三十二
〈千鶴目線〉
「っは!何かいい場面を盗られたような気がする」
「千鶴さんは、俳優か何かか!」
急に意味の分からない発言をした千鶴を邪険にすることなく、和泉はツッコミをする。
「いいねー。目指そうかな」
「えぇ?」
冗談で言ったことに、斜め上を行く言葉が返ってきて、和泉は少し困惑する。
「好きなんだよね、特撮」
「とくさつ?」
千鶴は特撮が何かを説明しようと口を開きかけるが、急に黙り込む。
「あの光の気配とこれはやはり……だがしかし、あれは……」
霧の向こうから、ぼそぼそと何かを呟く声が聞こえる。
「誰だ……?」
和泉はぽつりとそうこぼしながら、じっと目を凝らす。千鶴も、目を凝らしはしなかったが、辺りを注視していた。すると、霧の向こうから人のシルエットをしたものが近づいてくる。「おーい」と叫びかけた和泉に、「しっ」と千鶴は黙るよう促す。和泉は黙って言うことを聞き、二人で静かに相手が近づいてくるのを待つ。相手が近づいてくると、それが奈々世を攫ったあやかしだと分かった。
「人、じゃない!!あやかしか……!!」
近づいてくるのが人だと疑っていなかった和泉は、目を大きく開けて驚く。
「奈々世さんをどうした」
「ナナセとは?……ああ、あれか」
あやかしは、文脈から"奈々世"という言葉が何を意味するのかを理解する。
「無事だ。おそらくな」
和泉は安心したように、深く息をつく。
「おそらくってどういう意味?」
「おそらくはおそらくだ」
「おそらくってどういう意味?」
あやかしに一度聞いたことをもう一度反復する。
「おそらくはおそらくだと言っているだろう。耳が悪いのか?」
「おそらくってどういう意味?」
千鶴がもう一度繰り返すと、あやかしが鋭い爪のついた手を、千鶴の心臓めがけて飛ばしてくる。千鶴は、それを見切り、サッと避けた。
「まだ質問してる途中なんだけどな」
「……口の減らない娘だな」
「千鶴さんは、質問の答えになっている答えをもらえるまで質問を繰り返すんです」
いいあやかしか悪いあやかしか判断もついていなかったし、気まずさもあったので、和泉はあやかしに千鶴の特性を説明する。あやかしとのやり取りのような場面は、前は珍しくなかったが、千鶴の納得できるまで執拗に質問を繰り返すところにみんなまいったので、今では"千鶴の質問にはちゃんと答える"という暗黙のルールができあがっている。
「面倒な娘だな。口を聞けないようにする方が早い」
「なっ……!?」
「人型、いいねー。一回やってみたかったんだよね」
「ちょっと千鶴さん!」
和泉は思わず止める。見習いの自分たちは、この二人だけで人型を祓えるほどの経験がないと思ったからだ。
「殺らなきゃ、殺られるよ」
今の状況では、千鶴の言う通りだ。和泉は、黙るしかなかった。
「……分かった。じゃあ、祓うのは僕が」
と和泉が言ったのを、千鶴は食い気味に遮る。
「いずみん、手出さないで」
("契約"のために、人型とは一回やり合っておきたかったんだよね。人の姿に似たものを、躊躇なくこの手で滅するなんて簡単にできるのか分からない。だから、これは練習。わたしが契約してるあやかしに躊躇なく手を下せなきゃ、わたしが殺られて終わり。わたしは、帰れない。)
「え、でも、」
千鶴は相方がいないので、とりあえず一人で活動させられているが、それは例外だ。一人で祓うことのできる古賀と織笠だって、二人組の中に入り、攻撃か消滅かどちらかの担当にならなくてはいけない。余ってしまう場合は、留年して次の学年の人と相方を組む。こういう場合でも、通常は、二人組で役割を分けるべきという認識になっている。しかし、
「出さないで」
と、千鶴は強く訴える。
「わ、分かった……」
和泉は、千鶴の気迫に負けて、二つ返事を返してしまった。
「でも、危なくなったら引っ張って行くからな!」
(多分このあやかしは、ヒキさんより弱い)
「大丈夫。負けないよ」
千鶴は攻撃のために、姿勢を構える。
(負ける気しないよ。元は、ヒキさんの能力だけどね)
◇◇◇
〈涼目線〉
(すーは、手を汚す覚悟がないって言われてもいい。そんな覚悟いらない。傷つけたくない。傷つくのはきらいだし、傷つけるのもきらいだから。すーは、間違ってない。でも……)
恐怖に怯えるたくさんのあやかしたちの姿が目に入る。泣いている子、憔悴している子、夥しく叫び続ける子……目の前に広がる痛みをしっかり見据える。そして、意を決してゆっくり瞬きをする。
(今は守らなきゃ、この子たちを。すーに優しくしてくれた子たちの仲間を)
(見殺しにしたすーがやるのはちがうって思うけど、そのことを思ってたら、この子たちを助けることはできない)
「……一つ聞かせてほしい」
「なんだ」
「あなたは、望んで傷つけてるの」
「そりゃあそうさ。喰べるためなら仕方ねぇだろォ?」
(あやかしは何も食べなくても生きていける。どうしても死にかけてるときは、食べれば生きのこれる。それ以外なら、食べるのは、楽しみか、力を得るためだけ……なら)
涼は笑った。その笑みは、諦めと決心を宿していた。
「分かったよ」
「?何の話だ?」
「躊躇わずにやらなきゃいけないってこと」
『涼、小野寺の力は、悪いあやかしを祓う時は、精神攻撃として使うんだ』
『……すー、やりたくない』
『涼、誰かを守るためには力を使わなきゃいけない。そういう世界なんだ。争いも苦しみも、なくならないから』
『……っ、うぅっ』
『……涼……悲しいね』
(ずっと逃げてきた。現実がきらいで、すーはすーの世界にいたかったから。でも、ぱぱ、教えてもらった通りに、すーやるよ)
涼は、あやかしに幻覚を見せる力を使った。イメージした幻覚は、"死"だ。苦虫を踏み潰したような表情で、しっかりあやかしを見据える。
「うあぁ"ぁ"ぁ"あ"」
涼があやかしに力を使うと、あやかしは幻覚に苛まれ、発狂した。
「うえっ」
あまりの気分の悪さに、涼は思わず吐いてしまう。
(やっぱりあやかしに力を使って、苦しむ様子を見て、平気でいられるなんて、みんな頭おかしい……)
「オノデラノフワフワアタマ、キブンノワルイモノヲミセルナ!」
岡先生の使役しているあやかしが肩で大きな声を出してきて、涼は不快になり、一瞬このあやかしを肩から下ろそうかと思ったが、やめた。
そして、手を木に釘で打ちつけられたあやかしたちを解放していく。イノシシのような見た目をしたあやかしは、その間もずっと発狂していたので、涼は本当に自分も頭がおかしくなりそうだった。しかし、あやかしたちはみんな「ありがとう」「助かった」といった言葉を涼にかけ、泣いて喜んだり、笑ってくれたりした。
(助けられてよかった)
あやかしたちを全員解放した後、岡先生の使役しているあやかしに、あやかしたちを結界の出口へ案内するようお願いした。岡先生の使役しているあやかしは、結界の入り口も出口も見つけられるので、了承してくれた。案内し終えたら、血のにおいを辿って、涼の元へ戻ってきてくれるというところまで話をつけた。全員が去った後、涼は、まっすぐイノシシのような見た目をしたあやかしを見つめる。
(すーが傷つけたんだ。ちゃんと焼きつけなきゃ。すーがしたこと。)
「苦しませてごめんね。でも、これは、あなたが、あの子たちにしようとしてたことだよ」
(それを味わせてるすーも、同じものなのかな……ううん、だれかを傷つけなきゃ、だれかを守れないのがおかしい。生まれるときに、望んで傷つけるものに変えられちゃうのがいけない。すーは、悪くない)
「赦してくれぇ……!!!もうしねぇから!!!」
涼は、その言葉にハッとする。それを聞いて、どうするか、涼は頭の中でゆっくり考える。自分は力を使い慣れてないから、他の小野寺家の人のように、あやかしの姿が視認できなくなっても幻覚を見せ続けることはできない。長い時間持たせることもまだ難しい。あやかしたちを逃したのは、そういう理由もある。涼が迫られる選択は、幻覚を見せるのをやめて逃げるか、和泉が来ることに賭けて消耗戦をするかだった。それなら、一度解除して話を聞いてみようと思い、涼は幻覚を解除する。
「……はあっはあっ……ぁ、幻覚だったのか……えげつねぇ力だなァ」
「……反省したの?」
「……ああ」
「もうしない?」
「……ああ」
「じゃあ、あなたの名前を教えて」
「リシメだ」
「……嘘をついたらすぐ分かるよ。あなたが誰かを食べたら、すーは分かる。すーは、あやかしの友だちがいっぱいいるの。名前を知ってるあやかしのこと、全部分かる力を持った友だちもいる」
「まさかあんた、契約なしに、一人で何人ものあやかしを動かすっていう」
涼は、言い方が気に食わず、むぅっと頬を膨らませる。確かに昔、妹が行方不明になって、その時に多くのあやかしの力を借りた。そうは言っても、それは涼の友人のあやかしのほんの一部だし、動かしたというよりは頼み事をしたにすぎない。それがそんな変な噂になって一人歩きしていることに、涼は立腹する。しかし、涼は、気に食わない時や怒った時は、機嫌を悪そうにするだけで何も言わない。
「……けっけっけっ、こりゃまいった。あんたを騙くらかして、隠れて喰おうと思ってたのによォ」
「分かったよ。嘘ついてたこと。でも、すーは……」
『涼が納得できるやり方とかあるのか分からないけど、探してみるのもいいと思うっていうか』
(奈々世さんが言ってたみたいに、すーのやり方を探したかった)
「あなたが反省できるなら、祓いたくない」
「死にたくねぇし、あんたをここで殺そうとしたって、またやな幻覚見せられるだけだしなァ。反省はしねぇが、もう喰うのはやめる」
「ならいいよ」
(でも、一応、あなたのことは見張ってもらう)
「その代わり、オレをあんたの舎弟にしてくれ」
「なんで?」
「新しい愉しみが必要だろォ?あやかしを祓う時は、力を貸してやる」
あやかしを祓う際に上手いこと言ってそれを喰ってやろうという魂胆が見えて、気に入らなかったので、涼はまた押し黙る。
そして今更奈々世のことを思い出す。
「この結界をつくったあやかしはどこにいるの?」
「ああ"?上様のことか。あのお方は、オレの上だから、教えられねぇなァ」
涼は、頬に空気を含ませる。
「じゃあいい」
ぷいっとそっぽを向くと、もう振り返らず、涼は、元いた方へ戻り、その後奈々世の方へ行ってみようと、足を進める。
(すーは傷つけられるのも傷つけるのもきらい。あやかしも、人も、傷つけたくない。でも、すーと違って、望んで傷つけるものは……いる。現実がきらいだから、ずっと知らないふりしてた。それでも、やっぱり、すーはきらいだよ、心や身体をはさみで切るようなこと。だから、すーはすーのやり方で、ヨウキョウビトをする)
(傷つけるものには、自分がしたことの恐ろしさを分からせて、もうしないようにさせる。それで反省できないなら、和泉くんに祓ってもらうしかないけど、これがすーの方法。傷つくものをなくすことはできない……けど、すーのやり方でヨウキョウビトをすることは、きっと、傷つけない解決もできるって思う)
(すー、やり方見つけられたよ。だから、奈々世さん、すーはちゃんと助けるよ)
読んでくださりありがとうございます。
千鶴の言葉に関して、「わたしが契約してるあやかし」に「ヒキさん」とルビを振りたかったのですが、文字数の関係でできなかったので「契約してるあやかし」に振る形になっています。可能であれば、「わたしが契約してるあやかし」に「ヒキさん」とルビがついている文として読んでいただけると幸いです。
「岡先生の使役しているあやかしは、結界の入り口も出口も見つけられるので、了承してくれた。案内し終えたら、血のにおいを辿って、涼の元へ戻ってきてくれるというところまで話をつけた。」という箇所についてですが、あやかしは、人間の血のにおいが分かるので、それで個人を判別できます。もし先祖のにおいを知っていれば、血筋もそれで分かります。例えば、中峰家の者と昔仲が良かったあやかしがいたとして、そのあやかしが、美愛と遭遇したらあれの子孫だと分かるという感じです。
涼は、現実をあまり見ず、自分だけの独創的な世界に生きています。「生まれるときに、望んで傷つけるものに変えられちゃうのがいけない」と言っていましたが、それも涼の世界観ですね(おそらく、生まれる時に呪いのようなものにかかるという意味です)。現実で立証されている法則や理論に則るのではなく、空想してこの事象・もの・世界はこういうものと自分なりに考えて理解しています。涼が周りに馴染めなかったというのも、これが原因です(涼が自分のことを絶対間違ってないと思うところや、自分を曲げないところも多少原因としてあるかもしれません)。涼の世界観は難しく感じることもありますが、手探りしています。




