二十七
〈千鶴目線〉
奈々世が連れ去られて、一番に奈々世が連れ去られた方向へ走って行ったのは、美愛だった。飛び出した美愛に着いていく郁。その後に、杏花と渉が続いた。千鶴も急いで走って行こうとしたが、目の前で涼が座り込んだので、思わず歩みを止める。
和泉が、座り込んだ涼の隣にしゃがむ。
「涼さん、あやかし相手に力を使ったんだろ?奈々世さんを助けることはできなかったけど、ちゃんと力を使えたんだ。へこむことないよ」
「……褒められるようなことじゃない……」
涼の顔は白く、目の焦点もはっきりしていなさそうに見える。
「涼さん、誰かを守るために力を使うことは立派なことだよ」
涼は、目を大きく見開いて、その目に水分が増えて、顔が歪んでいく。そして、憤るような、悲しんでいるような表情で、途切れ途切れに言葉を吐く。
「立派なことなんかじゃない……!!」
涼は、頼りなくよろよろと立ち上がると、急いで走って行ってしまった。走って行った方向は、奈々世が連れ去られた方向とは、ずれていた。
「ちょっ、涼さん!はぁ……」
「いずみんが悪いわけじゃないよ。おりょうといずみんの考え方は違うんだし」
「どうやったら、僕の言うことを分かってくれるんだ……」
「気長に根気強くやっていくしかないですなー」
(他人の考えを変えるのって難しいと思うけどなー。まぁ、でも、いずみんがそうしたいならそうすればいいし)
「そうだよな。……それより、涼さんを追いかけないと」
「今は放っておいてあげた方がいいと思うなー」
(いずみんが行っても、おりょうはさっきみたいに激情を抱くだけで、お互いにとってメリットがない。関係が悪化するだけだと思う)
千鶴の助言に、和泉は首を振る。
「そうかもしれないけど、僕は涼さんを放っておけない」
「どうして?」
「涼さんにはまいってるけど、だからといって見放して一人にするのは違うと思うんだ。いつも上手くいかないから、この前は奈々世さんにお願いしちゃったけど、今回はちゃんと僕が行くよ。神経を逆撫でするとしても、こんな状況で一人にしない方がいいと思う。それに、僕は、涼さんの相方だから」
和泉は真剣に答えた。その後「それじゃあ、僕行くから」と言って、走り出そうとする。
「いずみん、ちょって待って。そっち、おりょうが行った方向じゃないよ」
「え!?」
「おりょうが走って行ったのはこっち」
「ありがとう。……あの、悪いんだけど、ついてきてくれない?」
(本当は奈々世の方に行きたいけど、いずみん、方向音痴だからなー。攻撃担当じゃないいずみんがこのまま森の中で一人になったら、かなーりまずい気がする。……なかみあたちが行ってくれたし、うん、いっか)
「いーよ」
千鶴は、両手をサムズアップにして肯定の意を表す。
「ありがとう……!」
◇◇◇◇◇
〈涼目線〉
「はぁはぁ……」
涼は、乱れる呼吸に知らんぷりをして、どこに行くのかも分からないまま、ひたすら走る。
(分からない……)
「っ、はぁっはぁ……」
(分からない、分からない、分からない……!!!!!)
(すーは、傷つくのが嫌い。傷つけるのも嫌い。人も、あやかしも、傷つけたくない)
『涼さん、ヨウキョウビトとして祓う任務ができなくては困るのよ。嫌でも頑張ってください』
『小野寺の人の困ってる者は見捨てない精神は美徳ですけど、そんな甘い考え突き通してたら早死にしますよ〜』
『涼さん、あやかし相手に力を使ったんだろ?奈々世さんを助けることはできなかったけど、ちゃんと力を使えたんだ。へこむことないよ』
(なのにどうして、心や身体をはさみで傷つけるようなことをみんなは勧めて褒めるの?)
『まぁいい。こんだけイキのいいのがいりゃあ、さぞ力を得られるだろう。ひゃっひゃっひゃっ』
(すーは傷つけたくないのに、どうして望んで傷つけるものがいるの?)
『涼さん、誰かを守るために力を使うことは立派なことだよ』
(あのとき、つれていかれちゃったらだめだ、助けなきゃって思って、つい幻を見せようとした。でも……)
(……分からない。考えたくない。知りたくない。だって、そんなの)
「やめて"え"え"ぇ"ぇ"」
誰かの呻き声が聞こえて、涼は足を止めた。そして、目に入った光景に思わず息を飲んだ。
「っ……!!」
(すーは分かりたくない。のに……)
「ああ"?人間じゃねぇか。けっけっけっ、なんでこんなところに人間がいるんだぁ?」
いやしく嗤うあやかしと、そのあやかしに喰べられているあやかしに、涼の喉がきゅっとする。
「いつも待ってくれない……」
(だから現実って嫌い)




