二十五
あの後、和泉以外の全員で岡先生にお願いに行ったところ、そのあやかしを貸してもらえることになった。あやかしは、学校の近くにある寮に暮らしている美愛、渉、杏花が、朝学校で岡先生に借りて連れてくるということになった。
ちなみに、岡家の能力は、岡家が契約しているあやかしよりも、力の弱いあやかしを使役できるという能力らしい。借りることになったあやかしも、岡先生が使役しているとのことらしい。
今日は、そのあやかしの力を借りて、結界を見つけることから始まった。
そのあやかしは小さく、所謂うさぎに見立ててカットされたりんごのような姿をしている。林へ着いて杏花がその子を下へ下ろすなり、とんでもないスピードで走って行ってしまった。それに追いつこうと必死でみんなで走り、やっとそのあやかしが止まっている地点に着いた。
「もしかしてここ?涼さん、なんて言ってる?」
涼は、あやかしの話を聞いているのか、それとも答えたくないのかじっと黙ったままだったが、やがて口を開いた。
「……ここだって言ってる」
「場所はここってことで、後はどう入るかだねー」
渉はにこやかに、あやかしのいる辺りを見つめる。
杏花が前に出て、一番にあやかしのそばに近づいた。そして、何やら和紙のようなものを数枚取り出して、ゆっくり前へ差し出す。しばし沈黙して、みんなは杏花の突飛な行動を見守る。しかし、痺れを切らしたのか、美愛が口を開く。
「……杏花、何してるの?」
「あやかしの気配になら反応してくれるかもしれないと思って、家に送れていない分を持ってきたんですが……効果はないようですね」
杏花がそう言い終えた瞬間、ビュウッと強い風が吹き、急に林の中に白い霧が立ち込めた。
「……結界の中に入ったみたい」
白い霧が立ち込めた瞬間、すぐさまあやかしに近づいて、涼はそう言った。あやかしを手で包んだ涼は、あやかしを自分の肩に乗せた。
「人が迷い込んでも違和感を持たないように、林を再現してる空間なのかなー。霧があるってことだけが違うけど」
千鶴が推測を並べ始めると、
「なんだなんだあ、上等なあやかしのにおいがしたから結界に招いたのに、なんで人間がいるんだ」
と、ぎょろりとして突き出た目が正面に一つだけついているあやかしが、霧の向こうから出てきた。二本足で立っているが、イノシシと同じような見た目をしている。
(あれ、なんであやかしの声が聞こえるんだ?)
「まぁいい。こんだけイキのいいのがいりゃあ、さぞ力を得られるだろう。ひゃっひゃっひゃっ」
「なかみあ」
「分かってるわ……!」
千鶴と美愛が真っ先に飛び出して行き、美愛が、わずかに千鶴より早くイノシシのような見た目をしたあやかしの前へ着く。美愛は、右手であやかしを殴ろうとするが、美愛の右手はイノシシのような見た目をしたあやかしに捕えられる。美愛の顔は、真っ青だった。人のことを喰べるあやかし相手だ。そうなるのも無理はなかった。
「なんだ、ヨウキョウビトか。でも、非力だなァ」
美愛は、イノシシのような見た目をしたあやかしのもう片っぽの手で殴られそうになったが、その手を千鶴が掴む。
「わたしがいることも、忘れないでねー」
千鶴が掴んだ手には火がつき、徐々にその炎がじわじわと広がっていく。それを見て、千鶴は自分に対して「ナイス」と呟く。あやかしは目を更にぎょろっとさせて驚いたが、とてつもない勢いで手を振り、炎を消し去ってしまった。
「あれ?普通はそのまま燃えてくれるのになー。厄介ですなー」
「ひゃっひゃっ、頭が回らん他と一緒にするな」
「最初から手の内晒すべきじゃなかったかな」
千鶴は、客観的に状況を見ている人のように、淡々とそう言う。青白い顔で浅い呼吸をする美愛とは打って変わって、落ち着いていて平静だ。
その後も、千鶴と美愛は殴るが、イノシシのような見た目をしたあやかしのいなしも上手く、体力の削り合いのようになっている。数分経ったくらいだろうか、千鶴が先ほど火をつけた手と違う方の手にも着火する。その瞬間、上から突然、渉が飛び降りてきて、イノシシのような見た目をしたあやかしを頭を、着地して胴体を蹴った。すると、頭と胴体が一気に消えてしまった。
「……まだ手足はかろうじて残ってるみたいだね。杏花ちゃん、紙持ってきてる?」
「はい。いきます!」
杏花は、懐から先ほど出していた紙を取り出し、その紙と地面に転がったイノシシのような見た目をしたあやかしの手足を見つめる。その眼差しは、とても真剣で、目が離せないほど凛然としていた。少しすると、あやかしはいつものように消えた。そして、杏花の目からも強さがひき、杏花は、引き締めた気持ちを緩めるように、「ふぅ……」と息を出した。
「お見事」
渉は、にこりと杏花に笑いかける。杏花は懐に紙をしまって、渉に微笑み返した。
「思ったよりすぐ片付いたな」
「だねー。でも、二組だったらちょっと厳しかったかもねー」
実際に攻撃してそう感じたのか、渉はそう言う。なんとなく張り詰めていた空気がだらけてきて、奈々世も気が抜けてしまった。その瞬間、不意に背後から体を拘束される。動けないし、何が起きているのか分からず、焦り、動揺、恐怖が襲ってくる。みんなが急に血相を変えてこちらを見て、近づきにくる。
急に背後にいる者の力が弱まり、その瞬間に拘束から抜け出そうとするが、また強く引き寄せられてしまう。
奈々世の背後から低い声が聞こえた。
「幻影使いの末裔か……だが、御前は弱いな。それでは、こちらにはまともに効かないぞ」
幻影使いと言ったことから察するに、おそらくその言葉は涼に向けられたものだった。涼は俯いていて、何を考えているのか分からない。涼が幻を見せて、奈々世を助けようとしてくれたのかもしれないが、奈々世にはそんなことを考えられる余裕はなかった。ただみんなが必死にこちらへ向かってくるのをスローモーションで眺めながら、ものすごいスピードで後ろへ引っ張られ、すぐにみんなのことが見えなくなった。




