三十六
昨日の午後は舞を踊る会場でリハーサルをし、そして次の日の今日、いよいよ水鳥宮祭り当日となった。朝から通しでの確認を三回ほどした後、汗をかいているといけないからとシャワーを浴びるよう命じられた。シャワーを浴びた後、衣装の着付けや化粧を水鳥宮祭りの関係者の人たちにしてもらう。それを終えて、薺に会うと、
「よくお似合いです」
と微笑まれた。薺が笑みをつくること自体珍しいのに、笑って褒められたので、なぜか奈々世は少し気味が悪く感じてしまったが、ちゃんと「ありがとうございます」とお礼を言った。
「今日は、千鶴も観に来るようです」
「千鶴が?」
思わず素が出ると、薺はわざとらしく咳払いをした。
「千鶴さんがいらっしゃるんですね」
「はい」
(千鶴、来てくれるんだ。うれしいな)
「千鶴共々、健闘を祈っております」
「はい、行ってきます」
あの時震えていた「行ってきます」が、今日ははっきりと明朗に言えた。さくらを演じているからか分からないが、薺に「行ってきます」と言うことがこの前のように苦しくはなかった。
薺と話し終えると、ちょうど佐々芽も準備を終えてやってきた。前方に関係者の人、後方に薺と佐々芽の補佐役の人と舞の稽古をつけてくれた先生という形で挟まれ、舞を踊る会場へ行き、舞台の袖まで移動する。
「人ぎょうさんやな……」
佐々芽は、舞台の袖からそっと外を見ると、静かに呟いた。
「そうですね」
奈々世も、佐々芽の後ろから会場の様子を見る。舞台の前には小さな湖が広がっていて、湖の上には蓮の花が浮いている。その湖を挟んだところに、多くの観客がいた。予防線だけだと安全対策が万全ではないので、湖を挟んだところで踊ることで、観客の乱入などを防ぐという目的があるのだと薺は言っていた。他にも、安全対策として警備員がたくさんいるらしい。
「頑張ろうね」
「はい」
昨日、観客から見えるステージを確認した時、蓮の花の浮かんだ湖や緑が時折水面に映る様子、白く神々しい奥手にある舞台は、本当に美しかった。さくらの代わりとはいえ、こんな綺麗なところで踊れるのは、すごく楽しみだった。こんないい機会をもらっていいのかという気持ちもあったが、さくらの代わりなのだから、しっかり務めようと思った。奈々世は、関係者の人からの合図をもらい、ピンと背筋を伸ばして、意気込んでステージの上へ上がった。




