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春を告げる。  作者: 高安那知
第一部
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三十七

 佐々芽と踊りを終え、着替えを済ませ、またいつも稽古をしている場所へ戻ってきて、そこの縁側に奈々世は座って黄昏ていた。非日常に、まだ頭がぼーっとしてしまう。


(久々にたくさん練習して踊って楽しかったな……誰かと踊ったのいつぶりだろう……)


「さくらさん」


「佐々芽さん!お疲れ様でした」


 ぼーっとしていて、反応が遅れたが、同じように着替えを終えた佐々芽が自分の目の前に立って声をかけてくれたことに、返事を返す。


「せや、これ、お祭りでもらえる札なんやけど、」


 佐々芽は、手のひらサイズの板を取り出した。所謂(いわゆる)、来場者プレゼントのようなものだろう。木とガラス細工でつくられている札だ。その札には、主に翠緑色や紺碧色のガラス細工が使われていて、それと木が合わさって流水模様のような模様と鳥のシルエットが刻まれている。


「綺麗ですね」


 とても綺麗で、奈々世は思わず見入る。その後顔をあげると、佐々芽は神妙な顔で奈々世としっかり目を合わせてきた。


「この札を投げて、捕らえて、表の面出たら、一つお願いを聞いてくれへん?」


(なんか変なお願いされたら困るけど……佐々芽ちゃんなら大丈夫か)


「はい、いいですよ」


「ほな、いくなぁ。ほいっ」


 佐々芽が札を投げ、宙から落ちてくる札を手に取る。佐々芽の手に捕らえられた札は、表面だった。


「表や!!表やで!!!やったあ」


 佐々芽はうれしそうにはしゃいで、札を見つめる。


「良かったですね。それで、お願いというのはなんですか?」


「もっぺん、やり直さしてほしいねん」


「ええと、どういう意味ですか?」


 奈々世は意味が分からず混乱し、佐々芽の言葉が意味するところを尋ねる。


「初めまして。わたしは、加藤佐々芽です。君の名前はなんていうんですか?」


「エ……いつから知ってた?」


 奈々世は、絶対にバレていないと思っていたので、度肝を抜かれる。


「実は、最初からです」


 佐々芽は、居心地が悪そうに、眉を八の字にして笑って頬をかく。


「え、そんな演技下手だったかな……」


「そうやのうて……!さくらさん、踊りは上手なんやけど、振り入れにえらい時間がかかるさかい、いつも本番直前まで合わすことでけへんかったんや」


(そうか、それは失敗したな……)


「それで、名前は……」


 佐々芽は本当に名前を聞きたそうにしていたし、約束もしてしまったので、奈々世は名前を言うことにした。本当は言わない方がいいだろうが、バレてしまっていては仕方がない。


「……河上奈々世だよ」


「奈々世さん……!わたしと友だちになってくれへん?」


「え?え、なんで?」


 そんなことを言われると夢にも思わなかったので、思わずたじろいでしまう。


「夢や目標があれへんのは悪いこっちゃあれへんって言うてくれたやんな。聞いたことあるか分かれへんけど、昴さんは、みんな家族みたいな世界を目指してるやんな」


(えっ、そんなの目指してるんだ……)


「せやさかいに、わたしたちを本気で応援してくれるし、見に行かれへんこともえらい悔しがってくれとった。昴さんもそうやし、色んな人がそれぞれ目指してることあって、それ実践してるのを見ると、なんにもあれへん自分にこれでええの?ってずっと思うとった」


(それは目標のためにやってることっていうより、昴さんの性格な気がしなくもないけど……いいなって言ってたし、佐々芽ちゃんは何か目指してることとかやりたいことがあるのが羨ましかったのかな)


「でも、わたし、奈々世さんにああ言うてもらえて少し楽になったんや。それから、こんなんを言うてくれる素敵な人と縁を結びたいって思た。せやさかいに、一緒におってもええ理由がほしい。友人っちゅう理由をくれへん?」


「でも、あれはさくらさんを演じてて出た言葉っていうか」


「演技でもええで。きっと、さくらさんは奈々世さんと、奈々世さんはさくらさんと全く同じことは言われへんさかい」


 佐々芽は優しく微笑む。

 奈々世はどうするか迷った。自分はいずれここをいなくなる存在だ。簡単に友だちになっていいものか分からなかった。それに、友だちになりたいなんて、しばらく縁のないことで戸惑ってしまった。しかし、今、目の前にいる佐々芽を無下にはできなかったし、ずっと一緒に舞を練習をして一緒にいて和やかだったのは良かったので、手を差し出した。


「えっと……?」


「あー、自分の元いたとこ、なんか友だちになる時握手することある。多分?だけど」


「おっ、おおきに!」


 佐々芽にぎゅっと手を握られた。


「よろしく、佐々芽ちゃん」


「はいっ、奈々世さん」


(痛くない……普通にうれしいな。どういうタイミングで痛むのかよく分からないけど、多分、心の傷がえぐられるのと同時に、やさしさとかあたたかみとかが流れこんできて、ごっちゃになるのかな。まだ痛むと思うけど、こういうふうに、ただうれしいって思えるようになったらいいな。あたたくしてくれた時、笑顔でありがとうって言えるようになりたい。痛むのは、なんか違う気がするから)


「あ、このことはくれぐれも口外は……」


「分かってる。心配せえへんでええで。ほんまはばれたあかんって分かっとったさかい、わたしも迷うててん」


(佐々芽ちゃんにバレてるってことがまずいから、黙ったままでいるか、賭けにしたのか)


「二人をおとしめるようなことは絶対に言えへんて約束する」


「ありがとう」

読んでくださりありがとうございます。

今在るものを大事にしたいと考えている佐々芽ですが、本人の言っている通り、やりたいことや目指していることがないことに対してだけは、これでいいのかという疑問をずっと持っていました。さくらではない別の人と分かっていたから、あの時、本音を吐露できたのかもしれません。それが結局、他人から友人へと関係性を変えたいと思うきっかけになったようですね。ちなみに、佐々芽の好物はそばではなく、玄米です。

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