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十七

 涼と会場の入り口へ戻ると、千鶴と郁が待っていた。


「おりょう、入り口で使う幻覚はおりょうの好きにしていいって言ったけど、トラウマを彷彿させるのはやめた方がいいと思う」


 千鶴は、涼が突然場を離れたことを怒ることもなく、先ほどの幻覚について注意を入れた。


「その方がびっくりすると思った」


「別のにしよ。わたしも一緒に考えるから」


 涼は、肯定の意を表するために、ゆっくりと瞬きをする。


「企画について見てもらって、みんな持ち場に戻ったから、奈々世も戻って」


 千鶴に「分かった」と言い、その場を去ろうとすると、千鶴に去り際「ありがとう」と囁かれ、サムズアップを向けられた。「うん」と小さな声で頷いて、先ほどあやかしが木を切ってくれていたあたりに向かった。そこへ行くと、渉と美愛がちょうど木の切り倒しを待っているところだった。


「奈々世!涼どうだった?」


「大丈夫。戻ってくれたよ」


「落ち込んでなかった?」


「えっと、落ち込んでたのかな?」


「きっと落ち込んでたわよ!なにか言ってなかった?」


「あやかしが祓いたくないくらい大切って言ってたけど」


(あ、つい言っちゃったけど、これ言っていいやつだったのか?涼のこと勝手に、ていうか、美愛はあやかし苦手だし……)


「そう、やっぱりそうよね……ヨウキョウビトもツカサビトも、同じようにあやかしを祓うのに、ヨウキョウビトは意義があるみたいな言い方が癇に障ったのね」


 美愛は、顎に手を当てて、真剣に悩むような仕草をする。どうやら、美愛は涼があやかしをどう思っているか知っているようだ。


「そうは言っても、涼ちゃんはヨウキョウビトになりたいんだから、いいんじゃない?」


「なんであんたはそういう個人情報を握ってるのよ」


「情報屋さんだから」


 とにこやかにする渉に、美愛は「あり得ない」とでも言いたげな表情を浮かべる。


「涼ちゃんがもし、ヨウキョウビトにもなりたくなかったなら、ま、祓いたくないって時点でみたいなところもあるけど、一番苦しいことを一生やってくってことでしょ?そんなの、そのうち心が死ぬか、精神が壊れて根本的に死ぬか__救いが死の生き地獄になりかねないと思うな」


 いつもにこにこしている渉は相変わらず微笑みを崩すことはないが、目には陰りが生まれる。


「どう足掻いても、血に抗えない。選択権なんて与えてくれないんだから。みんなそうだったと丸め込んでね」


「それは……」


(人間というより、道具みたいな……いや、それはなんかよくないか。でも、自分とか個人じゃなくてこの家の人って扱われて、意思に関係なく道を決められるってことで……)


 何も言われず自由にさせられてきた奈々世の経験から想像することは、とても困難だったが、渉たちはもしかしたらヨウキョウビトという血が定めた職に苦しみを持っているのかもしれないということを感じた。渉たちは、自分がどんなに望まずとも、否応なくそれを強制させられる運命(さだめ)を持っているということだから。


「ごめん、変な話しちゃった」


 渉の瞳から陰りがひき、代わりに困ったような謝意が残った。


「渉の言うことなんか適当に流せばいいの。簡単じゃないけど、理不尽になんか屈服してやらないで進むから、大丈夫よ。わたしも、渉も」


 美愛は、トラウマが理由でヨウキョウビトになりたくなかったにも関わらず、ヨウキョウビトの学校へ進学して、ヨウキョウビトとして生きる前向きな意味を見つけ、トラウマを抱えながらも進んでいる。奈々世は、そんな美愛が言うから、言葉に説得力が感じられるような気がした。


「みんなが美愛みたいなら、世の中の理不尽は理不尽じゃなくなるだろうなー」


「どういう意味よ」


「褒めてる褒めてるー」


「褒めてるように聞こえないわよ!」


 美愛は、べーっと舌を出して、子どもっぽく渉に反抗する。そして、奈々世にまた向き直る。


「ヨウキョウビトは、なりたくてなってる人の方が多いんだから、渉の言ったことなんて本当に流していいのよ」


「そうなの?」


「多分そうよ」


「根拠はないの?」


「ないけど、そうでしょ!わたしは、最初、なりたくない人なんていなくて居心地悪かったのよ。おまけに全然祓えないし……とにかく、余計なことを気にしないで、奈々世はそのままでいてくれたらいいの。わたしたち、ヨウキョウビトっていうだけで、遠巻きにされることもあるから……奈々世が奈々世でいて、一緒に過ごしてくれることが一番うれしいわ」


 美愛の明朗な笑みを添えた一言に、奈々世は固まってしまった。そのままでいて、一緒にいてくれることがうれしいなんて、そんな当たり前の愛情が形を成したような言葉をもらったことなどなかったから。

 奈々世が固まったまま反応をしないので、美愛は顔を青くした。


「ごめん、わたしなにか変なことを言った……!?」


「ううん、違くて」


(優しいのに、痛い……)


「あ、喋るのもいいけど、切り終わったの運んでってさ」


「そうね、はーあ、やらないと。さ、奈々世も!」


「うん」


 そうして午後も作業をし、明日の午前中少し作業をすれば会場は完成するだろうというところまで進んだ。熊と鹿が合体した強いあやかしを初めとして今日一緒に作業したあやかしたちは、みんなお礼や明日のための激励などをかけてくれたらしい。渉と美愛が大体訳してくれたので、それを知ることができた。

 激励はもらったものの、体はかなり疲れていて、帰り道にはいつもと変わらず話すのが好きな千鶴の話にまともに付き合えず、生返事が多くなってしまった。家に帰ってもそんな調子だったので、薺には少し心配されたが、「休めば、多分大丈夫」と言い、早めに休ませてもらった。

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