十九
任務を無事に終え、片付けも手伝い、千鶴と帰宅した奈々世は、昨日と同様に疲れたので早く休みたかったが、それを忘れてしまうくらいの衝撃が今走っている。
「奈々世、いや、奈々世さん。この通りです。どうかさくら様の代わりを務めていただけないでしょうか?」
帰宅早々、薺が土下座をしながら、こんな願い事を奈々世にしたからある。奈々世は、初めて見る土下座に、というより薺の土下座に、少々ひきながら、
「やってもいいって前言わなかったっけ?」
と言う。
「それはそうなのだが……」
薺は顔を上げたが、その顔はとても困ったような様相をしている。
「なにかあったの?」
「ああ。水鳥宮祭りだ」
「あーー」と千鶴は納得したように呟く。
「水鳥宮祭り?」
「水鳥宮神社というこの世界の中でもとても大きな神社がある。そこで、毎年この時期に行われるのが水鳥宮祭りだ」
「超人気なビッグイベント!」
「水鳥宮祭りでは、恒例の舞が目玉の催しなのだが、舞の踊り手は、ツカサビトが現れた当初から舞踊家ではなく、ツカサビトを起用するようになった。そして、起用されるツカサビトは、毎年、さくら様と加藤様という方だ」
「つまり、その舞をやれってこと?」
「結論は、そういうことだ。すまない。私は神社の運営をやっている家系で、水鳥宮神社は、うちの神社と縁が深い。そのようなことから生じた様々な事情で、私が断りきれなかったせいだ」
「大丈夫。踊るの楽しいし。それに、やってもいいって言ってたんだし、薺さんが気にすることないよ」
千鶴が「そーそー」と数回頷くと、薺は「貴様は黙っていろ」とでも言わんばかりに、キッと千鶴を睨みつけた。
「えっと、さくらさんを病気療養中で通すのが難しくなってきたって言ってたよね?もしかして水鳥宮祭りのことで?」
「いや、それは関係が無い」
「なんというか、"病気でも人の願いを叶えることくらいできるだろ!"、"こっちにも事情があるから早くしてくれ!"みたいな人たちがいて、ま、民衆の不満が高まってるわけですなー。そのせいで、なずなんは毎日クレーム対応してるし、なずなん家にもツカサビト全体にもそういう苦情が入ってる。あと、ツカサビトの関係者の中に、なずなんだけがさくらんに面会できるっていう状況に不信感を抱いている人が結構いるんだよねー。この二つから、そろそろボロ出そうでやばいなーみたいな」
「ああ。私の周りを嗅ぎ回っている者も多いからな」
薺はそう言った後、一呼吸置き、姿勢を正して、真剣な顔つきで奈々世に向き合った。
「奈々世、貴方は異郷の人だ。それに、偽物だと露呈した場合の貴方への被害は、想像を絶するものだろう。それを理解しているからこそ、さくら様の補佐として、この世界での奈々世の保護者として、そして一人の人間として、改めてお願いしたい。何かあった場合には、私が全て責任を取り、必ず貴方を守る」
薺は、とても丹念に頭を下げた。何も考えず、流されるまま了承してきた自分が、なんだかすごく恥ずかしいもののように思えた。しかし、薺がこんなにも真剣に頭を下げているのに、やっぱりやらないと言う方が恥ずかしいように思った。薺が自分のことに責任を持ってくれると言ったし、その言葉に疑いもなかったので、断ろうと言う気になったわけではなかったが。
「うん、ありがとう。さくらさんの代わりやるよ」
(この世界での恩が薺さんには色々あるから、力になれることはしたいし。)
「奈々世、本当に有難う」
薺は、まるで自分を救ってもらったかのように、震える声で、もう一度恭しく頭を下げた。
「ツカサビトとしての依頼は、お体が芳しく無い状態で水鳥宮祭りの準備をしているという体で断りを入れることができる。一旦水鳥宮祭りの舞を行い、その後のことはまた私の方で考える。奈々世は、さくら様として舞を踊ることに集中してくれ」
「分かった」
「決まったなら、奈々世、さくらんになるための特訓だよ。わたしが教えるから」
「そうだな。私も助力する。今日は徹夜で頼む」
「徹夜!?」
今日は早く休もうと思っていたのに、徹夜という休息とはかけ離れた単語が出てきて、奈々世は思わず声を張り上げる。
「明日さっそく水鳥宮神社へ行って、舞の稽古を受けてもらう」
「え、明日じゃないと駄目なの?」
「ああ。奈々世には申し訳ないが、先方にそう話をまとめられてしまってな。稽古をつけてくださる方の予定もあるからな」
「連絡して別の日に変えるとかは……」
奈々世は、基本的に言われたことには従う。しかし、昨日の疲れもまだ十分取れていなかったし、今日も活発に活動して疲れていたので、どうしても今日は休みたかった。
「あー、それできないんだよね。この世界、連絡手段が手紙か公衆電話しかないの。中には固定電話置いてるところもあるけど、置いてるのは病院とかヨウキョウビトの本部とか、緊急の事態に対処する必要があるところくらいだから、神社には置いてないよ。電話は高級品だし」
(もう仕方ないか……)
「分かった。さくらさんを演じる指導?受けるよ」
(さくらさんじゃないってバレても困るしな……)
そうして奈々世は一晩にわたって、さくらの話し方や素振り、返答パターンや本人に関する情報を叩き込んだ。




