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十五

 岡先生が教室を出たので、全員席を立ち、教卓の周りに集まる。地図は、一つは渉が持つことになった。渉が道を先導するらしい。もう一つは杏花が持つという流れになりつつあったが、渉の相方じゃない人が持った方が、はぐれた場合や別行動することになった場合にいいとのことで、結局千鶴に渡った。各々荷物を持つなどの準備をし、全員がそれを終えたところで、隣の山へ出発した。

 いつも千鶴と登下校するのに使っている道とは、反対方向にある山道を歩く。どうやら、その道が隣の山へと繋がっているらしい。しかし、千鶴と登下校している道とは違って、整備されておらず、全体的に歩きづらかった。滑ったら危険そうな斜面を歩くこともあった。慎重に歩くことが多かったので、そこまで賑やかだったわけではないが、会話はたまに飛び交った。とは言っても、その会話の中に、郁と涼は参加しなかった。もちろん、奈々世も聞いているだけで、ほとんど口を開かなかった。

 そうこうしているうちに、地図で示された場所に着いたらしく、「着いたよー」と渉は涼やかに微笑する。着いて早速任務に取りかかるかと思ったが、郁が疲れているようだ。美愛や渉に再三指摘されていたように、郁は本当に貧弱で体力がないらしく、膝に手をついて肩で息をしていた。そこに和泉は近づいて、「はい、水飲んで」と自身の水筒を手渡した。郁が水を飲み終えると、「飴あげるから」と飴も手渡していた。


「よっ、お母さん」


「郁は体力のない子で、って、お母さんじゃありません!」


 和泉は、千鶴の茶化しに乗り、ずっと郁を見ていた目を千鶴の方を向ける。千鶴たちを見据え、一回瞬きをした後、その場から一人消えていることに気がつき、


「涼さんは!?」


 と声を荒げる。


「何言ってるのよ。涼ならそこに……って、いない!?」


「どこか行かないように見張ってたのに……しまった」


「大丈夫だよ。涼ちゃんなら、あ、ほら、戻ってきた」


「どこに行ってたんだよ!?」


 郁の面倒を見ていた和泉が、戻ってきた涼に近づいて大きな声を出すと、涼は機嫌が悪そうになり、そっぽを向いた。


「依頼について話聞いてきたんでしょ?」


 渉は涼を見てにこにこしたが、涼は渉のその目線から顔を逸らす。


「あんたのその顔はうさんくさいのよ」


 と、美愛はジト目で渉を見やった。美愛が改めて「涼、聞いてきたの?」と聞くと、涼はゆっくりと瞬きをする。


「……うん。久々に親方さまが帰ってくるから、親方さまが驚くようなお迎えの会にしたいんだって」


 そう涼が言うと、涼の後ろから何体かあやかしが出てきた。いずれも、涼の身長の半分以下の小ささで、大きな泥団子でできた顔のない雪だるまような不気味な見た目のものから、キャラクターのように、二本立ちしているネズミのような比較的可愛らしいものもいた。しかし、美愛と郁は、ネズミのあやかしを見るなり、いそいそと後ろへ下がった。ネズミのあやかしに嫌な思い出でもあるのか、引きつっていて、どこかげんなりした表情を浮かべてもいた。

 あやかしたちが、何やら謎めいた声らしきもの、例えるなら、マリンバや鉄琴のような音を、絶え間なくちまちまと、不協和音に出しているような音たちを発する。涼はあやかしの目線に合わせてしゃがみ、あやかしたちの音に耳を傾け、瞬きを繰り返す。あやかしたちが音を発するのをやめると、


「親方さまは、サプライズが好きだから、すごいサプライズをするために企画を考えてほしいって言ってる」


 と言った。「明日なのにまだ何も決まってないのね……」「いーじゃん。楽しそうだし」と会話が繰り広げられる横で、奈々世が混乱していると、近くにいた杏花がすっと寄ってくる。


「不思議な音が聞こえましたか?」


「うん」


「これは、あやかしの声なんです」


「そうなんだ。ってことは、涼はあやかしが何を言ってるか分かるの?」


「はい。ヨウキョウビトなら、妖力の強い、そうですね、簡単に強いあやかしと言った方が分かりやすいでしょうか、強いあやかしの言葉は分かるんです。でも、弱いあやかしの言葉を聞くことはできません。奈々世さんが聞いたような不思議な音に、私たちにも聞こえます。弱いあやかしの言葉を理解できるのは、小野寺家の人だけなんです。理由は分かりませんが、遺伝ではないかと推察されています。ちなみに、あやかしの方は、強さに関わらず、人間の言葉が理解できるんですよ」


「なるほど。ありがとう」


 「いえ」と、杏花は控えめに微笑んだ。二人で話しているうちに、みんな涼の周辺へ集まったらしく、


「奈々世、きょんちー、集合ー」


 と、まだ集まっていない奈々世と杏花を千鶴が呼んだ。その声に、奈々世と杏花も、みんなが集まっているところへ近づく。


「お、奈々世さんと杏花ちゃんもきた?涼ちゃんがあやかしに聞いてもらった話をまとめると、食事の用意、会場設営、企画の立案と準備が必要みたいだから、役割分担しようかって話してたところ」


「食事は、出す料理は決まってるみたいだから、今日は材料集めと下準備、明日は調理補助をしてほしいんだって。会場は、ざっくりイメージがあるからそれに沿って設営したいって言ってたよ。肉体労働になりそうな感じ。企画は、全く何も決まってないし、準備の時間も足りないだろうから、少し人多めにほしいって」


 奈々世と杏花もそれぞれの役割を理解したところで、みんなで話し合う。結果、料理のできる杏花と和泉が食事の担当、ある程度の体力がある奈々世と美愛と渉が会場づくりの担当、千鶴と郁と涼は企画担当となった。ちなみに、企画担当がなぜこのメンバーなのかというと、千鶴は発想力があるから、郁は料理も体力も問題があるから、涼は企画を進行しているあやかしたちの中に強いあやかしがいないからである。

 そのような振り分けになったため、奈々世は、美愛と渉と共に、あやかしの案内を受けて、会場となる予定の場所に移動する。

 そこへ到着してすぐ、熊と鹿が合体したような見た目のあやかしの元に、渉と美愛が向かった。このあやかしが、杏花の言っていた、ヨウキョウビトが話をできる、強いあやかしなのだろう。喋り声は、奈々世には相変わらず不思議な音にしか聞こえないが、渉と美愛は会話をしている。渉と美愛がこのあやかしに近づいたのも、きっと何かを声をかけられたからなのだろう。このあやかしは、ケンタウロスの上半身が熊に、下半身が鹿になり、上半身と下半身の正面の境目に、鹿の顔がくっついているような見た目をしている。熊の顔は厳めしい顔つきをしているが、鹿の顔はキャラクターちっくで、変な寒気が湧きそうなくらいに気味の悪い顔立ちだ。この図体がでかくて不気味な見た目のあやかしは、小さい子が見たら若干トラウマになりそうだ。このあやかしと話している美愛の目も、時折渋い色を滲ませる。

 話し終えたのか、美愛は逃げるように走って奈々世の元へやってきて、「はああ"ぁ"、気味悪すぎ」と疲れた顔で愚痴を吐く。トラウマのある美愛だが、敵意がなかったり攻撃してこなかったりするあやかしには、恐怖をそこまで強く感じずにいられるようだ。美愛の後に続き、渉もゆるやかにやってきた。渉は、「設営のイメージ聞いてきたよー」といつもの柔らかい笑みで言い、聞いたことを奈々世に説明する。現段階では、木でつくられた舞台が出来上がっていて、後はその舞台が見える位置に丸太をベンチとして配置する作業、会場の飾り付けと入り口の用意が残っているらしい。奈々世たちには、まず、丸太を設置する作業をやってほしいとのことだ。あやかしたちで作業を進めていたものの、ステージの用意で疲労困憊している者が多く、作業の進捗に遅れが出ていて、手伝ってもらわないと厳しい状況だったらしい。


「あのあやかし、切断と縫合の能力を持ってて物を切る力を使えるらしいから、切ってくれたのをわたしたちは運べばいいみたいよ」


「それが終わったら、飾り付けと入り口の用意を手伝ってほしいって言ってたよ」


「分かった。ありがとう」


「ええ、じゃあ行きましょ」


 そうして、三人で先ほどのあやかしに続いて歩き、会場設営の手伝いを始める。

 手伝いを始めて何時間が経ち、疲労も溜まってきたところで、強いあやかしに休憩にしようと言われたので、奈々世たちはそれに乗じて昼食を取ることにした。会場に並んだ丸太の上に座り、三人で食べ始める。疲れているからか、それともそもそも美愛と渉がそんなに会話が弾む仲ではないからか、環境の音が響くのみで、人の言葉は息を潜めている。しかし、しばらくすると、美愛は話題を提供し、渉と一言二言交わしたり、奈々世に色々と話しかけてくれた。渉も会話を回し、奈々世の話を聞こうとしてくれる。だが、また沈黙が訪れる。次の沈黙を破ったのは、


「あ、美愛のお弁当、魚入ってる」


 という渉の気づきだった。


「そうね」


 美愛は食べていたたまご焼きを飲み込んだ後、返事をする。返事をした美愛と目が合うと、渉は、いつもより目を三日月にして、にこっという効果音がつきそうな笑顔を見せた。


「……ほしいならあげてもいいけど」


「欲しいなんて言ってないよ?勘違いしたの?」


 渉の笑み自体は穏やかだが、口調は煽るように聞こえる。


「ほんっとに、いっつも人を馬鹿にして!今日という今日は」


「今日という今日はって聞くの何度目だろうー?」


「わーたーるーーっ!!」


 美愛は渉の耳を掴んで、思いっきり引っ張った。「あててて」と渉は可愛らしい声をあげるが、表情を見る限り痛いし困っているようだ。千鶴と薺も言い合いが多いが、美愛と渉の言い合いの空気感の方が幾分か温かみがあるように、奈々世は感じたので、


「二人は、仲いいよね」


 と思ったことを口に出す。すると、美愛は、「え?」と驚いた顔をする。まるで、「どこをどう見たらそう思えるのか」とでも言いたげだ。


「ただの腐れ縁よ」


 と、美愛は、厭わしそうに両目を細くする。


「腐れ縁?」


「幼なじみってこと」


 と、美愛の代わりに渉が答えた。


「あ、それだからか」


 幼なじみと聞いて、奈々世はとても腑に落ちた。言い合いをしても空気が悪くなることがないのは、二人の付き合いの長さが理由なのだと。


「それだからって何よ!?」


「言い合いしてるけど、ギスギス感はない、みたいな」


 千鶴と薺が口論をしている時は、若干空気がピリつく瞬間があるので、それと比較して奈々世はそう感じた。


「……まあ、仲良くはないけど!仲が悪いわけでもないわ」


「うん、仲良しでも険悪でもないね」


 お互いがそう言い合える時点で仲が良いような気がしたが、奈々世は基本的に人を疑わないので、言葉をそのまま受け取った。

 すると、そこへ杏花と和泉がやってきた。


「皆さん、お食事中ですか?」


「もうすぐ食べ終わるよ。何かあった?」


「や、千鶴さんに呼ばれたんだ」


「千鶴?ここにはいないけど」


「企画の案を見て欲しいので、会場の方にと言われたんです。なので、ここで待たせてもらってもいいですか?」


 奈々世、美愛、渉が肯定の返事をしたので、杏花と和泉も丸太に座る。杏花は美愛の、和泉は渉の隣に座った。杏花と和泉も休憩をもらって、昼食を取ったらしい。昼食を取っているところに、なぜかたまたま千鶴が通りかかり、食べ終わったら会場まで来るよう言われ、食べ終えて今ここにやってきたということだったようだ。

 二人が加わり、少し賑やかになった場で箸を進め、少しして、奈々世たち三人は食事を終えた。そして、五人で雑談をしていると、そこへ千鶴、郁、涼がやってきた。


「千鶴さん、遅い」


 怒っているというよりは指摘のようなニュアンスで、和泉は淡白に、千鶴にそう言った。


「ごめん。段取りに行き違いが起きちゃって、遅くなっちゃった」


 千鶴は、簡易な謝罪をすると、すぐ「奈々世たちもいるならちょうどいいね。考えてみたこと実演するから、見てってよ。それで、明日の段取り把握して」と言った。企画の説明を始めるらしい。

 始めるにあたって、用意の終わっていない入り口付近に移動した。辺りには、奈々世たちだけじゃなく、あやかしもいる。企画を進行していたあやかしたちなのかもしれない。


「まず、ここで親方あやかしを驚かせまーす」


 と千鶴は手を挙げた。具体性のない千鶴の発言に、


「何するんだ?」


 と和泉が問う。

 すると、目が突然霞み始め、段々灰色の霧のようなもので覆われる。そして、またすぐ霧が分散して行ったかと思うと、なぜか今までいた山中とは別の場所にいた。それがどこかというと、奈々世の母親が運転する車の中だった。奈々世は後部座席に座っていて、車のルームミラー越しに母親の顔が見えた。榊にこの世界へ連れて来られる前の時のように、手足も口も自分の思うように動かせず、勝手に自分が喋り出す。


『……何か言うことないの?成績悪いし生活態度もあまり良くないって言われたのに』


(ああ、これ……)


『特にないよ』


(自分の過去だ)


 蓋をしていた自分の過去にタイムリープしているような感覚に、奈々世は頭がクラクラしてくる。しかし、奈々世の体調や心のことなど置いて、また視界が霧で覆われ、霧が晴れると今度は家の中だ。出勤前の父親が目の前に見える。


『ねぇ、見て。ピアス開けたんだ』


『そう。それだけ?』


『え、うん……』


(普通の親が怒りそうなことしてみても、見向きもされなかったな……)


 嫌な記憶が思い起こされ、しかも目の前で再現されて、奈々世の頭が少しずきりと痛んだ。そして、また奈々世の目の前がまた霧に少しずつ覆われてくる。覆われる途中、体が大きく揺さぶられる感覚がして、ハッとするとなぜか元の山中に戻っていた。


「奈々世!」


「あ、うん、何?」 


「大丈夫ですか?」


「え?うん」


 あまり思い出したくない記憶が無理矢理ほじくり出され、目の前で再現されたので、頭痛がしていたが、ただそれだけで他は何も問題はなかった。


「ごめんね。まだうまく使いこなせてない」


 千鶴と杏花の後ろから、奈々世の方に近づいた涼が頭を下げた。


「えっと、何が?」


「あやかしに幻覚を見せられる能力を契約でもらってるけど、まだ感覚がつかめてない。だから、たまに人にも同じ作用がかかっちゃう」


「あやかしを驚かせるっていうのが、涼さんの幻覚の能力を使うみたいだったんだけど、口で説明するんじゃなくて、実践したんだ」


 どこか咎めるような口調で、和泉は眉を軽く寄せた。


「今、みんなかかってすぐ元に戻ったけど、奈々世は銅像みたいに固まったまま動かなかったから、おりょうが心配してたんだよ」


「えっと、ありがとう?」


 奈々世がお礼を言うと、涼は首を横に振った。おそらく、言葉にするなら「別に」というニュアンスの言葉になるだろう。


「ヨウキョウビトの能力って、人にも使えることあるんだ」


 まるで初めて知ったかのように奈々世はそう言ったが、口にした後で、「そういえば」と、涼が今朝幻覚で撒いたというようなことを言っていたことを思い出した。涼がそう言っていた時は記憶に残らず流れていくような話だったが、実際に自分に使われたことで、人に使えることを強く実感し、その驚きが口に出たのだろう。


「元を辿れば、あやかしの力だしねー」


「ツカサビトがあやかしにも人にも使える能力を持つみたいに、ヨウキョウビトだって同じだよ。人間に使っちゃいけないっていう掟があるだけ」


 千鶴の言葉に続いた涼の発言で、一気にその場の空気が変わったのを感じた。千鶴は、相変わらず何事もないように平然としているが、美愛と渉は軽く目を開き、郁と杏花と和泉は瞳に不快感を宿した。空気がひりついて、冷たい灰色をまとう。呼吸をしたって構わないのに、思わず呼吸を止めてしまうような緊張感が漂った。


「ツカサビトとヨウキョウビトは、別物です」


 いつもの大人しい杏花からは想像できないほど冷ややかな目線で、酷い嫌悪感を吐き出すように強い口調で否定した。それが空気を刺激して、緊張がより強くなったことを感じさせた。


「どっちも変わらないよ」


 注意深く下を見ていなくては踏んづけてしまう蟻のように存在感のない声で、涼は侮蔑を帯びた音を紡ぐ。その声は奈々世の耳には届いたが、他の人にまで届いていたかは分からない。

 涼が言葉を吐き出すと同時に俯いたかと思うと、一目散に走り出した。


「涼!!」


 美愛が追いかけて近づくが、「来ないで」とでも言いたげに、涼は美愛を振り切る。美愛は、さらに追いかけるか悩んで、結局やめてしまった。


「奈々世、行って」


「え、なんで?」


「ヨウキョウビトの言葉じゃ届かない。この中でおりょうのそばにいけるのは、奈々世だけだから」


「行ってどうするの?自分、何も言うことないし」


「おりょうがああなると、この任務に支障が出る。どうにかする役は、奈々世が一番いい」


「そんな役投げられても……」


「あの、僕からも頼む。できれば連れ戻してきてほしいけど……涼さん、気難しいから、ここから去らないように見守るだけでも構わないんだ。僕が行っても、神経を逆撫でするだけだから」


「相方なのに?」


「相方だからだよ」

奈々世がピアスを開けた時のは、中学2年生の終わりくらいだと思います。クラスメイトが、ピアス開けたいって言ったら親に叱られたと耳にしたので、行動したと思われます。勉強やダンスを頑張っても関心をもらえなかったので、ピアスを開けたり素行不良もしてみたりしたようです。しかし、開けたからと、なんだかんだピアスはしていると思います。服やダンスなどでの自己表現を楽しんでいるので、ピアスも気に入ってるのではないでしょうか。

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