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 薺が掃除の後片付けを済ませた後、先ほど見た長い石の階段を下って、田んぼなどの緑に囲まれた道を長らく歩いて、やっと建物が立ち並び人の往来もそこそこある場所へ着いた。


「ここが一番近い、食事処とか服屋とかあるところ。日本で言うところの商店街みたいな感じかな」


「ああ、そういう」


 確かに、「今なら安いよ〜」と言って貝を売る人や、「新作なんだ。味見して意見聞かせてくれないか?」と言って試食を配っている人がいる。


「奈々世さん、ああいう奴らには絡まれないように気をつけて歩け。面を外したらすごい騒ぎになる」


「わ、分かりました」


 奈々世は、薺の真剣な眼差しに、急に気が引き締まる思いになり、猫の面の両側を手で押さえた。その瞬間、前方から男の人が走って近寄ってきた。奈々世は自分に近づいてきたのかと一瞬驚いたが、彼が声をかけたのは薺だった。


「あ、なずな先輩!ですよね!?こんちは!」


「二階堂様。お久しぶりです」


 薺は、恭しく(こうべ)を垂れた。


「すばりーやっほー」


「ちづるさん!なずなさんと?どういう知り合いですか?」


「千鶴は、さくら様のご要望で、うちに居候させている者です」


「そうなんですね」


「それにしても、二階堂様、千鶴といつお知り合いに?」


「俺、ここ育ちで、実家の団子屋手伝いによく来るんですよ。その時、ちづるさんよくいるので、自然と話すようになりました!」


「わたし常連客」


「小遣い、ちゃんと考えて使えよ」


「はーい」


「ところで、さくらさんは一緒じゃないんですね……具合どうですか?」


「相変わらずです」


「そうですか.……早く元気な姿が見れるといいな。それと、そっちの方は?」


「あー、えっと、友だち。学校の。今泊まりに来てて」


「そうなのか!初めまして、俺、二階堂昴(にかいどうすばる)。よろしくな!」


 猫の面をしているどう見ても怪しい奈々世に、特に戸惑う様子もなく、向き合って友好的に挨拶をしてきた。そんな昴の姿に、奈々世は「うわ……この人大丈夫かな……それとも、この世界の人たち、みんなこんな感じなのか?」と考えていた。


「どうも……」


「二階堂さんは、ツカサビトだ」


「あ、そうなんですか」


「あっはは、はい。そういう身です」


 快活にニカっと笑った昴の笑顔は、威勢が良く、人懐こい。


「あっ!!!」


「な、なんだ、急に大声を出して……」


 急に大声を張り上げた千鶴に驚いて、薺はたじろいだ。


「そうだよ、そうだよね……その手があったんだよ……!!すばりー、ありがと!!」


「なんかよくわかんないけど、役に立てたんならよかった!ゆっくりしていってください。じゃ」


「二階堂様、お気を付けて」


「あざっす!」


 昴が去ると、千鶴はすかさず声を荒げる。


「ね、学校!!学校に行けばいいんだよ!」


「き、急になんの話だ」


「奈々世だよ。奈々世を学校に通わせるの」


何故(なぜ)


「学校に通えば、さくらんの能力を代用する手が何か分かるかも」


「それは反対だ。つまり、"契約"を異世界の者に強いるということだろう。その苦しみは、貴様が一番知っているはずだろう、千鶴。それに、"契約"をした者たちと日頃学校で接しているのなら、尚更そこに伴う凄惨な苦痛を知らないはずがない」


「ううん、"契約"を結ぶべきだとは思ってないよ。ただ、何もしないでいるよりは、学校に行った方がいいと思ったの。学校は書物がたくさんあるし、不思議なものに詳しい人もいるから、何かヒントが得られるかもしれないし。それに、日中は、なずなんはさくらんや業務のことで忙しくて、奈々世を見てることはできないでしょ。奈々世も言ってた通り、奈々世はこの世界ではやることがない。ただぼーっと暇を潰して生きるより、知らない世界のことを知って、経験した方が楽しいよ」


「楽しいかどうかは置いておいて、怠惰に日々を過ごすよりは、勉学に励む方がいいかもしれない」


「あ、別に勉強とかは……」


「お、嫌いなタイプ?」


「まあ、どちらかといえば……」


「それならば、必ず行け」


「なずなんは怠け者は見逃さない主義だから。相手が悪かったね、どんまい」


「私は、常識的なことを思っているだけだ」


「常識にばっか囚われてるのよくないと思うけどなー。柔軟性大事だよ?ね、奈々世」


「え、……どっちでもいいんじゃない」


「はぁ……なんだか阿呆(あほ)らしくなってきた。とりあえず、腹ごしらえを……」


 と薺が言い始めたところで、大きな悲鳴が聞こえた。その悲鳴の方へ、自然と三人とも目を向けると、少し遠くの方に、何やら人間の二倍くらいの大きさの青いものがうねうねと動いているのが見える。しかも、動き的に、それはこちらの方へ向かってきているようだ。それを目に入れた千鶴は、


「あ、やっば。一番大事なこと説明するの忘れてたかも」


 と顔をひきつらせた。


「ここさ、人間じゃないもの、リアルに存在するんだよね」


 千鶴は、変わらず若干引きつった笑みを浮かべているものの、声はいつものように単調で暢気だった。


(……もうここまできたら、非現実的なものはなんでも受け入れられそうな気がする)

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