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店で出会った酔っ払いの話

 夕には未だ時間があったが、その通りは相変わらず湿っぽい空気が活気のある振動にゆれていた。声高に話す声やカラオケの歌声が店の外にまで溢れていた。目的の店は周りの店に比べて構えが大きかったので直ぐに見つかった。


 和風に赤い提灯を戸口の上にずらりと並べて、外には盛り塩が置かれていた。引き戸を開けて中に入ると、酒臭い空気がたちまち私の肺の中に入ってきた。沢山の客は右側にあるL字型のカウンターと左側にある座敷で度の強い酒を飲んでいた。


 空き席を探して周りを見回していると、盆に肴を乗せて早足で歩いていた婆さんが、「一人かい?」と訊いた。「そうです」と答えると、「カウンターの奥が空いているよ!」と大声で言って、盆を持ったまま座敷に上がった。

 私は、婆さんの示した方向に目をやり、カウンターの一番奥に空席があるのを見つけそこに座った。その途端に、グラスとお通しがカウンターの中から私の目の前に置かれた。周りを見渡すと壁という壁にメニューを書いた色とりどりの紙が貼り付けられていて、カウンターにはメニューが置いていなかった。きょろきょろしていたのが隣の男の気になったのか、唐突に酒臭い息を吹きかけるように話しかけてきた。


「あんた旅の方ですかい?」

「ええまぁ」と私が答えると、「この店はいいよぉ、今日は特に銀鱗エソの刺身が美味いよ、なぁ婆さん」すると先ほど盆を持っていた婆さんが「ウチは何だって美味いよ」と大声で答えてから私の近くに来た。


「今日は、銀鱗エソのいいのあるし、赤ヌタウナギの蒲焼がお勧めだよ」近くで見る婆さんの顔は、相当な歳に見えたが非常に活気があった。

「じゃあ、両方とも」私は、両方ともどこかのステーションでそれらを食べたことはあったが、婆さんの気迫に負けた感じになってしまった。どっちの魚も地球の深海魚を遺伝子操作したもので、食用としても水中のスカベンジャーとしても優秀な存在だ。ただ、それが回遊している水槽を見たら、きれい好きな奴は食欲が半減してしまうだろう。


「なぁ、あんた何処から来たのかい?」隣の男が訊いた。ややろれつが回らなくなりつつあったそいつは、よれよれになった黒のスーツに白いシャツ、蝶うネクタイという此処には不似合いともいえる格好をしていた。若い頃はハンサムだったかもしれないが、彼の頭には髪が数える程にしかなかった。

「ただ、旅をして回っているだけです」と私は度の高い酒を口につけた。喉がやけそうだった。

「俺も、若い頃は前までそうだったよ」と男は言った。

「貴方も旅を?」

「旅って訳じゃないけど…宇宙船のバーでずっと働いていたのさ」

「そうですか、どの船で?」私も、船旅では退屈しのぎでよくバーに顔をだしている。あるいは聞きおぼえのある船名でもでないかなと思った訊いた

「シリウスⅡっていうでかい船だった」彼は、酒を煽るように飲んだ。「いい船だったよ」

「ああ、非常にでかい豪華客船ですね」あの船は移民用ではなく、まさに旅を楽しむだけの船だった。多くの娯楽施設が用意され、退屈になった時のために冷凍睡眠設備まである。

「知っているのかい?」彼は、驚いたようだった。

「名前だけですよ」私も、一杯口につけた、本当は乗船したことがあったが、良い思いでがないのだ。「そんなお金なんかありませんから」と嘘をついた 「そう、でかい船だ、今でもあれだけの船はそうそうない、でもつまらんことで追い出されてしまったのさ」と男は言った。「丁度、水の惑星のプルーフに到着したときのことだ」



 水の惑星、僅かしかない地表は、小さい島となって大洋上に点在しているか、深いリアス式の海岸線を伴った複雑な地形を周囲にまとった大きな島があるくらいなものだ。

 そこに住む住民は、カヤックで島を行き来しながら漁をして生計を立てているのが主である。大きな島にはシャトルポートも設備されているし、観光の設備も豊富にある。観光客は、この島から恐竜のような海洋性の巨大生物を見るためのクルーシングに出て行くのが常だった。


 乗客は皆、惑星に降りるためのシャトルに行ってしまったが、男は、船内の仕事があるため、惑星上には降りられず、閑散とした船内のバーのカウンターの中でグラスを拭いたり、床を磨いたりとした日々を送っていた。客といえば、彼同様に船内で作業をしている人々だった。


 彼らは、彼らで久々の休暇気分で飲んだり、カジノで遊んだりと時々羽目を外していたりしていた。彼は、そんな仲間達も客として扱い、丁寧にカクテルを作り、簡単な肴を調理していて、決して店の酒は飲まず、バカ騒ぎにも参加しなかった。だから他の仲間達は彼のことを堅物やつまらん奴と陰口を叩いていた。


「当時はねぇ」と彼は言った「妙に冷めていてね。俺だって飲めないわけじゃあないが、酒もバカ騒ぎもなにかつまらないものに思えていたんだ。素面で本当にやりたいことを探そうと真面目に考えていたんだ。…もっとも、今はこんなだけどさ…まぁ、お客が居ないからさ、毎日毎日同じ顔ばかり俺の店に顔を出すのも倦んできていたんだ。でもある日さ、見たこともない綺麗な女性がやってきてね」


 そんな美人だったのかいと訊いたら、彼は「絶世の美女というわけじゃないけれど、なにか男の本能をくすぐるような雰囲気があるんだ。」と答えた。一体この船のどこにこんな女性が隠れていたのかなと思わず思ったね。

 まぁ俺も商売柄、自分の部屋とこの店を行き来するしか行動範囲のない奴だったけど、それでもこういう噂は男達の口の端に昇るものだろ?俺はカウンターの中で思わず息を呑んだものさ、そして女性は、テーブルの脇をすりぬけるように歩いてカウンターのスツールに座ったのさ」


 彼は、綺麗に拭いていたグラスを落とさないようにしっかりと握りしめた。冷静に、冷静に、と彼は自分に言い聞かせながら、「何になさいますか?」と何時ものの様に訊いた。


 頭の中できっとこういう女性はこじゃれたカクテルでも頼むのだろうなと思っていた。しかし女性は人差し指と中指をくっつけて彼に向けると、「お勧めのウィスキーをダブルで」とゆっくっりとした口調で言った。


 彼はくるりと回れ右をすると後ろにあるボトルがぎっりと詰まった棚を舐めるようにみて、一本の四角いボトルを取り出した。「ネオエルベ産のものです。かなりスモーキィですが、最近人気の品です。いかがでしょうか?」


「それでいいわ、ただ酔いたいだけだから」女性は、うっとりとした目をそのボトルに向けた。「割りますか?それともロックで?」彼は、ボトルを女性の前のカウンターに置いた。ラベルには、何かの象形文字が描かれている。「いいえ、ストレートで。チェイサーも宜しく」


 彼はカットグラスを取りだすとそれをカウンターに置いて、ボトルの中身をかっきりツーフィンガー分入れて「どうぞ」と差し出すと、別の細長いグラスを取り出し、冷蔵庫にあるミネラルウォータをそのグラスに注いでから氷をそれに浮かべた。


 彼が、それを女性の前に置いたときには、カットグラスの中身は空になっていた。女性は、「美味しいわ、お代わり」と目を丸くしている彼に向かって言った。


「そんなに一気に飲むと体に障りますよ」と彼は、グラスに同じウィスキーを注いだ。 「言わなかった?私は酔いたい気分なの」と女性はさらにそれを一気に煽ると、お代わりと言った。彼が戸惑っていると、女性は「さぁ」と彼を促した。彼は諦めたように、3杯目を注いだ。女性は、そこでふっとグラスん縁を人差し指でぐるぐるとなぞった。キーンという音が音楽のように流れた。そしてゆっくりとグラスを持ち上げて、艶かしく光る赤い唇にそっとつけた。今度は喉には流し込まず、その唇を塗らす程度に飲んだ。


「いい香り、気分が落ち着くわ」女性の細い鼻の鼻腔が微かに開いた。

「ねぇ、あんた。千一夜物語って知っている?」と訊く女性の言葉に対して、彼は、少しお待ち下さいと言うと、レシートを持って立ちあがった乗務員を見て、レジに向かった。カードをリーダーに通して、小さい声で乗務員に「あの女性を知っているかい?」と訊いたが、乗務員はさぁと答えた。


 そしてその乗務員が帰るのに触発されたかのように、次々と客が帰っていった。船内の客が居なくても仕事が無いわけではない、各々明日のために自分の部屋に戻っいった。最期に清算した男だけが小さい声で、「いい女だな、名前が分かったら教えろよ」と耳打ちした。


 彼は、再びカンターに戻って、「千一夜物語ですか…」と確かめるように言った。女性は、何時の間にかグラスを空にしており、うなずきながら、指先をそれを彼に押しやった。


 彼はグラスにウィスキーを入れながら「空とぶ絨毯ですかよね」と答えてからグラスを女性に差し出した。「あと、開けゴマですか」

「そういう物語もあったかしらね?」

「違うのですか?あとは、アリババと盗賊の話とか」

「あの物語の冒頭…」と女性はグラスを傾けた。

「ひとつの国を治めえている王の元に他の国を治めている弟が訪ねてきて、二人で狩りに出かけたの。そこで魔人にさらわれた女性に出会うの、その女性は二人の王に性交渉を求めるの、横では大きな魔人が鼾をかいて寝ているというのにね。躊躇していると女性は、二人が誘いを断るなら魔人を起こすと脅かすの…恐れおののく二人は、やむなく女性と交わるの。女性はそれが終わると二人の行いに満足したことを告げて、行為をした証に二人から記念品を貰うのよ…」

「そうなのですか、でもなんで二人は魔人から女性を助けなかったのでしょうね?」

「太い鎖で繋がれていたみたいね。壊せば、魔人が起きるだろうし。でも何で、女性が二人と性交渉をしたのだと思う?」

「さあ?」

「魔人に対する仕返しよ、自由を奪われたことに対する魔人に対する仕返し、その女性は出会った男性という男性全てと、性交渉を持ったのよ。そしてその時に交渉を持った男性の持ち物を貰うことで、女性は日々それを眺めてはにんまりとしていたのでしょうね」

「魔人も哀れなものですね。」

「いいえ、自由を奪った代償は安くは無いのよ…、でも私も、自由が無いという意味ではその女性と変りないわ」

「どうしてです?」彼は首をかしげた。

「ねぇ、奢るから一杯どう?」女性は笑みを浮かべた。素面な人と話すのは苦手なの」彼は、女性のほかに誰も居ない店内を見回した。


 もう遅い時間だ。何時もならもう客は来ない。彼はいいでしょうと答えると、カウンターから出てドアノブにCLOSEと書かれた札を下げてからドアを閉めた。そしてカウンターに戻るとグラスに女性と同じ酒を入れたが、水をそれに加えた。

「ストレートじゃないのですね」女性は、薄い色になったグラスを見ながら言った。「いける口かと思った」

「強いのが苦手なのです」彼は、それを軽く飲んでから冷蔵庫を開けて、バターを取り出し、それを薄く切ってから薄い煎餅の上に乗せたものを白い皿に置き、あとはチョコレートと、ビーフジャーキーをそれに一緒に盛り合わせて、カウンターに置いた。

「強い酒ばかり飲んでいると胃をやられますよ」

「ありがとう、これはサービスなの?」女性は煎餅を手に取った。

「ええ、どうぞ。もっともこんなものしか無いのですけどね」彼は、チョコレートを取って口に入れた。甘く気持ちをやわらげる味がした。


☆


「ねぇ、あなたさっき、お客さんと私を知っているかって言っていたでしょ」女性は、にやりと笑った。

「聞かれてしまいましたか」彼は気まずさにウィスキーを口に運んだ。「ええ、本当ならこの船のお客さんの事は知ってなければいけないのですが」

「知らなくて当然よ。ずっと檻の中に居たのだから」彼女のその言葉を彼は額面通りに受け取って言葉を失った。

「あんた、変な想像したでしょ。」女性はけらけらと笑った。「似たようなものだけど、別に虐待されているわけじゃないわよ。旦那が異常に嫉妬深くて、私が他の人の目に留まるのを極度に嫌がるのよ、だからずっと私は船室に篭っていたの、でも旦那は巨大生物を見るために下に降りたいし、私を連れてゆくのも嫌だというので、短期のコールドスリープ槽に入れられちゃったのよ。でも、ちょっとスリープ技師に甘い言葉をかけてあげたら、そっと起こしてくれたわ」


 そして女性は、小さい箱をカウンターの上に置くとその蓋をそっとあけた。白い湯気のようなものがふわりを舞い上がりそれから、その白いものはカウンターの上を舐めるように流れていった。女性は箱の中から一本の小さいガラスの容器をつまんで取り出すと彼に見せたガラスの中には白いものが入っていた。

「これが記念品よ」

「これは?」彼は、その白いものがうすうす分かっていながら訊いた。

「精液よ」と思った通りの答えが返ってきた。

「できれば、貴方のも頂戴、いいえ呉れないと魔人が貴方を懲らしめる事になるわ」

「なんでこんな事を」彼は、思わず唾を音をたてて飲み込んだ。

「おやおや、訊きたいの?」

「駄目ですか?」

「いいえ、教えてあげる。ただしピロートークでね」

 行為の後、彼は右腕を女性の腕枕にして体を寄せ合った。俺はこの女性に堕ちてしまったと彼は思った。愛とか恋とか言うものではない、きっと俺は四六時中この女のことを想いつづけ、そしてこの女の中に埋没してしまいたいと考え続けるだろう。まるで麻薬だ。

「昔、昔…」女性は小さい声でいきなり話し出した。「とある惑星に、裕福な家があってその家には、まだ小さい一人娘がいました。少女の名前はマリーと言いました。彼女には、ケントという一つ年上の幼馴染がいて、彼女は大きくなったら彼と結婚をすることになってたの。」

「それが君なのか…」彼は顔を彼女に向け頬に口をあてた

「マリーとケントの家の周りには、広大な農園が広がりそこでは、水晶芥子が栽培されていたわ。」

「そんな高価なものを…」

「二つの家は…」彼女はそっと目を閉じた「遠い昔にここで初めて水晶芥子を見つけ、そしてその精製を行った人々の末裔なの。ねぇ水晶芥子の歴史って知っている?」

「集中力が非常に増すらしいね」彼は答えた、普通の奴には必要ないし、買えるものでもない、主に危険な宙域を航行する宇宙船のナビゲータや戦闘員に与えられるものだ。


「違うわ、時間単位の情報処理能力が格段にアップするのよ、それで僅かな時間でも多くの事柄をより処理できるからそういう風に思わせるだけ。いずれにしろ高価なものだけに、私達の惑星の生産場所は保護され、秘密にされていたわ、でもその利益に目をつけない奴は居ないわ…私の星の執政官もそういう抜け目のない奴だったわ、労働者に甘言を振りまいて暴動をおこさせて、二つの家を潰して自分のものにしたの、ケントの一家は全員殺され、私の一家は投獄された…そして私はそいつの妾にされてしまった。でもあいつときたらあっちの方が全然駄目でね。満足できないの」

「そいつから逃げないのかい?」

「家族が人質なのよ、逃げたらきっと家族は殺されてしまう」

「可愛そうに…じゃあ、いくら僕が君をづっと傍に置きたいと思っても無駄なんだ」

「それは無理ね…」

「何で精子を集めているんだい?」

「約に立たないやつでも、いっぱしに子供が欲しいと言っててね。もし、精子を1000種類集めたらその中の一番どうしようもない奴ので子供を作ってやろうとおもっているのよ。目が届かないときに冷凍されているのも、その間に他の男を交わらないようにするための彼なりの方法なのよ」

「哀れな奴だ…」と彼が言うと彼女はそっと彼に唇をつけた

「やさしいのね」それから幾度と無く二人は交わった。とめどもなくあふれる体液はまるでどんど増産されてゆくようだった。そんな事ありえないと思いながらも、彼は快楽に中に堕ちていった。


 目が覚めて、隣に女性が不在な事に彼は悲しんだ。彼は女性を求めて船を彷徨いだしたが、最初に出会ったのは目を大きく見開いたコックだった。喉を切り裂かれて床に倒れていた。おい?おい?どうした?と声かけたが、どうみても応答できる状態にあると思えなかった。何があったんだ?それよりあの女は大丈夫なのと探し回ったが、彼女は何処にも居なかった。


「俺は、警察が来るまで、ずっと飲み続けていた。どこもかしこも惨殺された死体だらけで素面でいられるかってんだ。それからも酒をやめられなくなったんだ。医者にも行ったが薬で寝ているか、酒で寝ているかの違いしかなかった。俺が船を放り出されてしまったのは当然の成り行きだがな…」男はぐったりとカウンターに頭を付けて寝てしまった。


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