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二十八

〈郁目線〉



(はぐれたな)


 途中で霧が濃くなった瞬間があった。その時、渉、杏花と別々になってしまったようだ。しかし、そんなことを気を留めることもなく、美愛は黙々と進んでいく。


(呼吸が浅いし、顔が青い。このくらいでも祓えた時もあるし、駄目だった時もある。河上を追った先で、河上を連れて行ったあやかしと会っても、あれを中峰は倒せる状態なのか、どうなのか)


 郁が美愛の背中を見ながら歩いていると、美愛が突然立ち止まり、自然と自分も立ち止まった。


「……何、これ」


 美愛が呆然とした声で、小さく呟きを漏らす。目を凝らしても霧でよく見えなかったが、少しすると霧がひいて辺りが見えた。そこには、地面に、大量の血と散り散りになったいくつも人の体の部位が散乱していた。

 美愛はそこに座り込み、過呼吸になる。

 美愛の正面に行って美愛を見下ろすと、涙目で苦しそうに呼吸を繰り返していた。


(……駄目だな。顔色がさらに悪くなってるし、過呼吸。河上には悪いけど、こんな状態で行っても共倒れだ。死ぬ人は、少ない方がいい。祓うのも中峰がやる必要はない。確実に祓うなら、適任はいくらでもいる)


 しかし、今それを言っても、トラウマでパニックになっているのかもしれない美愛の耳には届かないと考えたので、美愛の呼吸が落ち着いてくるのを待った。

 呼吸が徐々に落ち着いてきたので、美愛に、奈々世の元へ行くのはやめるよう言う。


「今の中峰は使い物にならない。行かない方がいい」


「……そうかもしれないわね。でも、わたしは行くわ」


 襟元をぎゅっと掴みながら、よろよろと美愛は立ち上がった。呼吸は未だ浅く、顔色も全く良くない。


「やめろ」


「わたしがどんな状態であろうと、奈々世を助けられるのはヨウキョウビトしかいないの。わたしはヨウキョウビトで、奈々世の友達よ。こんなに犠牲を出しておいて、ここで奈々世一人助けることもできないなら、わたしはなんのためにヨウキョウビトをやるのか分からなくなる」


 美愛は、乱れた呼吸を整えるように、ゆっくり数度息をして、また喋り出した。


「分かってるでしょ。わたしは、あやかしのことで困ってる人を助けたり、いいあやかしの力になったり、ヨウキョウビトにしかできないことをするために、ヨウキョウビトをしてるの」


(……なんでこっちが知ってることになってる?知るわけない。初めて聞いた)


「今は、もうこれ以上犠牲が出ないようにしたい、無理してでも友達を助けたい」


(俺が止めても勝手に行くな。中峰がこういう顔つきしてる時は、意地でも自分の考えてる方向に進む)


「……そんなことすらできないなら、ヨウキョウビトにしかできないことをするために、ヨウキョウビトになろうっていう気持ちがわたしから逃げちゃう。……それは絶対に避けたいの」


 美愛は頭を横に振った。


「無理にとは言わないわ。でも、門倉がいないと祓えないでしょ。着いてきてくれる?」


(いつもは、有無をそこまで聞いてこない。こっちに頼んでくるってことは、胆力がなくなってるし、不安がってる。こんな状態で行っても、死にに行くのと変わらない)


 着いていくのは別に構わないので、頷いた。


「俺は、場合によっては、河上か中峰を見捨てる」


(行くなら、そうなる。人型相手に、今の中峰一人じゃ力不足だ。逃げるにしても隙を作るのは難しい。もし向こうがこの惨状の原因で、人間を殺すようなあやかしなら、そうするしかない)


「相方なんだから、最期まで一緒にいるくらい言ってくれた方が心強いのに、ほんっとあんたって使えないわよねー。でも、あんたにそんなこと言われたら気味悪いわね」


 美愛は笑ったが、無理しているようにも見えた。美愛も、この状態で一人で戦うのは、危ない橋を渡る行為だと分かっているのかもしれない。


(言ってほしいのか言ってほしくないのか……)


「でも、一人で死ぬのは恐いの」


(……言ってほしいのか)


「……見捨てない。その時は、一緒に死ぬ」


「あんた馬鹿なの?奈々世を連れて逃げなさいよ」


(相方になった時点で、成績も命も一緒にしなきゃいけない部分があるのは、分かってる。最初から覚悟はできてる。死ぬ人は少ない方がいいし、生きれるならその道を選ぶ。でも、中峰が行く気を曲げる気がなくて、一人で死なないことを望むなら、それでもいい。それで少しは安定して戦えるなら、そうすればいい。どうせいつかは死ぬ。……って、説明するの面倒くさいし、河上の保護優先するなら、さっさと行った方がいい。望みに応えたのに、馬鹿って言われるのは分からないけど、流せる。どうでもいい)


 郁は頭の中にある言葉を形にすることなく、黙って歩き出した。「ちょっと待ちなさいよ!」と美愛が大きな声を出すのを耳にしながら。



◇◇◇


〈杏花目線〉



「離れてしまいましたね……」


「そうだねー。霧ばっかりはどうしようもないからねー」


「美愛ちゃん、大丈夫でしょうか……奈々世さんも、無事でいてくれるといいんですが……」


(美愛ちゃん、とても顔色が悪かったです……それに、奈々世さんを攫って行ったのは人型でした。人型は、特に強いものの中に、稀に存在する、人に似た姿のあやかし……実際に目にするのは初めてですが、人型という時点で、強いのは間違いありません。何の目的があって攫って行ったのか分かりませんし、酷い目にあっていないといいんですが……)


「美愛は大丈夫だよ。ここぞっていう時は強いから。気にした方が良さそうなのは、奈々世さんの方だね。人型、どのくらい強いかなー」


 渉は、こんな状況でも乱れることなく、冷静で、普段と何ら変わりがない。緊張や不安にのまれやすいところのある杏花は、いつも通りでいてくれる渉を有難く感じた。


「多分あれが本命だよね」


「はい。私も、私たちが祓うべきあやかしは、先ほどのあやかしではなく、奈々世さんを攫って行ったあやかしだと思います」


「だよねー。イノシシみたいなのはどういうのか分かんないけど、濃厚なのは、あのあやかしの復活待ってた子分かなにかって線だろうね」


「そうですね」


 大体同じようなことを考えていたので、頷く。


「他にも子分がいるかどうかは分かんないけど、子分がいてもスルーして、あのあやかしを祓うのと、奈々世さんの安全確保優先で動くってことで大丈夫だよね?」


「はい」


(ヨウキョウビトとしてすべき職務は、任務の遂行と一般人(奈々世さん)を守ること)


「りょーかい。もし結構やばい相手だったら、隙を見て奈々世さんと逃げていいから、覚えておいてねん」


「そんなこと……」


(……でも、そうだよね。万が一には、優先するものを選ぶ必要があります。過去の事例たちは、私にそのことを教えてくれました。……実際にその立場になると、上手く割り切ることはできないですが、)


「いいえ、分かりました」


(こういう行動が、ヨウキョウビトとして、楠戸家の者としてふさわしいものです)


「大丈夫。一応のためだから。俺は強いから負けないよ」


 渉は、堂々とした眼差しで、にこりと笑顔を浮かべた。


(……迷いが伝わっていたんでしょうか……渉君には、お見通しなことが多いですね)


 杏花も自然と笑い返す。


「信じてます。でも、岡先生がおっしゃったように、万が一の時は撤退してくださいね」


「分かってる分かってる」


 そして二人で前へ進んだ。否、進もうとした。行く手を阻むあるものが目に入り、二人はその場に留まらざるを得なくなった。


「これは一体……」


「うーん、奈々世さんのところに行くのにはもうちょいかかりそうだねー」

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