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三十

〈杏花目線〉



 霧でよく見えないが、周りを取り囲まれている気配が強くする。同じ気配を感じたのか、渉も笑顔を崩して、身構える。

 霧が薄くなると、杏花と渉の周りは、白くて丸いあやかしでいっぱいになっていた。具体的には、マシュマロみたいな丸いクッションと例えるとしっくりくるような見た目で、大きさは、小型犬より少し大きいくらいだ。ずっと先まで丸い白が続き、どのくらいいるのかさえ把握できない。


「これは一体……」


「うーん、奈々世さんのところに行くのにはもうちょいかかりそうだねー」


 白いあやかしたちは、ぽよぽよと時折ジャンプをする。愛らしく見えるが、そんなものを可愛がっている暇はない。

 杏花と渉は、白いあやかしたちの隙間に足を入れて進もうとするが、全く隙間なくあやかしたちが連なり、進むことができない。おまけに、隙間を見つけて足を押し込むと、何匹かがジャンプをして、邪魔をしてくる。


「この先に行ってほしくないの?遊んでる?それとも、何か頼み事ー?」


 渉があやかしたちに声をかけるが、不思議な音が聞こえるのみだった。


「妖力の弱いあやかしみたいですね」


「そうだねー」


(涼さんがいてくれたらいいんですが、呼び出せるわけでもありませんし……)


 杏花は、じっと近くにいるあやかしたちを観察してみるが、何を求めているか分かりそうもなかった。


「……杏花ちゃん、さっき確認したこと覚えてる?」


(さっき確認したこと……奈々世さんを攫ったあやかしを祓うことと、奈々世さんの安全の確保を優先するという話でしょうか)


「はい」


 そう返事をして、杏花はすぐに焦った。渉がこの状況でそれを聞くのは、自然な流れではない。だから、それを聞いたということが、瞬時にある予想に繋がった。もしその予想が当たっているなら、渉がしようとしていることはいけないことだ。杏花は急いで渉の服の袖を引っ張る。


「待ってください……!」


(害のないあやかしを祓うと、罰則が科されます。先ほどのあやかしは、本来祓うべきあやかしではありませんでしたが、能動的に人を攻撃して喰べようとして、そして、私たちの身に危険があったという処分されるべき明確な理由がありました。でも、このあやかしたちがどういうあやかしなのか分かりません。そうである以上、渉君にそんなことさせられません。掟は、守る必要があります)


「駄目です、渉君」


 そうきっぱり言ったものの、渉の服を握る自分の手は震えていた。


(でも、奈々世さんを助けに行く必要もあります。奈々世さんを助けに行きたいけど、渉君の力をここで使ってしまうのは、結果的に奈々世さんを助けることに繋がらなくなってしまいます。無尽蔵に能力を使うことは、できませんし。でも、この判断は、正しいと迷いなく言い切れるんでしょうか……)


 渉は、杏花の手首をそっと握って、自分の服から離すと、いつもの笑みを見せる。


「杏花ちゃん、俺の目見て」


「?はい」


 言われた通り、渉の目を見つめる。


「頭の中落ち着いた?」


 確かに、見つめていた時は、何も考えていなかった。


「はい」


「杏花ちゃん、リラックスリラックスー。大丈夫だよ」


「ですが……」


「大丈夫」


 いつもよりにこやかに笑っているが、声の調子はいつもより強く、普段穏やかな目も、どこか引き締まって見える。


(……もしかして何か策があるんでしょうか)


「そうですね。渉君のおかげで、落ち着きました。大丈夫です」


(策があるなら、信頼して任せます)

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