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十六

 奈々世は正直気乗りはしなかったが、涼の行った方向へ走って行った。

 少し走っていくと、見晴らしのいい木陰に座っている涼の姿が目に入った。

 人の相談に乗ったり人を(なだ)めたりするのは得意じゃない自分に何ができるだろうか。分からないが、とりあえず涼の隣に座ってみることにした。涼は、隣に座った奈々世を横目で見やった。逃げ出すことはなかったが、口を開くこともなく、そこにしばらく沈黙が流れた。気まずさはあったが、そうはいっても、涼がなぜあの場から突然去ったのかは皆目見当もつかないし、するほどの世間話もないので、奈々世は口を開くことはなかった。


「……奈々世さんは、違う世界から来たんでしょ」


 しばしの沈黙の後、涼はそっと呟くように奈々世に話しかけた。気まずさに耐えかねただけなのか、何か意図があるのかは分からないが、大きな瞳がじっと逸らさず奈々世をとらえているのを見る限り、涼は気まずさを感じてはいなさそうだ。


「うん」


「あやかしのこと、どう思う?」


「まだよく分からない。人間に危険がある存在なんだってくらいで」


「危険じゃないよ……みんな優しい……」


 涼は、立てた膝に自分の顔をうずめる。顔は見えなかったが、涼の声色は弱々しく悲痛を訴えるような調子をしていた。


「優しいの?」


「……すーは、いつも人になじめなかったから……みんな、すーのこと、ばかにしたり遠まきにしたりしたけど、あやかしは、すーのともだちでいてくれた」


「涼にとって、あやかしは大切な存在なんだね」


 依然として顔は俯いているが、涼は深く頭を動かしてゆっくりと頷く。


「……祓いたくないくらい、大切」


 "祓う"と言うので普段はそんなに意識しないが、やっていることは、殺すと同義だ。涼にとっては、自分の友人の種族や仲間を殺している感覚なのかもしれない。確かに分かることは、涼は、傷つけたくないと望むくらいにあやかしが大切で、あやかしを想う心があるということだ。そんな涼にどんな言葉をかけたら、任務に戻ってくれるか奈々世には分からなかった。しかし、美愛たち全員と深く話せていないので、それぞれがあやかしをどう思っているかは分からないが、少なくとも現時点では、こんなにもあやかしのことを想っている人は涼が初めてだった。これは、あやかしの依頼で、長年この地を離れていたあやかしを迎える準備を手伝って欲しいという要望を叶える任務だ。それならば、あやかしのことを想っていて、どんなあやかしとも話せる涼は、この任務に必要なんじゃないかと奈々世は思った。奈々世は、両親に見向きしてもらえなかった過去から、人の気持ちを動かすことはできないと思っているが、とりあえず思ったことを言ってみることにした。ただここで涼と話していても、涼は戻ってくれないと思ったからだ。涼を戻すよう頼まれたのだから、何かはやってみようと自分の考えを口に出す。他人に自分の考えや思うことを向けるのはなぜか久々なような気がして、少し緊張する。


「…… あやかしの頼みを叶える任務なんだよね。それなら、あやかしのこと考えられる涼が要るよ、きっと」


 奈々世は平静を装って言葉をかけたが、涼はまた黙ってしまい、会話のキャッチボールのボールは落下したまま拾われない。それがなんだか気まずく、また、自分の考えを言ってしまったことでリミッターが故障して、


「祓いたくないとかは、自分には何も言えることないけど、昨日、自分が踊って囮になって、美愛たちがあやかしを祓ったんだ。その時、あやかしがすごく真剣にダンス見てくれて、消えてくのなんか少し残念な気がしたから。涼が納得できるやり方とかあるのか分からないけど、探してみるのもいいと思うっていうか」


 と自分の口が途端におしゃべりになる。人のことに色々口を出してしまったことに対する後悔と、らしくなく饒舌な自分に羞恥心が湧く。心の中であたふたとしかけるが、言ってしまったものはしょうがないと割り切り、涼の反応を待ってみる。涼は、奈々世が喋り終わると、俯いた顔をそっとあげた。


「……奈々世さんは、すーのこと、否定しないんだね」


 涼は初めて奈々世に笑いかけた。普段の魅惑的でミステリアスな雰囲気からは想像もつかない、可憐な花のような幼い笑みを浮かべて、ふわふわした短い髪を耳にかける。そして、柔らかな眼差しの目には、涙が溜め込まれた。


「えっと、なんで泣いてるの?」


 奈々世は、涼がなぜ泣くのか分からず困惑して、不謹慎にも涼の潤んだ瞳に疑問を投げる。


「……うれしいから。でも、うれしいって言うには痛いから、涙が出る。傷口に薬を塗ると、しみて痛いのと似てる」



『そうか。ならば、気をつけて。いってらっしゃい』


『……いってきます』



(今朝(あの時)、自分が感じたみたいなこと、涼は今感じてるのかな……)


「気分よくなったから戻る。行こ?」


 涼は上機嫌に口の端を上げて、立ち上がる。朝の職員室での様子から始まって今日の様子を見る限り、涼はかなり感情的で、気分屋なようだ。


「うん」


(戻ってくれるみたいでよかった)

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