大山津見神だ」
「"これでも"は失礼だよ」ひかりが言った。
「蓬生は酒をぶっかけようとしてたぞ」
「いや冗談だよ」
三柱のいつも通りなやり取りを聞いていた森樹は、どういうわけか、ほっとしていた。こんな状況でも三柱は慌てることなく、ただ自分にできそうなことをやっていた。自分もこうなりたいと、森樹は思った。
「そうだ!」
蓬生が何かを思い出したように風呂敷をあさり始めた。
「なんだそれ?」
「これはね、"注射"っていうんだよ。九兵衛がくれたの」
「"ちゅうしゃ"ねぇ」
力也が不思議そうに眺めた。
「本当は、お医者さん以外持ってちゃダメらしいんだけど、九兵衛の知り合いのお医者さんが『もし九兵衛がこれを渡せるんなら、神様に渡してほしい。役に立つから』って言われたみたいで、それでもらったの」
「それ、使い方分かるの?」
「腕に刺す」
「ひぃ! 痛そう……」
「痛みも何もないだろ、こんなんだったら」
力也が長の腕を軽く触れてみた。感触はまさに炭そのものの固さだった。
「それよりも、そんな細い針で刺さるのか?」
「なんでも、腕に刺すときに"消毒"なるものを塗るんだって。それを塗れば"サッキン"とかいう効果が得られるみたい。ただ今回はそれで皮膚をふやかそうかと。ちなみに消毒は御神酒でも代用できるみたい」
「そうか、じゃあぶっかけるか」
「いや、ぶっかけるな!"塗る"って言ってるでしょ!」
「なんだと!いちいち文句言うな」
「何が文句じゃ!」
「まあまあ、二柱とも落ち着いて」
蓬生が割って入った。
「消毒は布に湿らせてから腕を拭くように塗るんだって。ちょうど、うずめさんがお祭り前に自ら破ってた布切れがあるからこれ使うね」
「……えっ?」
「……ぶっ」
力也が珍しく吹き出した。ひかりの方を見ると、着物の袖のちょうど見えそうで見えない一部が破れていた。
「えー!! いつの間に!! いつ!? どうやって破った!?」
ひかりは顔を真っ赤にして思い出そうとした。しかし思い出せるわけがない。何故なら泥酔していたからだ。他の三柱も分かるわけがない。ひかりが急に破り始めたからだ。止めようにも止めれなかったあの時は後悔していたが、今思えば結果オーライだった。
「じゃあ力也、御神酒を少し布に垂らして」
「おう」
「えぇー、わたしにやらせてよ。力也は力加減できないんだよ?」
「……おいっ」
「でもうずめさん、あなた飲んじゃうでしょ?」
「この状況で飲むわけないでしょ! わたしをなんだと思ってるの!」
ひかりはまた顔を赤らめながら大声で言った。しかし説得力はまるでなかった。よだれが出ていたからだ。
「こんなもんでいいか?」
「いいよ」
蓬生は腕に御神酒を塗ってから、薬草を調合した生薬と御神酒を混ぜたものを注射した。液体は入っていっているようだが、これが上手くいく保証はなかった。
「とりあえず、力也に飲ませたものと同じ配分で打ってみた。あとは待つだけ」
「……やることねぇな」
力也がお社の中を見渡した。幸い、書物や水墨画といったものは朽ちることなく残っていた。
「なぁ森樹、ここらへん漁ってもいいか?」
「あぁ、いいよ。本当は長の許しが必要だけど、今はそんな場合じゃないし」
四柱はお社をくまなく調べ始めた。
「何かたくさん書物があるね」
「そうだね、長は読書家だから」
「? なんだこれ」
蓬生が何かを手に取った。
「どうした?」
「……なんか、神の名前が書かれてるんだけど、こんな神いたっけ?」
力也が覗き込んだ。
「これ……」
言い終わる前にひかりが取り上げた。
「おい、まだ読んで……」
「あれっ!?"天津甕星"って書いてあるじゃん! ほんとにいたんだ!」
「その神、知ってるのか?」
「よくは知らないけど、一度だけ神の世で聞いたことある」
ひかりは続けた。
「どうもこの神は世界で唯一、天照大神さまの命令に従わなかったらしい。それで色々な神様が向かうんだけど、結局どうすることもできず、最終的に建葉槌命さまが説得して、なんとか従ったって話」
力也がひかりから書物を受け取って目を通した。
「だけど、ここにはそんな話は書かれてないぞ。むしろ、"この世の全ての神気を吸い尽くす"って書いてある」
「え? そうなの?」
ひかりがもう一度覗き込む。確かに書かれていた。
「ねぇ、これってほんとに書物?」
蓬生が言った。三柱がぽかんとした。
「どういうこと?」
「よく見て」
蓬生が言いかけたその時だった。
「うっ……あ、あーぁ」
「!!?」
四柱が一斉に振り返った。
声のする方を見ると——
「長ーっ! 大丈夫ですか!? 見えますか!? 聞こえますか!?」
「あぁ、なんとか……聞こえてはおる」
かすれた声が返ってきた。
「おや、眼鏡がないのう」
「これですか?」
ひかりが机に転がっていた眼鏡を差し出す。
「おーそうじゃそうじゃ、ありがとう。お!なんとこれはまあ、べっぴんな神がおるのう!もしや久能智の愛し神か!」
「ち、違いますよ!」
森樹が慌てた。
「長を助けてくれって頼んだら来てくれた、あなたの命の恩人ですよ!」
「おーそうかそうか、ありがとう。いやー変な勘違いをしてすまない」
大山津見神は感謝と謝罪を丁寧に述べた。ひかりはまんざらでも無かったが、力也はちょっとムッとしていた。
「あれ」
蓬生がちらりと力也を見た。
「力也ってもしかして、うずめさんのこと好いてるの?」
「! それはない」
力也はまさか蓬生がそんなことを聞いてくるとは思わず、珍しく動揺した顔を見せたが、即座に否定した。
「じゃあ、おぬしはもしや天鈿女命かの?」
「そうです! 八意思兼神さまの指令で力也と……あ、天手力男神と一緒に原因究明の旅をしています! こちらが天手力男神で、こちらが……」
「少名毘古那神じゃな?」
「! どうして僕の名前を?」
蓬生は驚いた。しかし大山津見神は穏やかな笑顔で言った。
「あの"大国主命"とともに全国を飛び回っておったじゃろ。何やらえらい知識を持った二柱の神々が飛び回っとるぞって話を色々な神から聞いててな」
「えっ!! あの大国主さまと旅してたの!?」
「お前、そんなことも知らなかったのか」
「まさか、ここで相棒の名前を聞けるとは」
蓬生の声がわずかに揺れた。
「そうです、大国主と旅してました。今は別れて別々に過ごしています。私は今度は天鈿女命さまと天手力男神さまと一緒に旅することになりました。もし良ければ久久能智神さまとも旅をしたいと思っております!」
「おーそうかそうか、別にそんな改まらんでいいぞ。わしはおぬしらに救われたからのう」
「長、そんなにたくさんお話しして体力は大丈夫ですか? ちょっとはしゃぎすぎでは?」
「いや、大丈夫じゃ。なんか起きてから結構調子が良くてな。なんか恐ろしい薬でも飲まされたかの?」
蓬生とひかりと力也がびくりとした。が、調子が良くなるのも当然と言えば当然だった。蓬生が打ったのは力也に飲ませたものと同じ、神気回復の生薬だったからだ。
「えーと、そうじゃそうじゃ。なんかよく分からん"文"が少し前に届いてな。それがどこかに……」
「これか?」
力也が持っていた書物らしきものを差し出した。
「おーこれじゃこれじゃ。"神気を吸い尽くす。手始めにこの山だ"と書かれていてな。どうしようかと思っていた矢先にこんなことになってしまった」
「そんな……」
「……」
「……」
「じゃあ、神気が消えた原因はこいつじゃないか」
「この文をそのまま受け取ればそうなるんじゃが」
大山津見神は少し考え込んだ。
「天津甕星は一応説得に応じて、今の今まで従っておるはずじゃからな……」
謎が分かりそうで分からない。もどかしさだけが残り、お社の中に沈黙が落ちた。
「原因の一つはそれだとして」
ひかりがゆっくり口を開いた。
「問題は、黒くなったこの山と森をどうするかだね」
ひかりの言う通りだった。とりあえずの原因は分かった。次にやることは明白だ。でも——
「結局、どうやってここを復活させるんだ?」
お社の中は、再び沈黙に包まれた。
―――第11話へ続く。




