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「急いで逃げなきゃ!」


「とりあえず、ヨウキョウビトを呼びに行かないと……!」


「ねぇ、なんかやばいの?」


 焦りだす周りの人々の様子を見て生まれた疑問を、奈々世は投げかける。


「ああいう生物の総称は"あやかし"っていうの。あれは初めて見るのだから、やばいかどうかはまだ判別つかないかな」


 そう言いながら、じっとあやかしを見つめ、目を逸らさない千鶴。奈々世も目を凝らしてあやかしを見ると、ぎょろっとした目玉が一つ正面についていて、芋虫のような胴体をした青い生物が、(すす)のようなものを撒き散らしながら、進んできている。煤のようなものは砂へ落ちると消えていたが、民家の方へ落ちるとボワッとその民家に火をつけた。


「あちゃー、煤みたいなの撒き散らすことで、周りのものを燃やすのかー。ありゃ危険なタイプですな。逃げた方がいい」


 マイペースな千鶴とは逆に周りの人々は、怒号や悲鳴をあげ、押し合ったり走ったりしながら逃げている。


「ならば、私たちも避難するぞ」


「あいあいさー」


 先ほどまでの様子なら、こんな軽い調子の千鶴の返事には、ガミガミと言いそうな薺が何も言わない。これだけで、事態が多少深刻なのだろうことが分かった。こういう時ほど冷静にとは思うが、少し焦りながら、奈々世は薺の後を追う。周りから聞こえる混乱の声たちに心がすり減りそうになり、人混みで歩きづらい中、なんとか前へ進もうとする。

 しかし、そんな奈々世とは逆方向へ「すみません、すみません」と言いながら、人ごみをかき分けて走っていく人がいた。先ほど挨拶をした昴だ。

 反射的に昴を振り返ると、昴は、あやかしの目の前まで行き、パンッと勢いよく手を合わせた。すると、あやかしの姿が上の方からさらさらと粒のようになって、その粉雪のような粒と共に徐々に姿が薄れていき、やがて消えた。


「消えた……?ツカサビトってこんなこともできるんだ」


「今のは、あのあやかしを祓ったんだよ。ツカサビトは、特定の分野の願いを叶える、ぷらすあやかしを祓うこともできるんだよね」


「祓う?」


「消滅させるってこと」


「消滅……」


 普段暮らしていれば、何かに手をかけることもなく、またそんな場面を見ることもない__それが当たり前の世界で生きてきた奈々世にとって、今目の前で行われたことは少し胸をざわめかせた。そんな奈々世の様子に気がついたのか、千鶴は、「こっちの人にとっては、あやかしを祓うのは、虫を手で叩いたり、動物や魚食べたり、そういうのと同じ感覚だから」と奈々世の右肩をそっと叩いた。

 そんな奈々世の心情を置いてきぼりにして、周りの人々は顔を綻ばせ、盛り上がり始めた。


「昴くんありがとうねぇ」


「昴はやっぱすごいなァ」


 と、人々が昴を取り囲もうとしたが、それを邪魔するかのように、空から二人組が降ってきて、昴の前に着地した。


「あれあれあれぇ、もう片付いてる。おっかしいなー、俺ら呼ばれたはずなんだけど??」


 二人のうち一人が口を開いて、昴に(いぶか)るような眼差しを向けた。


「ああ、すまない。このままじゃ、ここにいる人たちの中の誰かが怪我をする危険性があったから」


「ツカサビトさんさあ、無償で力使えるからって調子乗ってんの?人間に奉られてんの気にいらねえけどさあ、いっちばん気に入らないのは俺らの仕事奪ってるってこ」


 二人のうちのもう一人、女の子が、先ほどから昴に詰め寄る人のお腹を肘で思いっきり殴った。


(れん)黙って。すみません。この人、誰にでもこう突っかかる、性格がみっともない人なので」


「おい」


「人命を救うための行動をしてくださったこと、感謝します」


「はあ!!?何感謝なんかしてんだよ」


「私もツカサビトのこと好きじゃない。でも、ツカサビトが、その場で対応できるのが自分だけだと判断して、人命被害を防いだ。それは感謝しなきゃいけないこと」


「ツカサビトだけじゃねえだろ。ほら、あそこ」


「あ、見つかってた」


「千鶴はまだ一年だし、相方もいない。一人前の三年(私たち)と一緒にしない。とにかく、ツカサビトの方、この人がご迷惑をおかけしました。被害は……あそこの火事だけですね。念の為確認します。負傷者はいますか?」


 しばらく女の子は返答を待つが、誰も返事をしなかった。


「怪我人はいないと。火事は……もう鎮火するじゃん。仕事早ー」


「後処理は、もうこちらで対応できることはなさそうですね。これで退散しますが、何かありましたら、ヨウキョウビトを統括している本部にご連絡ください。それと、千鶴」


 女の子は、颯爽と歩き、こちらへ近づいてきて、千鶴の前で止まった。


「現れたあやかしがどんなのだったか、覚えてる?」


「はい」


「じゃあ、それの絵と説明を紙に書いて、明日先生に提出しておいて。それと、この場にいたのなら、一番に連絡してくるべきは民間人ではなく、千鶴であるべきだったし、例え祓えなくても、混乱した人たちへの避難誘導はできたはず。そこのところ、分かってるよね」


「なんで避難誘導してないって分かったんですか」


「今の現場の具合で分かるよ」


「さすが1で5を理解する人」


「話聞いてた?」


「次から改めます」


「ならいい」


「何なに~、みーちゃんが注意とか珍しいじゃん」


「三年なのにそういうのちゃんとやってないってばれたら、雉子谷(きじたに)に叱られるから」


「うえ、まじ?」


「まじ。とにかく行くよ」


 そう女の子が言うと、突然空から降ってきた二人は足早に去っていった。


「あ、待ってくださ……行っちゃった。まだ聞きたいことあったのに」


 という不満げな声色から一点、


「ま、いっか。ごはん食べに行くんだっけ?そこの割烹(かっぽう)入ろうよ。天ぷら美味しいから、おすすめ」


 千鶴はすぐに切り替えて、あっけらかんとした様子で、食事処を提案した。


「貴様は本当に……」


「なに?」


「もういい……」


 そう言いながら、眉を寄せて(いぶか)しげな表情をした薺は、首を振った。


「奈々世さん、食べられないものはあるか?」


「特にないです」


「じゃあ、れっつごー」


 と、近くの割烹で食事をすることになった。店内に入って席に着くと、奈々世は、なんとなくさっき疑問に思ったことを質問する。


「そういえば、さっきの人たちって何者なんですか?」


 空から現れてきてその場の様子を確認してすぐ去った人たちが、奈々世にとって謎で、軽く気になったのだ。


「ヨウキョウビトのことか」


「ヨウキョウビト?ツカサビトとなんか語呂似てるけど」


「ヨウキョウビトとツカサビトは、別物だ。ヨウキョウビトというのは、」


 話し始めた薺を遮り、「はいっ、わたし説明したい」と千鶴はまっすぐピンと手を挙げた。


「できるのか?」


「できる」


「好きにしろ。間違っている説明があったら、修正する」


「わーい。おほん、それでは、早見千鶴がお話風に説明します」


 千鶴は、ピッと背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「まず、この世界には"あやかし"と呼ばれる不思議な生き物がいますが、人間に害を為すため、人間は、あやかしを忌み嫌っていました。しかし、あやかしにも、人間同様、悪いものといいものがいます。……悪いといいで区別するの好きじゃないんだけどな」


「脱線するな」


「うん。とにかくですね、悪いものは祓い、いいものとは仲良くし、両者が共存できるようにと活動を始めたのが"ヨウキョウビト"でした。彼らは、代償を払ってあやかしと契約することで、不思議な力を持ちました。ヨウキョウビトは、その力を使って、悪いあやかしを祓ったり、いいあやかしや人間に協力したりするなどして、あやかしと人間の共存のために昔から奔走してきました。結婚も、子どもも、全てそのために……」


 千鶴の話し方に強く熱がこもってきて、薺は顔を歪めて咳払いをした。


「ちゃんと続けるよ。……ところが、最近になって、あやかしと契約していないにも関わらず、不思議な力を持ったスーパー新星、ツカサビトが登場します。ツカサビトは、ヨウキョウビトと違って、"あやかしと人間のため"ではなく、ひたすら人間のためだけの存在です。そして、人間の願いを叶えてくれる存在なのですから、当然人気が出ます。世は、ツカサビトに熱中しています。でも、長年契約によって力を得てきて、不思議な力を自分たちのためや人間の私利私欲のためではなく、人間とあやかしのために使い、両者が互いを忌み嫌うことなく一緒に暮らせる世界を目指して歩み続けてきたヨウキョウビトの末裔たちは、ツカサビトをあまり好ましく思っていないのです」


『ツカサビトさんさあ、無償で力使えるからって調子乗ってんの?人間に奉られてんの気にいらねえけどさあ、いっちばん気に入らないのは俺らの仕事奪ってるってこ』


(ああ、だからあの人、あんなに突っかかってたのか)


「そうか……ツカサビトが現れたことで、ヨウキョウビトの肩身が狭くなっているのは事実だろうからな。ヨウキョウビトなど要らないと言う者も目にする」


「ま、仕方ないことだよね。ふぅ、一旦終わり。こんなところかな」


「千鶴、この世界のことをしっかり勉強したんだな」


「ヨウキョウビトの知識は、ほとんど友だちが教えてくれたことの受け売りだけどね。でも、世界のことはちゃんと勉強してるよ。勉強楽しいから」


「知的好奇心が多い所以(ゆえん)か……」


「奈々世、今の説明で分かった?」


「うん、分かりやすかった」


「へへへーん」


 その日は割烹で食事をし、結局、さくらの代わりをどうやって奈々世に務めてもらうのかについては特に決まることもなく、一日が終わった。

本編について、補足させていただきます。

「ツカサビトさんさあ、無償で力使えるからって調子乗ってんの?人間に奉られてんの気にいらねえけどさあ、いっちばん気に入らないのは俺らの仕事奪ってるってこ」と中途半端なところで言葉が終わっているのは、喋っている途中で、彼がお腹を殴られたためです。

食べ物を創造するのは困難だったため、食べ物は基本的に現実にあるものをそのまま使っています。

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