第33話:元・婚約者が、屋台の前に立った夜。
夜。今日は、久しぶりに屋台に行列が出来ていた。
このくらいの行列なら、捌けないこともない。俺は、屋台を開店した。
「おい、ちょっと、あんた。行列を無視するんじゃないよ」
外から客の声が聞こえた。
次の瞬間、暖簾が上がる。
そこには、俺の、元・婚約者の顔があった。
驚きを隠しつつ、俺は言った。声は少し震えていたかもしれない。
「お客さん。すいませんが、列に並んで待ってくれませんかね?」
「何を言っているの?私は、あなたの」
彼女の声を俺は制止する。
「あなたが誰だろうと関係ありません。列に並んでお待ちください」
そうして、俺は、調理に戻った。彼女に目をあわせることもしなかった。
彼女が何かを言おうとしていた。
「お嬢さん。順番通りに並んでくれないかね。みんなも並んで待っているんだ」常連客が、俺の代わりに言ってくれた。
その言葉を聞き、彼女は、諦めたのか、すごすごと店を出た。
「……申し訳ないです。これ、サービスしときますよ」
俺は、お詫びに、だし巻き卵を客に振る舞ったのだった。
一時間ほど経っただろうか。行列がなくなるタイミングで、彼女がまた現れた。どうやら、列に並んでいたらしい。
「……随分と、羽ぶりがよさそうね。大繁盛じゃない」
彼女の言葉に、俺は答えた。
「おかげさまで、皆さんにご贔屓にしてもらってます」
「……何よ、その他人行儀な態度は。私とあなたの仲じゃない。そんな堅苦しい態度はやめて」
「昔を懐かしむ仲でもないでしょう。ご注文は?」
「そうね……おすすめをいただこうかしら。お願いできる?」
「おすすめですね。お酒は何にしましょう」
「それもお任せするわ。あなたならわかるでしょう?」
そう彼女は言うのだった。
次回予告:
彼女の言葉。それは、俺にとっては、受け入れ難いものだった。




