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十八

 次の日、筋肉痛が多少あり、疲れもやや残っていたものの、今日も一日活動できそうなくらいには、体の調子や元気は戻った。今日は、ちゃんと千鶴と一緒に登校をする。とはいっても、学校には来なくて良いということになっているので、昨日と同じ任務地に行く。

 任務地に着くと、和泉と郁以外みんな来ていて、涼を中心に何やらあやかしと話している。そこへ千鶴が近づいていくので、奈々世も後をなんとなく着いていこうとしたが、足音がしたので条件反射で振り返る。足音の正体は、自分たちより一足遅くやってきた和泉のものだった。和泉の手の甲に赤い線のようなもの、おそらく血が見えたので、奈々世は千鶴が行った方向とは反対に和泉に近づく。すると、涼を視界に入れた和泉が


「良かった。昨日めちゃくちゃ叱ったから来ないかもと思ったけど、今日も来たんだな……」


 と、涼を見つめて独り言を呟く。補講を受けに学校へ戻る際、涼を叱ったのだろうか。奈々世は、和泉の呟きをたまたま聞いてしまったが、わざわざ根掘り葉掘り聞く気もないので、和泉が何も言わない限りは聞かなかったことにしておくことにした。


「あ、奈々世さん。おはよう」


「おはよう。あの、血出てるけど」


「血?」


「右手」


 奈々世に指摘されて、自分の右手を見た和泉は、「ああ、あかぎれから出血したのか」と呟く。


「気がつかなかった。いつもこんな感じだから、気にしなくて大丈夫」


 和泉は淡々とそう言い、血を拭うこともなく、右手を下ろした。


「あ、そうだ、昨日はありがとう。涼さん連れ戻してくれたって聞いたよ」


「うん、大丈夫」


「……あのさ、どうやって連れ戻したのか教えてくれない?」


「え」


「今後のためにも参考にさせてほしいんだ!実のところ、僕と涼さん上手くいってないからさ」


「えっと、いいけど、自分でもどうして涼が戻ってくれる気になったのか分かってなくて」


「最初から最後まで教えてほしい。頼む!」


 和泉に必死に頼み込まれたので、「分かった」と奈々世は頷いた。人のことをべらべらと喋っていいのかと一瞬悩んだが、相方ならいいかと思い、昨日のことを和泉に説明した。


「なるほど……うーん」


 話を聞き終えた和泉は、こめかみに拳を当てて、眉を寄せた。


「何か分かった?」


「あ、分かったというか、分かってたというか。涼さんと上手くやるには、涼さんを否定しないことが大事っていうのは分かってるんだ。でも、僕は涼さんを否定する。相方だから、ヨウキョウビトとして正しい方に持っていかないと。それに、涼さんは、人としても問題があるし。素行不良と気難しいところは矯正しないと」


 息をするようにすらすらと出てくる和泉の言葉に、奈々世は衝撃を受けた。奈々世は、他人に干渉することも、他人を動かしたり自分の思う方向へ持っていったりすることも好まないので、表や態度にはわざわざ出さないが、和泉の考えにとても驚いた。


「何より、ヨウキョウビトとして祓う任務ができない、つまり稼げないのは僕としてはすごく困るんだ。祓ってくれれば助かるのに……あ、ごめん。愚痴聞いてもらっちゃったな」


「大丈夫」


 気にしていないことを伝えるために、奈々世はそう言って頷く。


「とりあえず聞かせてくれてありがとう」


(相方っていっても、考え方が違ったり合わなかったりすることもあるんだな。ま、当たり前か)


 そんなことを考えているうちに、和泉がみんなの輪の方へ向かったので、奈々世も後を追う。

 みんなは、この山のあやかしを統べているあやかしの到着予定時間などについて話していたらしく、その話ももう終わったので、また昨日と同じように三つのグループに分かれて、作業の続きを進めることとなった。

 奈々世は、また美愛と渉とあやかしたちと会場づくりを進め、あっという間にあやかしを迎える時間となった。

 奈々世たちは、葉っぱが敷き詰められた籠を手渡され、会場の入り口に並んで、あやかしに向かってそれを撒くように千鶴に指示された。そこで籠を持って待っていると、中型犬くらいの大きさの茶色で細長いものが、芋虫のような動きをしてこちらの方へやってくるのが見えた。おそらく、あれがこの山のあやかしを統べているあやかしだろう。自分たちの近くまでやってきたところで、葉っぱを歓迎するための花吹雪のように投げる。遠くで見ると茶色にしか見えなかったが、近くでよくよく見るとその体は、枯れ草や落ち葉、木の樹脂や小枝などでできている。ミノムシが大きく細長くなったような見た目だ。そんなあやかしに、一人だけ葉を投げていない涼は、能力を使って幻を見せる。その間に、奈々世たちは会場へ入り、丸太に座った。涼が見せている幻がどんなものかは知らないが、千鶴曰く、そのあやかしが好きそうな光景を聞いてまわり、そこから考えたものらしい。

 幻覚を一通り楽しんだあやかしは、涼に連れられて会場に入り、舞台に一番近い真ん中の席に通された。すると、千鶴たちが考えた企画がスタートする。奈々世はその内容を知らなかったが、クイズや劇などを様々なことをあやかしたちが行った。最初は、涼は何を言っているのかみんなに訳してくれていたが、途中で疲れたと言ってやめてしまって、和泉に注意されていた。そういうわけで、あやかしたちが行っていることをよく把握することはできなかったが、それでもあやかしたちが和気あいあいとして楽しそうなことは奈々世にもよく分かった。

 そうして企画が一通り終わると、杏花たちが協力していた食事が出された。舞台の上に、たくさんの料理が並べられ、帰ってきたあやかしが先に好きな分を取った後、他の者たちも料理を取っていく。


「奈々世、食べていいって。取りに行こうー。れっつごー」


「え、あやかしと同じものって食べられるの?」


「あやかしが食べる食べ物は人間と同じのだから、大丈夫。あやかしは、人間とかあっちの世界の生き物とは生物として全く違うから、基本食事をしないし、しなくても生きれるんだけど、今は人間の食べ物を楽しみとして食べることもあるの。この辺は、ヨウキョウビトの歴史についての教科でもまだ出てくると思うから、勉強すればいいよ」


「そうなんだ。じゃあ、有難くいただこうかな」


「いただけー」


「なんで千鶴が偉そうなの」


 奈々世は、思わず笑いをこぼしながら、千鶴の後を追う。

 千鶴は、舞台に上がると、舞台のところにいたあやかしから、木でできた食器をもらっていたので、真似して同じようにした。そして、気になったものをそこへ盛っていく。すると、


「それ、おすすめです」


 と杏花がそそーっと隣へやってきて、水饅頭の近くに片手を出した。「そっか。じゃあ、もらう」と言って、奈々世は水饅頭を皿に乗せた。水饅頭はデザートのような気がするが、料理を手伝うグループだった杏花のおすすめは食べてみたいと思ったので、なくならないうちに先に取ることにした。それを見て、杏花は、どこか誇らしげににこりとした。


「それも美味いぞ」


 と今度は後ろから和泉に声をかけられる。続けて和泉は「その煮物」と言う。奈々世は自分の近くにある煮物を指し、「これ?」と聞く。


「うん、それ」


「じゃあこれももらう」


 奈々世が和泉から勧められたものも手に取ったのを見た杏花は、


「全部おすすめです」


 といたずらっぽく笑った。


「さすがにこの量全部は無理」


 「ふふっ」と杏花は楽しげに、上品な笑いをこぼして唇の前に手を添えた。すると、奈々世の向かい側から


「ちょ、涼!その量食べるの?」


 という美愛が驚いて出した大きな声が耳に入る。そちらの方を見ると、涼がその細い体に入るのか疑問なくらいの量の料理が皿にのせられていた。涼は、どうしてそんなことを聞くのか不思議そうにこてんと首を傾げた後、頷く。「そう」と困惑しながら返した美愛は、興味の対象を涼から郁に移した。


「あんた、それしか食べないの?もっと食べなさいよねー」


 郁はちらりと無表情で美愛を見て、そしてすぐに移動していった。郁は、そこで渉とすれ違い、


「そんな少ない量でいいのー?」


 と煽られたが、不快そうに渉を一瞥して、また歩き出した。

 思わず向かい側で繰り広げられるやり取りをぼーっと眺めてしまった奈々世だが、また料理の選択に戻る。そして、一通り食べてみたいものを取り、お腹が満たされそうなくらいな量になって、元々自分が座っていた場所へ戻った。そこに戻ると、隣に座っていた千鶴も戻っており、先ほどと同じように千鶴の隣に座る。

 座ると、舞台の近くで、帰ってきたあやかしと、少しのあやかし、そして奈々世と千鶴以外のクラスメイトたちがそこで何やら話しているのが見えた。


「あれは?」


「なんか話しかけられたみたい。楽しそうだよね」


 千鶴は、食べ物を頬張りながら、何気なくそう言った。千鶴の言う通り、帰ってきたあやかしを中心に、何やらみんな愉快げで楽しそうにしている。その輪を遠くから眺めていると、奈々世はどこか切り離された世界にいるような、言い表し難い浮遊感を感じた。


「ここにいるんだよね、自分」


 夕飯を食べに一人でファミレスに行った時、周りの賑やかに食事をする家族を見て、目の前の料理の味がよく分からなくなることがあった。その時、仲睦まじい何気ない風景に、心がよじれるような酷い疎外感を感じていた。正体は分からないが、"何か"から自分が切り離されているような感覚がしていた。今感じているものは、それと似ている。賑やかなこの目の前の集まりに自分がいるのが信じられなかった。確かに違うのに、先ほども杏花たちが話しかけてくれて、目の前で美愛たちが会話をしていたこの輪の中にちゃんといるのに、自分は、外から見ている側なんじゃないかと感じる。


「一緒にいるよ」


 千鶴は、奈々世の手の甲に自分の手のひらを重ねた。いつもの表現の下手くそな顔だが、瞳はとても真剣だった。そして、"大丈夫"と諭すような微笑を浮かべて、そっと手を離した。そのことが誘因となって、食べ物がしょっぱい味になりそうだったが、なんとか堪えて、口に食べ物を入れ続けた。周りの賑やかに食事をする家族を見て、目の前の料理の味がよく分からなくなったように、今も料理の味がよく分からなかった。料理の味がよく分からなくなるのは、酷い疎外感を感じていた時と同じはずなのに、全く異なる感覚がした。無理矢理味の感じないものを飲み込んで、その正体を探ろうとしたが、結局分からないままだった。確かに分かっていたのは、自分が喜びが伴った痛みを感じていたということだけだった。

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