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二十四

 午前中は学校、午後は佐々芽と稽古の日を繰り返し、ついに水鳥宮祭りの五日前になった。

 流石に休みが重なり続けているので、薺と話し合って、休養するという意味も兼ね、五日前から三日前にかけては、練習を休むということになった。さくらが健康であると疑われないための策でもあった。

 学校に通い始めておそらく暦の上では二週間ほど経ち、奈々世は学校にもすっかり慣れていた。しかし、二週間ほど経ったといっても、こちらの時間の流れは向こうとは違った感覚がするので、奈々世的には数ヶ月過ごしたような気持ちだった。慣れるのも当然だった。とはいっても、任務はあれ以来ないので、任務には慣れたとは言えなかった。そんな中、水鳥宮祭り五日目の今日、奈々世がちょうど学校に一日いる時に、任務が入った。


「今日は、全員で任務に行ってもらいます」


「また!?」


 退屈そうに頬杖をしていた美愛は、驚いて手から顔を離す。


「かなめさんたちが任務に行っている間に、あまり授業を進めるわけにもいきません。それだけではなくて、あなたたちも任務をこなさないと、実力に差が出過ぎて良くないわ。だから全員なのよ」


「もうかなり差は開いてるけどねー」


「渉君、不謹慎ですよ」


「そうよそうよ!」


「渉さんの言う通りです。このままでは、美愛さんと郁さん、涼さんと和泉さんは、茜さんたちとの成績の差が大きいです。任務にはその自覚を持って、取り組んでください」


(美愛はトラウマであやかし苦手だし、涼は祓いたくなくて、成績低いのかな)


「今回は、封印されたあやかしが復活したいみたいだから、祓ってくるのをお願いします」


 千鶴にまたこそこそと、「昔の人は、攻撃して弱って動かなくなったらそれであやかしが死んだと思ってたの。でも、本当は弱らせて"祓わない"と、存在が消滅しないんだよね。祓わないと死なないから、攻撃して倒しただけなら復活できるの。だから、昔の人がボコボコにして、弱ってて動けない状態を封印って呼んでて、その弱った状態から回復したのを、復活って言うの」と囁かれた。「でも、郁は封印してたよね?」と言うと、「同じ言い方するから紛らわしいよね。でも、倒してそのまま放置するのと、郁みたいに封印するのだとまたちょっと復活の仕方に違いがあるんだ。あと、郁みたいに封印する能力持ってる人は、封印したものを契約してるあやかしが食べれば、そのあやかしに食べられるってことだから、復活することはできなくなる。だから、祓ったことになるんだよね」と言われる。


「最近というと……もしかして林で起こっている神隠しでしょうか?」


「ええ、杏花さん、その通りよ。最近、林で人、特に子どもが行方不明になると噂になっているけれど、おそらくそのあやかしの仕業よ」


「それは早く解決しないといけませんね」


 杏花の整った清楚な顔は、気を引き締めたような表情に変わった。


「知っているでしょうけれど、商店街を突っ切って、更に進むと林があります。そこの林で起こっているから、お願いね。過去の資料を見る限り、あなたたち四組なら問題ないと思いますが、復活した時に前より強くなっていたという事例もあります。万が一のことがあったら直ちに撤退をしてください。あなたたちは、"契約"を結んでいるとはいえ、まだ見習いです。命を懸けるような無茶は決してしないでください」


 いつもは揃わない「はい」という返事が珍しくきちんと揃って、岡先生に返された。岡先生は「よろしくね」と告げて、教室を出て行った。

 岡先生が出ていくと、各々立ち上がって、駄弁りながら教室を出ていく。奈々世もみんなと一緒に教室を出、校舎を出て、林へ向かった。

 林へ着き、みんなで念入りにあやかしを探すが、どこにも見当たらなかった。探しているうちにお昼になってしまったので、昼食を取るためにも、一旦休憩することにした。

 服が汚れてしまうのが嫌だったので、ハンカチを敷いていると、美愛に


「都会育ちなの?」


 と、なぜか聞かれる。


「あー、どっちかって言えば、都会の方かも」


「やっぱりね。都会育ちって服汚れるの嫌がるわよね」


「それ、都会育ちかどうか関係ある?」


「わたしの中では、都会育ちがやることなの」


「ふーん?」

 

 美愛はこの流れに合わせて、そのまま奈々世の隣に座った。美愛の隣には杏花が座る。奈々世のもう一方の隣は千鶴だったが、奈々世とは少し距離があるところに座っていた。

 各々食べ始めたので、奈々世も薺が作ったお弁当を食べる。

 食べ始めると同時に、美愛は愚痴っぽく話し始めた。


「なんでいないわけ?普通そこら辺にいるものじゃないの?」


 美愛が食べ物をのっくんで、杏花に尋ねている。


「そうですね……人が神隠しにあっているということを考えると、結界を張っているのかもしれませんね」


 口元に手を翳しながら喋っている杏花と目が合うと、にこりと笑いかけられる。


「結界というのは、とても強いあやかしが作り出すことのできる固有の空間のことです」


 結界の意味が分からないであろう奈々世を気遣ったのか、説明をしてくれた。奈々世は会話に混ざっているつもりはなかったのだが、杏花は会話に入っていると認識していたようだ。


「結界は、現実世界と繋がってはいるものの、切り離されてもいる空間なので、奈々世さんがこちらに来た原因もそういうところから、特定できるんじゃあないでしょうか」


「さすが杏花ね。確かにそういう線もあり得そうよね」


「そうなんだ。それにしても、杏花はいつも色んなことに詳しいよね」


 この話題が続き、どういう流れで来たのかなどと聞かれるとまずいと思い、軽く受け流して、自然に話題を変える。


「そうよね!」


 美愛が誇らしげに、前のめりになる。


「なんでそんな美愛が自慢そうなの……?」


「わたしは、あやかしのこととかヨウキョウビトのこととか、高校に入る前まで全然知らなかったの。でも、杏花に色々教えてもらって、いつも助けられてるのよ。杏花はすごいんだから!」


「なるほど……勉強熱心なんだ」


「いいえ、小さい頃から勉強してきたので、詳しいだけです。私は、楠戸家の者として立派なヨウキョウビトになるには、まだまだです」


 杏花は、謙虚な姿勢を見せ、朗らかに微笑んだ。


「ヨウキョウビトの家系は、普通は、杏花みたいに小さい頃からヨウキョウビトになるための知識や訓練をお家の方が授けるんですって。でも、うちの親は、そんなこと一切教えなかったのよ」


 美愛は、今にも「信じられる?」とでも言い出しそうな表情をする。


「美愛にあんなことがあったから、そういうの控えてたんじゃないの?」


 杏花の隣に座っていた渉から、横槍が入る。


「あり得なくはないけど、あのちゃらんぽらんな人たちから、そういうまともな理由が出てきたことはないの、一切ね!」


「チャランポラン?」


「美愛のお父さんとお母さん、めちゃくちゃ面白いよー。美愛の言葉遣いも、二人の教育だしね」


「確かにお嬢様みたいな喋り方してるよね」


「言っておくけど、断じてお嬢様なんかじゃないから!」


「言わなくてもお嬢様って感じしないよ?」


「わ、た、るー!あんたねぇ」


(すぐ喧嘩始まるな。でも、)



『河上はさ、空気読めないよねー』



『河上って、話しててもつまんなくね?』



(陰でこそこそしてるよりは、よっぽどいい)


「お二人とも、ご飯を食べ終えてからにしてください」


「分かったわ」


「杏花ちゃんの言うことだけは素直に聞くね」


 美愛は、喧嘩を一時中断しろと言われた矢先だったからか、言い返すことはなかったが、渉にべっと舌を出した。美愛がそんなことをしても、相変わらず渉が微笑を崩すことはなかった。

 昼食を食べ終えて、またあやかしの捜索を再開したが、一向に見つからなかった。二組ずつに分かれて手分けして探すなどもしてみたが、成果は上がらなかったので、またみんなで集まる。


「見つかった?」


「いいえ、そちらはどうでしたか?」


「こっちも」


 和泉が首を振る。


「神隠しにあった時の状況を聞いてみたいですが、まだ戻ってこられた人がいないんですよね……新聞を読む限り、行方不明になる時間帯や年齢、天気もばらばらでしたし……」


「闇雲に探しても埒があかないけど、聞いて回っても収穫なさそうならこのまま探してた方がいいかもね」


 ただ歩き回って体力を削っているだけで、あやかしは見つけられず、手がかりもないので、ほとほと参っている状況だ。みんなの表情も、いつもより明るさがない。


「……あ!」


 深刻な空気感の中、千鶴は大きな声を上げる。


「そうだよ、そうすればよかったんだよね!!」


「何か思いついた?」


 千鶴の隣にいた和泉が、千鶴の大きな独り言に疑問を投げる。


「岡先生に、結界を見つけられるあやかしを借りるの!」


「そうですね!」


 杏花が盲点だったと言わんばかりに目を丸くし、口の前に手を添えて、相槌を打つ。


「岡先生が使役しているあやかしの中に、そういった能力を持つあやかしがいると聞いたことがあります。岡先生に助力をお願いすることは、可能なんじゃあないでしょうか」


 「じゃあ、学校に戻って、」と渉が提案し始めたところで、和泉が「ごめん!」と話を遮る。


「今日は、これからバイトに行かなくちゃいけないんだ」


「この時間は、もう放課後だもんね」


「行っていいよ、いずみん。任務は全員で行かないといけないから、明日借りたいってお願いしておく」


「ありがとう!本当にごめんな。あとよろしく」


 そう告げると、和泉は凄い勢いで走って行ってしまった。


「……バイト?」


 ワンテンポどころか、かなり遅れて、涼がバイトという言葉に反応した。


「まさか和泉がバイトしてるの知らないの!?」


 涼は、不思議そうにゆっくり瞬きをする。


「バイトって、校則違反じゃないの?」


「あんたがそれを言う……?」


 美愛は呆れたような様子で、両目を細くする。


「和泉くんは、特別に許可をもらってバイトしてるんだよ」


「なんで?」


 何も知らない涼の様子に、美愛は唖然とした後、


「佐草家は、もう和泉の家庭だけなの。でも、和泉のお父様は亡くなっていて、お母様は病気。だから、和泉はバイトをして、家族の生活を支えてるの!」


 と少し怒ったように言う。


「相方なんだから、和泉のこと、少しくらいは見てあげなさいよ」


 今度は急に大人しくなって、涼に、平静に言葉を向ける。


「美愛に言えたことじゃないけどねー」


「うるさい!」


「……なかみあの言う通りだよ。おりょうは、もっと周りに目を向けた方がいいと思う」


 涼は、視線を落とし、その後そっぽを向いて歩き出してしまった。といっても、学校の方へ向かってはいるようだった。

 美愛が一番に涼の後に続いて、杏花、渉、そしてのろのろと郁が歩き出した。奈々世も続いて歩き出そうとすると、千鶴が話しかけてきた。


「失敗しちゃったかなー。どう思う?」


 言葉に似合わず、千鶴はあっけらかんとしている。


「どう思うって言われても……」


「残念。おりょうを説得した人の意見、聞きたかったんだけどなー。まーでも、分かるけどね」


「分かるって何が?」


「人の意見受け入れたくないって気持ち。おりょう見てると、昔のわたし思い出すんだよね」


 千鶴を黙って見ていると、千鶴と目が合い、


「家族だから特別に教えてあげようー」


 と得意げに言われる。


「わたしは我が強くて、他人(ひと)と衝突してばっかりで、喧嘩も絶えなかったんだよね。学校に保護者を呼び出されることも結構あったの。その度に謝らされて、わたしは悪くないって思ってたし、帰るとおじいちゃんにこっぴどく怒られるんだけど、なんで他人を思いやらなきゃいけないのって思ってた」


「千鶴が?」


「実はそうだったんですなー。そういうところが消えたわけじゃないけど、今は、他人を想うことは大事だって思ってるよ。それは、おじいちゃんに何度も説かれて、成長していく中でそう思うようになったんだよね。だから、おりょうを見てると、内にあるものと外から言われたり求められたりするものが違くて、何がいいのか、何が正しいのかが分からなかった自分を思い出すんだよねー。まぁ、おりょうとわたしは別だけど、人と関わる中で考えを深めていけると思うから、おりょうもそうできたらいいと思ったんだけどなー」


 千鶴は、なんてことないテンションで話し続けた後、間を置く。


「いつも他人(ひと)のことは、口出さないんだけど……昔のこと思い出したからかな、おじいちゃんみたいなことしちゃったんだよね」


 千鶴は、表情こそ機能しないが、初めて淋しそうな瞳を覗かせた。奈々世は思わず面を食らってしまい、どうしていいのか分からなくなったが、千鶴はまたすぐいつも通りに戻る。


「奈々世に、またお節介って言われちゃうね」


「お節介なんて言ってない」


 奈々世は、千鶴の軽口に、少し笑いながらそう返す。千鶴の喋り方や表情的に、そこまで重く受け止めて欲しがっていないことを感じたので、空気を暗くしないよう振る舞う。


「ま、奈々世にはお節介するけどね。お姉ちゃんだから」

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