見え方の相違
集会場の掲示板に巡回訪問の予定表が張り出された。僕と清原兄弟は話し合って巡回長老の宿舎に応募した。巡回長老の宿舎とは巡回長老が巡回訪問中に泊る家のことである。僕たちは通常はリビングとして使っている真ん中の6畳の部屋を巡回長老の部屋にすることにしたのだ。篠原兄弟も喜んでくれ、僕たちはめでたく当選した。
僕がこの集会の区域に移動して初めての巡回訪問である。吉野兄弟は褒めてくださるだろうか。僕は巡回訪問が楽しみだった。そんな矢先に小さな事件は起きた。
巡回訪問が目前に迫った伝道活動の時のことである。それは風が吹くと桜の花びらが舞い、まだ少し肌寒く感じる4月の初めだった。その日は歳よりは若く見える50代の姉妹と伝道活動を行っていた。
4人兄弟の末っ子でご主人とはお見合い結婚で、家族では自分だけがこの宗教である、と自分の家族の事情を詳しく話してくれた。
「ここはどう?いいところでしょ。」
にっこり笑って姉妹は言った。
「はい。皆さん、とても親切で本当に居心地が良いです。」
姉妹は喜んで、集会についても色々と話してくれた。そして公園の横を通りかかったとき彼女は言った。
「私、あの子たちは悪い子じゃないと思うの。」
彼女の言うあの子たちとは排斥措置になった若者たちのことである。これを聞いて僕は反射神経的にまずい、と思った。この宗教では排斥措置を決めるのは長老たちだが、その決定は神の決定と同じとされる。それで、この姉妹の言ったことは神の裁定に異を唱えることになりかねない。
僕は少し間を置いて一生懸命気を使ってこう言った。
「それは、まずいんじゃないでしょうか。」
一瞬で姉妹の顔が蒼ざめた。
「篠原兄弟に言うの!」
半ば叫びのような声を出して彼女は泣きだした。
「ちょっと待ってください。言いませんよ。言わないから落ち着いてください。」
慌てて僕は一生懸命彼女をなだめた。
「本当?」
彼女は泣くのを止めた。そのあとは何事もなかったかのように伝道活動を行った。
家に帰ってから一人でよく考えた。
姉妹のあの反応はいったい何だったのだろう。「篠原兄弟に言うの!」という彼女の言葉からは篠原兄弟への恐怖も感じ取れる。篠原兄弟は優しい兄弟だ。しかし、神の義の基準を守るという吉野兄弟の話しもある。深く考えてみる。まず若者たちの排斥措置。それはどの集会でも聞いたことのない規模だった。それで集会の多くの人が関係していたのかもしれない。そうするとたくさんの人が長老たちから助言されたり、戒められたりしたことだろう。もしかしたら彼女もその中の一人だったかもしれない。
それから排斥措置になったのは彼女の息子娘ではないが、きっと大変仲が良かったのだろう。彼女の集会についての話しでもそうだし、実際に僕が見るこの集会の雰囲気からしても十分そう思える。それで彼女も集会の若者たちが悪行者として排斥措置になったときには本当に辛かったことだろう。排斥措置とは罪を悔い改めない人に対する最後の手段である。一切の関わりを断つ。口で言うのは簡単だが、身内や親しい人だと本当に辛い。もしかしたら今日のような発言をうっかり篠原兄弟の前で言ってしまい、すでに助言されたのかもしれない。
排斥措置については心の整理が特に難しい。というのは排斥措置についても厳密な規則があるわけではないからだ。例えば、淫行-独身者による性行為-を取ってみても長老が事の重大さと悔い改めの判断をすることになっている。それである集会では排斥措置になる案件も他の集会では排斥措置にならないこともある。
それで排斥措置が集会で行われるとき、それに納得できない人がいる場合がある。彼女もそうなのだろうか。もしそうだとしてもそれは間違いで、僕たちの知らない要素も長老たちは扱い、神の導きを求めて決定したのだから神の決定としてそれを支持しなくてはならないのだ。
考えれば考えるほど、問題は深いところにある気がした。しかも情報が足りず、何も決めつけることができなかった。詳細は長老たちに聞くしか分からないが、今の段階で一つ言えることは、僕とみんなでこの集会の見え方が大きく違うということだった。僕の目的は彼らの助けになることだ。それでいたずらに義を振りかざせば、みんなの心は離れてしまい、助けになることはできないだろう。これからはより慎重に行動しようと思った。
それから彼女が泣きだし、すぐに泣き止み、そのあとは何もなかったかのように振る舞ったのも違和感があった。恐らくあれは噓泣きだったのだろう。そうまでして絶対に篠原兄弟へ話しが行かないようにしたかったのだ。彼女を基準にするわけではないが、きっと彼女と同じように篠原兄弟に対して怖く思っている人もいると思った。だとするとこういうことが今後も起きる。
結論として僕は必要の大きな集会に移動し、みんなから歓迎され、長老たちから親切にされて浮かれていたのだ。僕のこの集会での役割はとても難しいものなのだ。




