必要の大きな集会の大きな必要とは
新しい集会の長老たちは僕を歓迎してくれた。特に篠原兄弟は僕を気に入ってくれた。この集会の長老たちはみな若く、僕より少し年上の兄弟たちだった。年長の篠原兄弟さえ40歳になっていなかった。集会の成員は100名前後だが、長老たちは3人しかいなかった。集会の雰囲気はとても明るかった。区域が関西の下町ということもあるのだろう。伝道活動の最中もボケとツッコミが多くみられた。そしてこの集会は珍しく男性が多かった。半分とまでいかないが、長老や奉仕の僕でない兄弟の数がほかの集会に比べ、10人以上多いのだ。そしてこれらには理由があった。
移動する前に吉野兄弟からこの集会について話しがあった。元々は年配の長老たちがいる集会だったが、長老たちに問題があって全員解任になったこと。それからここ1、2年で若者を中心に重大な罪を犯した人がたくさんおり、10人ほどが排斥措置になったこと。排斥措置とは罪を犯した人が悔い改めて立ち返るまで一切の関係を断つという教えに基づく措置のことである。それは集会の成員はもちろん、家族さえ一切の干渉があってはならない。口を利くことさえあってはならないという厳しいものだ
。吉野兄弟は長老たちが解任になった理由については一切話さなかった。若者たちが排斥になった理由についても一切教えてはくれなかったが、若い人が陥りやすい罪ということで察してほしい、という感じだった。集会から長老が一人もいなくなったため、引っ越しのできる長老が募集され、結果、今の若い長老たちだけになった。
「ですから。」
吉野兄弟は語気を強めて言った。
「兄弟のように神の義を守る人が必要なのです。」
吉野兄弟は僕の過去の経験を高く評価してくれていた。神戸市の集会にいた時のことである。3人の長老がいたが、それぞれが調整者になりたいと思い、あろうことか反目しあっていた。そのうちの一人には「兄弟は謙遜ではない。」と言われ、もう一人の長老には「兄弟が誰か一人の長老に付けば・・・」と言われた。後者は僕に対して親切で言ってくれたのかもしれない。僕は当時から奉仕の僕になりたいと思っていたが、誰かにこびへつらったり、人間的な方法でなりたいとは思っていなかった。それでどの長老にもできる限り親切に平等に接することを心掛けていた。それが余計気に入らなかったのかもしれない。もしくは誰か一人の長老、その台詞を言った長老の側に付けば、もう一人の長老を説得してくれたのかもしれない。でも僕はそれをしなかった。そしてもうこれ以上ここにいても学べないと思える時まで耐え、それから職場の近くに引っ越しを決めた。その途端、長老全員が解任されたのである。
吉野兄弟の言葉を聞いて僕の顔は強張った。兄弟の信頼に応えなければならないと思った。さらに吉野兄弟は言った。
「調整者である篠原兄弟は立派な兄弟です。もちろん、他の2人の長老も立派ですが。篠原兄弟は特に神の義の基準をしっかりと守る人です。ですから兄弟も篠原兄弟によく教わって長老を目指してください。」
僕は小さく頷いた。
長老や奉仕の僕が集会を移動すると、何も問題がなければ移動元の集会の長老たちは推薦状を移動先の集会の長老たちに送る。移動先の長老たちはその推薦状の内容を確認して教会に推薦状を送る。教会から任命がきて初めて長老もしくは奉仕の僕として活動できる。
それで僕は教会からの任命が来るまでは奉仕の僕ではなかった。それで清原兄弟と同じ家に住んでいるという理由で清原兄弟と同じ群れに配属された。清原兄弟はまだ奉仕の僕だったが群れの司会が任されていた。移動して2週間ほどで奉仕の僕の任命の手紙が届いた。
吉野兄弟があらかじめ僕のことを話しておいてくれたのだろう。篠原兄弟はことあるごとに一緒に伝道活動をしてくれた。確かに篠原兄弟は熱心な開拓者だった。これは奥さんから聞いたのだが、独身の頃は仕事を最小限にして伝道活動に打ち込んだ。それで、お風呂がない古いアパートに住んでいたらしい。結婚するときに彼が持ってきたのは大きな桶一つだけだった。その桶が彼のお風呂だったのだ。
彼は常に作り笑いをしていた。誰から見てもそうだった。普通作り笑いだと人は警戒してしまうものだが、あまりにもそのお面がしっかりと彼の顔にはまっているので、逆に緊張しないという不思議な人だった。それで僕はどのように振る舞ったらよいか等たくさん助言を求めた。
「人と会話するときは自分が中心にならないように気を配ると良いですよ。」
というような事も教えてくれた。僕は篠原兄弟からの訓練をとても有難く思った。
長老たちの解任も大規模な排斥措置も、起きたのはつい1年前だというのに集会はとても落ち着いているように見えた。そうしたことがなかったかのようにも思えた。元長老たちもその奥さんも穏やかで、良くもてなしてくれた。息子、娘が排斥措置になった母親たちも伝道活動に熱心だった。3人の新しい長老たちのおかげですべてはうまくいっているように思えた。次の巡回訪問まで半年あったが、伝道活動に勤しみ、集会の成員とレクリエーションを楽しんでいるうちにあっという間に時間は過ぎていった。
そして巡回訪問が来週というところまで迫ってきた。




