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春を告げる。  作者: 高安那知
第一部
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35/39

三十五

〈杏花目線〉



 霧で視界の悪い中、美愛たちとはぐれて歩いてきたと思われる道を戻り、おおよそ美愛たちとはぐれたであろう辺りまで来た。


(足跡は……よく見えない……)


 地面をよく見ながら、足跡の一部のように見えなくもない模様を辿る。

 美愛たちが人型と当たっている可能性もあったが、渉のところまで誘導すれば勝算は高いと考えた。自分が応援を呼びにいっている間に、渉は白いあやかしたちをかなり祓うだろうし、その状態のところへ人型を誘導し、美愛と渉が共闘すれば、人型を祓うことは難しくないはずだ。千鶴、和泉、涼に関しては、後を追ってこなかったし、どこら辺にいて、どういう状況に置かれているのか分からない。それならば、動き方の見通しが立ちやすく、また、千鶴たちより見つけやすいという利点がある美愛たちを追いかけた方がいいと思ったのもある。

 急がなくてはいけないが、足跡と思われるものを確認しながらなので、進みはゆっくりになってしまう。何分か歩き、もしかしたら足跡ではなかったのかもしれないと不安になり始めると、視界の遠方に人影が写る。忍び足で近づきながら、その人影にじっと目を凝らすと、美愛の姿が目に入った。


「美愛ちゃん……!」


 思わず声をかけて駆け寄ると、向こうもこちらに寄ってきた。郁と奈々世も一緒だ。


「奈々世さん!無事だったんですね!本当に良かったです……!」


 安心して深く息が出る。


「うん。心配してくれてありがとう」


「いえ。奈々世さんを攫ったあやかしとは、どうなりましたか?」


「いなかったわ」


「そうなんですね。今から走るので着いてきてください。話は走りながらします!」


 元来た道を考えながら、できる限り速く足を動かす。


「杏花!一体どうしたの?」


 美愛は、自分の隣に並走してくる。


「渉君が大量のあやかしを一人で祓っているので、協力をお願いしたいんです」


「分かったわ」


 美愛は、驚いたように目を丸くした後、真剣な顔で頷いた。

 説明も終え、みんなで急いで渉のところへ向かう。しかし、渉の元へ戻ると、あんなに大量にいたあやかしたちが全て消えていて、生きているものは、木に寄りかかりながら立っている渉しかいなかった。


「あ、杏花ちゃんおかえりー」


 渉は、軽快に笑みを浮かべる。


「もしかして全て祓い終わったんですか?」


「うん、全部片づいちゃった」


(流石ですね)


「あんたその腕……!」


 美愛は渉が一人であやかしたちを祓い終えたことよりも、渉の血が流れ出る腕に関心がいったようだ。


「これ?そんな大したことないよ。心配したの?」


「するわよ。あんたが怪我をして喜ぶような趣味はないわ」


 渉は、にこっという効果音がつきそうな笑顔をつくる。


「その顔ムカつくのよ!!」


 いつもは二人のやり取りを黙って見守るが、今はそんな悠長なことをしている暇はない。二人の言い合いが発展する前に、


「それじゃあ、千鶴さんたちと合流して人型のあやかしを祓いにいきましょう」


 と提案する。その瞬間、白い霧が辺りから消えた。



◇◇◇


〈千鶴目線〉



 杏花たちが渉の元へ辿り着く少し前__千鶴は、ある作戦を頭に閃いていた。かわしきれなかったあやかしからの攻撃のせいで、自分の体も傷んでいるので、この作戦を必ず成功させるために頭を巡らす。その作戦を実行するために、細かい攻撃をして、あやかしの注意力をより集中させる。注意をし続けるというのは大変なことだ。持続させ、注意を向け続けることに疲れさせる。


(ま、こんなもんかな)


「おりょうー」


 涼に、力を使わせるフリをする。涼は実際に力を使うかもしれないが、それより前に、涼に注意が向く一瞬、最大質力の火で燃えるように力を使うことをイメージしながら、お腹に触れる。注意力を疲れさせることを事前に意識したからか、あやかしに隙ができ、攻撃を当てることができた。


(やっば……!!)


 休まないともう力を使うことはできないような気がしたが、わずかな残り火に賭け、燃えるお腹に怯んだ隙に、腕にも触れる。お腹と腕の強い火がボオッと燃え上がり、一気に上半身が燃え消えた。少しずつ下半身もちりちりと消えていく。


「ふーなんとかいけた」


(体傷だらけだ。なずなん、怒るかなー。でも、傷は勲章ってね。まだまだだけど、一歩近づけたかな)



『契約してやるから、強くなったらオレを祓いに来い』



「すごい……」


 和泉は呆然とした後、


「すごい、すごいな!祓ってくれてありがとう」


 と感嘆する。


「こちらこそわがまま聞いてくれてありがとう」


 そう言い終える頃、あやかしの体も完全に消えた。すると、辺りにずっと漂っていた白い霧が突然全て消えた。


「……結界をつくってたあやかしが消えたから、結界も消えたって」


 岡先生が使役しているあやかしに聞いたのだろう。ぽつりぽつりと涼が説明する。


「結界の外に戻ってきたのか……!みんなも出れた?」


「……出れてるはずだって」


「じゃあ、みんなと合流しようー、れっつごー」



◇◇◇


〈奈々世目線〉



 千鶴たちと合流し、お互いにあったことを報告し合った。無事に任務は達成できたので、学校へ戻って祓えた報告をした。結界の中は時間の流れが違う部分があるらしく、現実に換算すると丸一日ほど奈々世たちは結界の中にいたようだった。何時間かいたような気はするが、丸一日もいたとは思えなかった。そのせいで、岡先生は、珍しく心配していた。千鶴と渉が怪我をしていたせいもあるだろう。しかし、保健室で手当を受けている千鶴と渉を除いたみんなで報告書を書き、それを提出するなり、すごい勢いで叱責された。後から千鶴と渉が来ると、更に岡先生の叱責は熱を増した。奈々世は、そこまで咎められるようなことはしていないので、みんなが怒られている様子をぼーっと眺めていたが、岡先生は生徒を気にかけているから叱るのだということが分かっていたので、不快な気分にはならなかった。それに、自分の知らないうちに、みんながあやかしを祓ったり嫌なものを見たりしていたことを知って、やっぱりみんなはすごいなと実感したし、あやかしは悪いものもいるということを身に染みて感じた。そして、美愛のトラウマについても、具体的に分かることができるようになった気がした。


 そうして三日間はあっという間に過ぎ、水鳥宮祭りの前日となった。前日と当日は、学校を休む。休養を兼ねた三日間は全く休養にならなかったが、学校を休む口実となるような三日間であったことは、幸いなのかもしれない。

 昨日の夜から前泊し、前日である今日は、朝から水鳥宮神社で稽古だ。佐々芽がやってきて、二人でみっちり先生から稽古を受ける。朝から休憩も挟みつつずっと練習し続けて、やっと昼食の時間となった。いつも練習の時は、有難いことに、水鳥宮神社の人が食事を用意してくれる。いつも昼食を取っている部屋に入ると、今日はそばが用意されていた。


「わぁ、おそばとそばがきとそばだんごや!おいしそうやなぁ」


(そば好きなのかな?)


「そうですね」


 奈々世と佐々芽は席に座って、昼食を取る。熱いうちに食べた方がいいらしく、そばがきを最初に食べるが、そんなに得意な味ではなかった。そばがきは早々に手をつけるのを控え、そばを食べる。そばを食べていると、おいしそうに一口一口大切に頬張る佐々芽が目に入る。佐々芽は、いつもそうだ。何かを食べる時、本当に一口一口を大切そうにゆっくり食べる。さくらとして振る舞わなくてはいけないので、余計なことはできるだけ喋らないようにしていたが、


「どうかしたん?」


 と佐々芽に聞かれてしまい、嘘をつくのも心許(こころもと)なく、正直に気になっていたことを指摘する。


「佐々芽さんは、いつも一口一口大事そうに食べるなと思ったんです」


「そう思う?」


「はい。何か理由があるんですか?」


「理由……そうやな、今在るものを大事にしたいって思てるんが表れてるのかも」


「今在るものですか」


「今一緒におってくれる人や持ってるもの……そんなん大事にしたいんや」そういうの大事にしたいんだ


 佐々芽は箸を置いて、静謐(せいひつ)に言った。佐々芽にとっておそらく芯や根幹にあたる考えなのだろう。しかし、佐々芽の微笑みは、納得しているようにも見えたが、どこか自分に言い聞かせているようにも見えた。



『一緒にいるよ』


『……ええ。そばにいるわ』



「そうですよね。今を生きてるから、今を大切にしなくちゃですよね……」


 奈々世がぽつりぽつりとそうこぼすと、佐々芽は、柔らかく笑みを浮かべる。


「今は、水鳥宮祭りの舞を大切に踊ろうね!」


「はい」

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