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十一

 次の日、朝早く、千鶴に起きるよう部屋の外から声をかけられ、千鶴に急かされながら、寝惚け眼で支度をし登校した。まだ朝早くだというのに、美愛と郁も既に登校していた。


「朝、早くない?」


「うん、今から祓いに行くから」


「昨日みたいに授業中に行くんじゃなくて?」


「授業受けられないと困るじゃん」


「え、そう?」


 奈々世は、学校の授業を真面目に受けたり楽しんだりしたことがないに等しいので、若干引き気味に返答した。


「岡先生のテストは、教材に載っていない、授業内で板書した内容を出題することが多いのよ。受けられた方がいいから、任務はできるだけ授業外で終わらせた方がいいわ」


 そう美愛に言われ、昨日授業をそんなに真剣には聞いていなかったことを奈々世は少し悔やんだ。


「そういうわけだから、早速れっつごー」


 と千鶴が教室を出る。昨日と同じで、地図を持っている千鶴を先頭に歩き、昨日あやかしがいた場所に着いた。


「奈々世、いける?」


「ちょっと待って、柔軟とかアイソ、あ、準備だけさせて」


 奈々世は、アイソレーションなどといった言葉が通じるのか分からず、準備をさせてほしいと告げる。「それじゃー、我々はもう少し打ち合わせでもしますか」「打ち合わせることなんてもうないだろ」「奈々世が踊る位置は、決めた方がいいんじゃない?」と始まった三人の会話を聞き流しながら、奈々世は踊るためのウォーミングアップをする。

 一通りウォーミングアップをして準備ができると、三人に「うん、大丈夫」と声をかける。


「それじゃあ、奈々世はここにいて。わたしは奈々世とあやかしの真ん中ら辺の茂み、なかみあと郁はあやかしの後ろの方の茂みに行って、待機する。わたしもなかみあたちも定位置に着けたら合図するから、両方の合図を確認できたら始めて」


「分かった」


 まず、茂みについた千鶴が、腕を目一杯伸ばしてサムズアップするサインが目に入った。それから少しして、美愛と郁が大きく手を振っているのが遠目に見えた。

 いよいよ自分が踊る時が来た。得体の知れない生物に対して、今更ながら少し畏怖を感じたが、深呼吸をする。自分は千鶴の補佐で、これが自分のやるべきことで、そして自分が賛成したことだと、頭の中でここに立つ理由を反芻しながら。

 もう一度深呼吸をし、息を吐くと同時に踊り始める。

 踊り始めは、特に気がつかなかったようだが、少しすると奈々世の踊りに気がついて、あやかしは興味深そうに奈々世を見つめた。奈々世が踊り続けていると、少しずつ少しずつ、あやかしは奈々世の方へ近づいてきた。


(うわ……ちょっと怖い。でも、こんな真剣に、いや、感情とかあるのか分かんないけど、すごい真剣に見てくれてる感じして、なんか、うれしいな)


 やがて、徐々に距離が近づいてきたところで、千鶴が、奈々世とあやかしの前に走り現れた。あやかしが、千鶴が触れてこようとしたことに驚いて後ろに下がった瞬間、あやかしの背後で拳を構える美愛の姿が、奈々世の目に飛び込む。

 美愛は、「はあぁぁ」と気合いを溜めるような声と共に、あやかしに右の拳を突きつける。それにひるんだあやかしを、すかさず左脚で蹴った。美愛は、苦虫を潰したような表情を浮かべて、短く息を吐いたが、すぐに据わった顔つきに戻り、左右の手足を使いながらあやかしを体術で攻撃する。あやかしは時折粘液を出したが、美愛はそれをすばやく避けながら攻撃し続け、ある程度殴ったところで「今よ!」と声を荒げる。

 その声に、美愛よりも後方に控えていた郁は反応し、足早に近づく。それと同時に、左手に持っている大きめの石に、右手の人差し指で、丁寧かつ俊敏に触れる。そして、右手の人差し指を石から離すと同時に、その石をあやかしの体に当てた。

 すると、昴が祓った時と同様に、あやかしの姿が上の方から微細な粒のようになっていき、その粒と共に姿が薄れていって、たちまち消えた。


「祓えたみたいだな」


「いえーい、成功ー」


「ふぅ……」


 郁は平然と石を拾い、千鶴は万歳をし、美愛は安堵の息を吹く。奈々世の口からも、


「よかった」


 と、安心したように言葉が吐き出された。


(でも、こんなあっけないんだな。さっきまで真剣に見てくれてたのに)


「奈々世のおかげよ!おとりとして引きつけ続けてくれて、すごかったわ。協力してくれて、本当に助かったわ」


「うん、奈々世、ありがとう。奈々世、ナイスダンス」


「今回は、三人じゃ難しかったかもしれない。踊ってくれて助かった」


「何それ気持ち悪っ。あんた、なんか変なものでも食べた?」


「……危険な目に合うかもしれないのを分かった上で、ヨウキョウビトじゃない人を協力させた。お礼言うのは筋だろ」


「ほんっとにあんたの基準分からない」


「別に、分かってほしいと思ってない」


「あんたねぇ……!」


「はいはい、どうどう。とにかく、奈々世、よく頑張ったよ。本日の立役者ですなー」


「そうね!」


「おーい、奈々世?聞いてる?」


「あ、うん」


 奈々世は、少し上の空だったが、反射的に、千鶴に返事を返す。すると、郁は昨日と同様、学校の方へ歩き出した。その様子を目に入れた美愛は、「空気ってものが読めないのよね。わたしたちも、行きましょ」と、奈々世と千鶴に声をかける。三人の背中を追おうと一歩踏み出した奈々世は、三人が自分にかけてくれた言葉を反芻していた。


『奈々世のおかげよ!おとりとして引きつけ続けてくれて、すごかったわ。協力してくれて、本当に助かったわ』


『うん、奈々世、ありがとう。奈々世、ナイスダンス』


『今回は、三人じゃ難しかったかもしれない。踊ってくれて助かった』


『奈々世、よく頑張ったよ。本日の立役者ですなー』


 なぜ思い返すのかも分からないまま、ただその言葉たちが頭という水槽に入れられて、泳ぎ続ける。




『母さん見て、今回のテスト、クラスで一番だったんだ』


『そう。あ、奈々世、来週からまた海外出張だから。お金は置いておくから、自分でやりくりしてね』


『分かった……』



『父さん、この前のダンスの大会で金賞取ったんだ』


『ああ、そう。今から休むから、起こさないで』


『あ、うん……』




(何かで成功しても、認めてもらったり褒めてもらったりしたことなんてほとんどなかったから、変な感じだ……なんかむずがゆいしそわそわする……不快ではないけど、少しざらざらするような感じもする……なんだろう、この感情)


 奈々世は、認めてもらえたり褒めてもらえたりした温かくも気恥ずかしいような気持ちと、今までそうしてもらえず傷ついた心の瘡蓋が少し剥げるような気持ちを抱えて、自分が囮を成し遂げた場を後にした。

『』左のいわゆる二重カギカッコですが、この話では、本来の使い方とは違う使い方をしています。現在喋っているものと奈々世が思い出している過去誰かが言っていたことを識別するために、過去の台詞は『』を使用しています。本編では、この先もこの使い方をします。間違った使い方ですが、あまり気に留めずに見ていただけると助かります。

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