三
生い茂る木に囲まれた脇道をずっと進むと、古い家屋に着いた。そこの前に、一足先に着いていた男の人が立っている。奈々世たちが着いたのを確認すると、玄関の扉を開き、「入れ」と言う。その言葉に、千鶴は「お邪魔しまーす」と家の中へ入っていく。その様子に、彼は「貴様は、お邪魔しますではなく、ただいまだろう……」と眉をしかめて、頭を軽く横に振った。そして、ため息をつくと、奈々世に目を合わせてくる。
「貴方も上がってくれ。悪いようにはしない……と言っても、信用はできないだろうが」
「よく分かんないけど、悪い人は、そういうことわざわざ言わないんじゃないですか?」
「それもそうか……私は北方薺だ。挨拶が遅れてすまない」
「大丈夫です。とりあえず、お邪魔します」
と言って、家の中に上がらせてもらう。入ると、家の中には、線香のような匂いがかすかに漂っていた。
玄関で靴を脱いでいると、先に入って家の中のどこかへ行ってしまっていた千鶴が、ドタドタと騒がしい音を立てて玄関へやってくる。
「おい、千鶴、貴様廊下を大きな音を立てて走……」
という薺の声を遮って、千鶴は「手紙!!」と大声を上げて、白い封筒を薺に手渡した。
「なんだこれは」
「居間の机の上に置いてあったの。封筒見て」
「……榊から?まさかあいつ、家に不法侵入を……!!?」
「いや、重要なのそこじゃない。わざわざポストじゃなくて、家の中の誰かが目にする機会が多い場所に置いてあったんだよ?奈々世と何か関係があるかも」
「なぜだ。その考えは、いささか考えすぎじゃないか?」
「だって、タイミングばっちりだし」
薺は、千鶴に疑いの眼差しを向けてから、次に手紙を開く。読んでいる最中に、手紙を持つ薺の手はわなわなと震え出し、読み終えると、
「〜〜〜~っ!榊、あいつっ!!」
と耳がキンキンとするような大声を上げた。千鶴は、薺の手にしていた手紙を横から覗くと、
「"さくらちゃんが戻るまでの代わり、その子に務めてもらってね。さくらちゃんが戻ったら、俺もその子を元の世界に帰すから。それじゃあ、そういうことで。"」
手紙の内容を淡々と読み上げた。そして、右手の手の平の上に、グーの形の左手をポンと置いて、頷いた。
「そーいうことか。わたしは最初言葉通じなかったから、おかしいと思ったんだよね。奈々世は、最初からそこの問題も解決した状態で、さかきっちがここに連れてきたんだ」
「はぁっ、やはり榊にさくら様がいなくなったことを知らせたのは誤りだったな……」
「そうでもないんじゃない?奈々世にとっては災難だろうけど、さくらんの代わりができるのは、むしろいいことでしょ」
「さくら様のことを世間に露呈させない必要はある。しかし、代わりを異郷の者に頼むなど……別の世界に家族や友人がいて居場所がある__他に生きる世界がある人に、そんなことを頼めるか!」
「でも、"さくらちゃんが戻ったら、俺もその子を元の世界に帰すから"って言ってたじゃん。それってつまり、さくらんが戻ってくるまで、奈々世は向こうに帰れないってことでしょ?それなら、協力してもらえばいいと思うけどなー」
二人が言い合いを続ける中、奈々世は黙っていたが、事の終着点が決まりそうになさそうな状況だったので、
「あの、自分に関係あることなんですよね?詳しい話聞きたいです」
と言う。すると、二人は顔を見合わせて、すぐにこちらへ向き直ると、「すまない。貴方に事情を説明しなければならないことを失念していた」「奈々世が決めることなのに、ついごめん」と謝られた。奈々世は大丈夫だと答え、事の概要を聞く。
「この世界には、ツカサビトっていう不思議な力を使える人がいるの。全部で、えーっと……」
「八人だ」
「そうそう、8人いて一、すごく奉りあげられてて、わかりやすく言うと、芸能人みたいな?ううん……わたし的には、神様みたいだなって思ってる。神様が実在してる世界線で、人々がその神様に熱狂的になってて、力も過信してる!みたいなー。とにかく超人気で、願い事いっぱい叶えてくれちゃう存在なの」
「貴様は、もっと高貴な人たちであるという紹介はできないのか」
「いいじゃん、伝わればなんでも。それで、ツカサビトの中に、相川さくらっていう人がいてー、あ、わたしがさくらんって呼んでる人ね。なんというか、今行方不明なんだよね」
「行方不明?」
「うん。わたしたち一緒に暮らしてるんだけど、ある日目が覚めたらさくらん消えてましたー、大事件一、みたいな」
「そんな軽い事態ではないのだぞ!」
「そうそう、熱狂的な人気がある上に何でも叶えてくれる人が消えちゃったわけだから、これが他の人たちにばれると、ちょーおっと、いや、かなーりまずい」
「でも、8人いるんでしょ?」
「そうなんだけど、叶えられる願い事の種類が違うんだよね。さくらんは、特に民衆に需要の高い能力で、性格も優しいから人気なの。それで、なずなん的には"さくら様は自分の事で民衆を心配と混乱に巻き込むことは望まない"からってことで、今は、病気療養中で通してるんだけど、色々あって、それも苦しくなってきたんだよねー。だから、それを気遣ったのか、榊って、異土地や異世界への干渉、ま、主に死後の世界との交信に特化したツカサビトが、奈々世をさくらんの代わりにって連れてきたみたい」
「……だからといって、貴方が代わりを務める必要は無い。榊は、さくら様がお戻りになられたら貴方を元の世界に返すと言っていたが、貴方をすぐに帰すよう、私から進言する」
「でも、どうやって会うの?いっつも依頼でどこか行ってるじゃん。さくらんが異世界に飛ばされた可能性も一応考えて、その調査をさかきっちにお願いしたのもあって、最近は余計捕まらないよ?」
「それはそうだが……」
「……詳しいことはよく分かんないけど、今のところは、さくらさんって人が戻ってこないと自分も戻れない可能性が高いんですよね?それなら、どうせ元の世界に戻れないんじゃやることもないし、別にいいですよ」
現状を考えると、まず、日頃自分が生きている世界とは別の世界にいる。そして、薺が、自分を元の世界に帰すよう榊に進言すると言ったということは、榊という人の力を借りないと自分は元の世界には帰れない。しかし、その榊という人はなかなか会うのが難しいらしい。これらの事実を踏まえると、奈々世は、榊という人に元いた世界に帰してもらうまでは、特にやれることがないのだ。今まで当たり前にあった学校や娯楽がある環境でもない。奈々世は、自分がここで暇になることは見えきっていたので、"暇つぶし"のような感覚で引き受けてもいいと思ったのである。
「それはこちらとしては有難いが……」
「まーまー、奈々世がこう言ってるんだし、お言葉に甘えちゃえば?」
「貴様は本当に考え無しだな!さくら様の代わりを務めるということがどういうことか、分かっているのか?」
「顔はうり二つだし、声は頑張って高い声出してもらって一、喋り方は敬語で丁寧にすればいいし、性格は優しい感じで振る舞えばおっけー」
「そういう問題ではない!もちろん外から見える姿も大事ではあるが、根本的な問題はさくら様のお力をどうするかだ」
「そこはさかきっちが手配してくれてるんじゃないの?」
「手配してあるなら、とっくに先程の紙切れに記載していただろう」
「それもそうだね」
千鶴がそう頷くと、しばらく誰も口を開かず、沈黙が続いた。それを最初に破ったのは、盛大に鳴った千鶴のお腹の音だった。
「お腹空いたー。なにか食べいこうよ」
「貴様は自分の流れで暢気に生きすぎだ。もっと現状のことを考えて……」と、薺は、呆れたように苦言を呈するが、千鶴は反抗するように、遮って自分の意見を展開する。
「お腹いっぱいになったら、いい考え思いつくかもしれないじゃん。座って考えてても、いい考えが思いつくとは限らないし、それだったら奈々世への案内もかねて、気分転換に外に出るのは悪くないでしょ」
「はぁぁあ"……食べ過ぎるなよ」
「やった。奈々世、出かけようー。れっつごー」
「待て。奈々世さん、貴方は着替えるべきだ。そして、見目がよく分からないように、何か工夫を施す必要がある」
「あー……変装しないと、さくらんだとみんな勘違いしちゃいそうだもんね」
「それだけではない。そのような珍妙な服では、人々に奇異の眼差しを向けられるだろう」
「え、そんなセンスない?割と服の趣味悪くないと思うんだけど」
「こっちの世界は、基本和装みたいな服なんだよね。だから、あっちの服はちょっと浮くかも」
「なるほど」
確かに、薺も千鶴も和服のような服を着ている。奈々世が今着ている服は、この世界では物珍しく、浮いてしまうのかもしれない。
「貴方、身長は?」
「16……7?だった気がします、多分」
「そうか。千鶴、奥の蔵に、何着か客人用の服が置いてあるだろう。それを貸してやってくれ。確か真ん中の籠のものが奈々世さんの着丈に合うはずだ」
「うん、分かった」
「私は先程やる予定だった掃き掃除をしてくる。準備が終わったら、声をかけてくれ」
と言い、薺は家の外へ出て行ってしまった。
「あれねー、なずなんなりの気遣い。元いた世界の人同士の方が奈々世が気楽だろーっていう。わっかりにくいよね」
千鶴は、優しい眼差しを浮かべて、そよ風のように穏やかに笑った。
「わかりにくいけど、優しいから。いつも般若みたいな顔して怒るし、カリカリしてるけど」
「そうやってフォローに入るのは、千鶴の気遣い?」
「わは、バレちった~」
今度は茶目っ気たっぷりに笑う。千鶴は、喋り方こそ砕けているが、表情はあまり動かない。奈々世は、今日出会って初めて、千鶴の笑った顔をしっかりと見ている。
「っと、それは置いといて、ちょっと待ってて。服、取ってくるから」
そう言うと、千鶴は玄関を勢いよく飛び出していってしまった。奈々世は、どうすればいいのか分からず、とりあえず、玄関先に座り込み、千鶴を待つ。ものの数分すると、千鶴は服の束を抱えて戻ってきた。
「ただいまー。服持ってきた」
「おかえり、ありがと」
「いいえいいえ。客間があるから、そこで着替えて。こっちの廊下をまっすぐ進んで、突き当たりの部屋」
「分かった」
千鶴に言われた通り、廊下を進み、突き当たりの部屋に入る。
部屋は、畳に似ているが、正確にはどこか異なるようなフローリングで、インテリアは、茶色の小さな丸い机と二つの座布団が置かれているのみで、どこか侘しさのある部屋だった。
奈々世はそんな部屋の中を軽く見やった後、千鶴に渡された衣服の中から、紺色のものを選び、身に付ける。袖を通すと肌触りがよく、着心地の良い服だと感じた。そして、自分が着ていた服は畳んで部屋の隅に置いた。奈々世は、普段なら綺麗に服を折りたたむことをきちんとする方ではないが、他人様の家だ。普段のようにぐちゃぐちゃのまま、散らかしておくわけにもいかない。そうして、服を片付けた後、奈々世は玄関へ向かった。
「おー、いいじゃん。似合ってるよ」
「どうも。着てた服、客間に置きっぱにしちゃったけど、大丈夫?着なかった服も」
「うん、大丈夫。というか、あそこの部屋、自分の部屋として使っていいよ。なずなんもそう言うだろうし」
「えっ、と……ここに住むってこと?」
「そうでしょ?他に行く当てあるの?」
「……ないけど」
「それなら、はい、居候決定〜」
「そんな簡単にいいの?知らない人置いて」
「いいのいーの。急に未知の世界にきた人を放っておけるほど、冷淡にできてないから。わたしもなずなんも。それに、さくらんも、ね。奈々世には不護慎な話だけど、同じ世界の人が来て、わたしはうれしい。そもそも、わたしがここに来たばっかの時なんて、みんな日本〜岩手県〜って聞いても、聞いたことない、新しいお菓子?おいしいの?みたいな反応だったんだからね」
「ふっ、なにそれ」
奈々世が初めてこぼした笑みに、千鶴は「あ、やっと笑った」と思い、つられて微笑んだ。
「とにかく、これからよろしく、家族」
「家族?」
「この世界に、家族も帰る本当の場所もない者同士、同郷のよしみで、家族になろうよ。この世界限定っていう消費期限付きの」
「えぇ……」
「いや?」
「別に嫌ではないけど」
嫌ではなかったが、意味が分からなかった。奈々世にとって、家族は、希望を砕いてできた虚しさが潜む最たるものだった。だから、関係性に家族という名前をわざわざつけるのは、理解に苦しむ。家族なんかより、友人や仲間の方が居場所の名前としてよっぽどいいものに思えた。とはいっても、奈々世に、友人や仲間といえるほどの友人や仲間はできたことはない。
「ならいいじゃん。決定ー」
反対するほど嫌でもなかったし、賛成するほど喜ばしいとも思っていなかった、つまりは、どちらでもいいような状態だったので、奈々世はこくりと頷いて、決定したことには従うことにした。
「それはいいとしてー、顔隠すものなんだけど、これどう?」
そう言って、千鶴が見せてきたのは、猫のお面だった。「にゃあにゃあ」と意外と似ている鳴き声を披露しながら、千鶴は顔を隠してみせる。
「それか、眼帯つけてー、ぷらす布を口周りに巻く」
「お面で」
「そっち選ぶんだ。どうぞどうぞ」
「トータルで見た時の見た目がまだマシかなって」
奈々世の見た目が誤魔化せたため、二人で薺の元へ行ったが、
「なんだその面は」
と眉をしかめられた。
「えーかわいくない?見た目誤魔化せそうなものの中だったら、わたし的にベストチョイスなんだけどなー」
「愛らしいかどうかは知らんが……これはこれで構わないか……さくら様と間違えられることは、ないだろうしな……」
他に見た目を隠せるものも思いつかないためか、薺はより眉をひそめながらじっと奈々世を見、自分を納得させるように呟いた。
「見目は問題ないだろう。掃き掃除の後片付けをしてから出かける。少し待っていてくれ」
薺という漢字は人名では使用できませんが、創作なので、現実世界で使用できるかにこだわらず使っています。




