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 次の日、制服に腕を通すがやはり気に入らなかった。自分の好みではないのもあるが、絶妙にダサいような気がしたからである。あまり浮かれたような気分にはなれず、流れ作業のように学校へ向かった。

 学校へ行くのは、商店街へ行くのと途中まで道は一緒だったが、途中からは山道を登って行った。「この辺田舎って感じだね」と奈々世が物珍しそうに言ったら、「健脚になれるよー」と千鶴は楽しげだった。


「とうちゃーく」


 着いたところは、立派な木材で造られていそうなこげ茶色の校舎だった。幼稚園より少し大きいくらいの規模で、学校の校舎にしては小さい気がする。


「ようこそ!ヨウキョウビト育成学校、立綠囿(りつりょう)高等学校へ!」


「え、ヨウキョウビトの学校なの?」


「いえーす。説明しなかったっけ?」


 制服を手渡された後、もしかしたら昨日薺や千鶴が何か話していたかもしれないが、制服に対するショックで聞き漏らしていたかもしれないと奈々世は思った。


「ごめん、聞いてなかったかも」


「いーよいいよ。改めまして、ヨウキョウビトの学校です」


「そうなんだ。でも、なんでヨウキョウビトの学校?なりたかったの?」


「なりたかったわけじゃないけど、ならざるを得なかったっていうか……んーー、この話は長くなりそうだからなぁ。また追々」


「よく分かんないけど、話したくなったら聞くよ」


「ありがとう。ま、この話はいいとして、まずは職員室かな。案内するねー」


 千鶴の案内に従って、校舎に入り、職員室へ向かう。この学校は、靴を履き替える必要がないらしく、靴を履き替えることなく、正面玄関を通る。そして、左手に曲がってまっすぐ歩いた角を、右に少し行ったところで、千鶴が「ここだよー」と止まった。そして、職員室の扉をノックをしてから勢いよく開けた。


「おはようございまーす、あ、岡先生」


「おはよう、千鶴さん」


「編入生連れてきたよー」


「ありがとう。あなたが、河上奈々世さん」


 奈々世と目を合わせてきた女性教師は、眼鏡をかけていて、どこか凛とした雰囲気の人だった。


「はい」


(おか)里佳子(りかこ)といいます。あなたが配属になる学級の担当です」


「よろしくお願いします」


 奈々世は、「担任の先生はこの人なのか」と思いながら、軽く頭を下げた。


「はい。早速なんだけど、あ、千鶴さん、ヨウキョウビトについて、奈々世さんに教えてある?」


「はい。あれ?なんでわたしに聞いたんですか?」


「あなたの保護者代わりの方が、奈々世さんの入学について話に来たからよ」


「そーいうことか」


「話してあるなら、本題に入れるわね。ここは、ヨウキョウビトになるための学校で、ヨウキョウビトを育成する教育課程を取っています」


「えっと……ヨウキョウビトにならなきゃいけないってことですか?」


「いいえ。ヨウキョウビトは世襲制だから、あなたはなれません」


 ヨウキョウビトは、世襲制。そう聞いた後、奈々世の脳裏は、"この世界で生まれ育ったわけではない千鶴は、なぜヨウキョウビトなのか"という疑問に行き着いた。


「え、千鶴は……」


「千鶴さんは極めて特殊なの。気に留めないで」


 千鶴について詳しいことは何も知らないし、世襲制で、例外は基本ないということは理解したので、「分かりました」と奈々世は頷く。


「それで、座学や試験とは別に、あやかしに関する簡易な仕事を、生徒たちに行わせるカリキュラムがあるんです。今後、ヨウキョウビトとして活動していくための訓練みたいなものね」


「はい」


「それが教育課程に組み込まれているから、この学校に入学した以上、あなただけ例外を認めることはできません。なので、あなたには、千鶴さんの補佐をしてもらうことで、単位を認める形にします」


「補佐?」


「そうね、例えば、人を眠らせるあやかしを祓わなきゃいけない。でも、祓う途中に、千鶴さんがあやかしに眠らされてしまった。そうなった場合に、学校へ戻ってきて教師に報告する、または、隙を見て千鶴さんを連れて退散するとか。もちろん、あなたはヨウキョウビトではないから、危険な任務には同行させないし、できるだけ学校付近のものをお願いするつもり。了承してもらえる?」


(まぁそれくらいならいいか……危険なものには関わらせないって言ってるし)


「分かりました」


「ありがとうございます。それから、生徒たちには、あなたがヨウキョウビトでないこと、異郷から来たこと、特別に入学したことを伝えてあるわ。あなたの許可なく判断したことは申し訳ないけれど、どちらにせよ、あなたがヨウキョウビトでないことは露呈することだから、先に説明させてもらいました。ヨウキョウビトの血筋ではない人を入学させたというのも、保護者を通じてヨウキョウビトの間で問題になりますから、奈々世さんがこの世界に来たのは、あやかしが原因かもしれないことを考慮して、この学校で面倒をみるという結論に至ったことを伝えてあります」


「あやかしが原因……」


「どういう経緯でこちらへ来たのか分からない以上、そういう可能性もあります。なら、こちらも奈々世さんを放っておくわけには行きません。ヨウキョウビトは、あやかしに関すること全般をなんでも引き受けます。ここの職員は、今は学校業に従事しているけれど、本来はヨウキョウビトの身。そういう結論になるのは、然るべきなのよ」


(さくらさんが行方不明だって隠してるから、"さくらさんの代わりのために、榊って人が連れてきた"なんて言わないよな。だから、先生たちの中では、あやかしが原因かもってことになってるのか……嘘ついてるみたいで、なんか肩身が狭いけど……)


「そういうわけだけれど、もし過度な嫌がらせがあったら報告してね」


「え、いじめられるんですか」


「可能性の話よ。生まれた時からヨウキョウビトになることが決定事項で育ってきた子たちの集団に、ただの人が入ったことなんてないから、統計を出すこともできないわ。あるかもしれないし、ないかもしれないとしか言えません」


「大丈夫だと思うよー。何かあっても、わたしがいるし」


「あなたたちの仲が良好なのはいいことだけれど、そういう場合は、大事になる前に報告してください。話はこれで終わりよ。二人とも、教室へ行ってください」


「はーい」


「はい」


 職員室を後にし、教室へ向かった。教室は、先ほど右に行った方とは逆に、左へ進んだ方にあるので、職員室からはただまっすぐ歩けばいいだけであった。


「こっちの教室ね」


 またまた千鶴に案内され、奈々世は、自分が通う教室に着いた。扉の隣には、木の板がかけられており、そこに"弌組"と書かれている。


「……何組(なにぐみ)?」


「"いちくみ"だよー」


「そう読むんだ。なんクラスあるの?」


「一クラスだよ。昔は2組まであったみたい。ほら」


 と、千鶴は、扉付近に"弍組"と書かれている木札がある、隣の教室を指す。


「へぇー」


「それはさておき、奈々世、準備いい?」


「え、うん、いいよ」


 「わたし、先入るね」と千鶴は一足先に教室に入り、「今日からの編入生です。かもん」と、まだ教室の外にいた奈々世を呼ぶ。その声に即座に反応しようとしたが、その足取りは恐る恐るとなった。


「失礼します……」


 奈々世は、慣れないものを警戒する動物のように、少し低姿勢になりながら教室に入る。教室には、千鶴以外に四人の生徒がいた。密集して座っていた彼らは、奈々世を見るなり、ぱちくりと目を丸くした。


「わー!編入生!?編入生ってワクワクする響きよね!名前は?好きなことは?好きな食べも」


 席から身を乗り出して、きらきらとした瞳で喋り始めた女子生徒を、彼女の隣の席に座っていた男子生徒が「中峰」と制す。


「何?」


「困ってるから」


 と、男子生徒は、奈々世を指さした。


「美愛ちゃん、まずは私たちの方から自己紹介をしたらどうですか?」


「そっか!そーだよね!わたし、中峰(なかみね)美愛(みあ)!よろしく!」


 と先ほどのきらきらした瞳の女子生徒が一番に挨拶をする。ぱっと光が照るような明るい笑顔が印象的だ。


「あれ?単純で扱いやすい性格ですって説明はしなくていいの?」


「わーたーるー!!!ほんっとうに、あんたは!!!今日という今日は」


「あーはいはい。俺は古賀(こが)(わたる)。よろしくねん、転入生さん」


 二番目に挨拶をした渉は、美愛をいなしながら、人懐こそうな笑みを浮かべて手を挙げた。続けて、


「おはようございます。初めまして。私は楠戸(くすど)杏花(きょうか)です。よろしくお願いします」


 と、渉の隣にいた、品があって清楚な雰囲気の杏花が会釈をした。最後に、


門倉(かどくら)(ゆう)


 美愛のことを先ほど制していた男性生徒、郁が挨拶をした。どこか陰鬱で、クールな雰囲気をしている。


「それだけ?あんたってほんと愛想ないわねー」


 美愛は、郁のこめかみを握りこぶしでグリグリする。郁は、鬱陶しそうな顔をしていたが、特に抵抗する様子はなかった。


「わたしは早見千鶴です。みなのもの、よろしくたのもー」


「千鶴も自己紹介?」


「やっておいた方がいいかなって。次は奈々世の番だよ」


「あ、うん。河上奈々世です。よろしくお願いします」


 そう奈々世が挨拶をすると、四人から改めて、口々によろしくと声が上がった。


「そういえば、今日人少ないね」


和泉(いずみ)くんと(すず)ちゃん以外は、今日から長期任務だよー。で、和泉くんは、サボろうとしてる涼ちゃん探しに行ってる」


 嬉々とした様子で渉はそう言った。


「ふーん、そうなんだ。いない人はまた今度紹介するね」


「分かった」


 と、自己紹介が済んだと思ったのも束の間、岡先生が教室へ入ってきた。「ちょっといいかしら?」と言う岡先生の声に、みんな顔や身を岡先生の方へ向ける。


「校舎から西の方に、少し前からあやかしがうろつくようになったの。大きさは成人一人分ほど。羽虫のような見た目をしていて、時折飛ぶ姿も確認されました。尾から、草や花を枯らす粘液を吐き出すようです」


 「気持ち悪……!」と美愛は顔をひきつらせたが、他が静まり返ってるのを感じ、小さく咳払いをして口を閉じた。


「植物の生態系に害を及ぼす、そして、それが微細なものではないため、祓うという判断が下されました。なので、祓いに行ってもらいます。涼さんと和泉さんは?」


「涼ちゃんがどこか行っちゃったので、和泉くんが探しに行ってます」


「そう。それなら、美愛さんと郁さん、初日早々に悪いけれど千鶴さんと奈々世さんにお願いします。地図はこれよ。よろしくね」


 千鶴に地図を手渡し、岡先生は教室を後にした。


「なんっでわたしなのよぉぉ……」


「飛ぶって言ってたからねー。美愛と千鶴ちゃんが選ばれるのは順当だよ」


 うなだれる美愛に、渉は、笑みは絶やさず、淡々と述べる。


「そういうことが聞きたいんじゃない!ていうか、あんた、上から飛び降りて踏んづけてることあるじゃない!!」


「言い訳してても、選ばれたことが変わるわけじゃない。さっさと行くぞ」


 と、選ばれたことに不満のありそうな美愛を無視して、郁はさっさと教室を出て行く。「ちょっと待ちなさいよー!」と美愛は慌てて、郁を追いかけて行った。


「それじゃー、わたしたちも行きますか。地図によると、この山の中っぽいし、遠くの方で木に隠れてればいいよ」


「分かった」


「えー面白そうだなー。見に行きたいなー」


 渉は、初めて任務に行く奈々世に興味がありそうな様子だ。


「渉君」


「分かってる分かってる。行かないよ」


「頑張ってくださいね」


「行ってきまーす」


 と手を挙げた千鶴に続いて、奈々世も杏花たちに向かって軽く会釈をし、教室を出た。

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