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退屈な嵐の日

「君はなんで、遊ぶように作られたのだろうね」その朝、私は朝食の準備をしているスラスに訊いた。


「お客さんも、変な事を訊きますね」スラスは、お湯にドライフードを入れてかき混ぜて言った。「私を設計した人はもう居ませんし、私自身すら分からないのに、知りようありませんよ。しかも、おかげで満足な職業にも就けず、この有様です」


「新しく機能を増やしたり、変更したりすることはできなかったのかい?」


「それに、どれほどのお金が掛かると思っているんですか?役に立たないアンドロイドが未だに、廃棄処分されないだけ不思議なものですよ」


「そうだね、でも社会的に役に立たないという一面だけで評価することもできないと思うよ。だからスラスみたいのも、まだ残っているのだろうね。」スラスに言いつつ、それは自分に問いかけた言葉でもあった。「そうでなければ、既にスクラップの山の一部になっているだろうさ、社会の歯車の一つとなり得なくても、たった一人でも何か有用性を与える事ができたからこそ、まだスラスは此処に居られると思うよ。」


「マスターもそんな事を言ってましたよ。もっとも、彼が私に求めているのは、自然の中で遊ぶことの楽しさを、深さを多くの人に知って欲しいという事でしたけど、残念ながらそれほど多くの遊びを私は提供できませんしから、用の無い時は、サスペンドにされちゃってます」


「まぁ、今は私の話し相手としてしっかり、役目を果たしてくれているよ」


「アンドロドの愚痴を聞いて楽しんでくれるのは旦那くらいだけですね」とスラスはできあがった料理を鍋ごと私に渡した。


「今日は、良い日差しがありますから、エネルギーの充填日よりです。今日は一日ここで停滞していいですか?」


「いいよ、これを食べたら私は魚でも捕ってみるよ」


「採れることを祈ってます」そういうと、アンドロイドは自分用のタンクの水をごくごくと飲み込み、胸にある蓋を開けると中から、一本のコードを引っ張り出して、カヤックに付けられたプラグに差し込んだ。


「水を電気分解しているのかい?」


「そうです。水素はたっぷりありますけど、もしもの時のために予備タンクにも充填しておきたいので」


「メンテナンスを除けば、水と日差しさえあれば君は、とてつもなく長生きできそうだね」


「そのメンテナンス費用がバカにできないですよ、特に私なんてかなり年数が経ってしまって、部品の調達が難しいとか言われてます。どこか壊れたら部品を手作りしてもらうか、中古のボディに基幹部を移植しないと、それだってインタフェースが合うボディがあるとは限りませんしね」


「大サービスでもしれくれれば、私の財布の紐が緩くなって、君がちょっとは修理できそうな金額を出すかもしれないよ」


「そりゃ、無理ですよ。ただ出来る事はいたしますので」


「それが一番大事だね」と私は、潜りの準備をして、透明感のある海の中に潜ってみた。

 魚影は、あちこちに見られたが、私の下手くそなヤスの的になってくれそうな、魚は居なかった。一度、浅瀬に向かってくる、大きな魚影をみかけ、思わず海底に身を寄せると、馬鹿でかい口を持った、生物が近くを徘徊してまた深みの方に去って行った。その姿を一度みただけで、二度と海に潜る気が失せてしまった。


 ボウズのまま陸に上がり、アンドロイドの側によるとカヤックのコックピットの中に、食いでのありそうな魚が、ぴくぴくと跳ねていた。


「これ、捕まえたのかい?」と訊くと


「まさか、さっき大きな捕食動物が近くに来たときに、こいつが勝手に打ち上がってきたから捕獲しておいただけです」


「なんてこったい」私は苦労の挙げ句に、何も得ず。スラスは、まさに濡れ手で粟ってとこだ。私は、電気分解を続けているスラスの横に座った。


「良い天気だね。うねりも風もない」水平線は、まっすぐだし、白い雲が青い空の下でのんびりと漂っている。これを暇だというべきか、ぼんやりを楽しんでいるというべきか。 スラスも私も、会話らしい会話もせず、海の音だけを聞いていた。それに倦んでくると、私はビーチコーミングを始め、波で洗われた生き物のなれの果てを集め、それをスラスの前に広げて見せた。彼にそれらの生き物の生前の姿や名前を訊いたが、彼の知識にはそういうものが乏しかった。ただ、その中でも綺麗なものを見つけると、小さい穴を開けて、紐を通して私に渡した。


「未開人のネックレスです」私は、それを受け取り首にくくりつけると、タイドラインに打ち上げられていた一本の木の枝を持って、それを振り上げて雄叫びをあげながら、浜辺を駆け回った。スラスが、手を叩いて喜んだ。まるで、阿呆丸出しだ。


 息を切らせて、スラスの元に戻ってくると。彼は、一人で砂山を作っていた。私も彼の作業に参加し、それを大きくするとてっぺんに、短い木の棒を立てた。

 スラスは、砂の山を抱え込むようにすると、ごっそりと砂を持って行った。棒は倒れない。私も、負けじとばかりに砂をごっそり山から除いた。山にヒビが入ったが、棒は天を向いたままだ。そうやって最初は、たっぷり、後になって少しづつ砂を山から取って行った。最後は、棒が傾き始め、臆病まるだしで指先で砂を取っている始末だ。

 結局、負けたのは私だった、賭けるものが無かったのが、残念だったねとスラスに言ったが。彼は、返事に困ったようだった。


 私は、日が暮れる前に、スラスが掴まえた?魚の様な生き物をたき火で焼いて、塩味で味付けをして食べ、またしてもお湯で戻したオートミールに、魚の身をほぐしたものを入れて多少は食いでのあるものにした。


 寝る前に、素っ裸になって近辺を泳ぐと、海の水を掻く指先で夜光虫が輝く様に、我ながら見とれて泳いでいたものだ。後で、スラスが言うには、近くを危険な生き物も徘徊しており、多分もう少し深い場所に行っていたら、襲われていましたよと、あっさりと言ってのけた。


 朝は、早くからスラスは折角設営したタープをたたみ、カヤックの横に備品の山を築いていた。


「今日は、他の島に行くんだね」私は、スラスが淹れたお茶を飲み、行動食として用意されていた、スティック状の食料を飲み込んでいた。


「はい、どうやら低気圧が発生しそうなので、避難可能な島に行きます。」スラスの言葉の通り、浜に打ち寄せる波は、穏やかなものでは無くなっていた。


「そんな島があるのかい?」


「はい、風よけには丁度よい形をしている島です。」


「此処にいたら危ないのかい」


「風が直接入りますから、タイドラインより上に波が来ます。」

そう言われ、森の方をみれば、タイドラインと木々の間はそれほど広くない、だからと言って森は木で充満していて、入り込む隙間もない。


「仕方ないね」私は、彼の作業を眺め、荒れつつある海に入り、カヤックを抑える役目を想像した。私には、どうやら予知能力があるのだろう。冷血漢の声が「旦那、カヤックを抑えてください。」と聞こえた。


 三人艇の良いところは、なんと言ってもその安定性だろう。風に煽られた白い波頭を、ものとせずに進む。ただ、バウを漕ぐ身にとっては、風で飛ぶ波しぶき、波に乗って弾んだバウが波間に落ちて飛ぶ飛沫、それら全てが顔にかかってくるし、アンドロイドのすばらしい漕力があるとはいえ、向かい風ともなれば、パドリングはかなり疲れる。


 朝に出て、昼はカヤックの中でまたしても行動食、下の用は、カヤックから降りることも出来ずに、コックピットの中で自然に身を委ねて放出。


 最後の難関は、ラグーンに囲まれた浜辺だった。一気に浅瀬になっているそこでは、波は高く持ち上がり、そして波頭が崩れて落ちる。


 そこを進むには、波が来ないタイミングを見計らって、一気にラグーン内に入る必要がある。にも関わらず、よりによってアンドロイドは、高い波に見事に乗ってサーフィンをして突入した。


 崩れる波にもまれる小さなカヤック・・・バウ沈・・・という言葉が、記憶の中から湧いてきた。しかし、アンドロイドは見事に操船をして、カヤックを浜辺につけてみせた、浜は、Uの字をしていて、浜辺の周囲は高い崖によって風の侵入が防がれ、なにより浸食のためか、右側の崖には背丈ほどある洞窟が穿かれていた。シェルター付きのプライベートビーチだ。


 カヤックの荷を降ろし、カヤックを二人でタイドラインより上まで上げ。すっかり疲れ切った私は、砂浜の上で大の字になって倒れた。


 スラスは、タープは立てずに、テントなどの荷物を持って洞窟に向かった。きっとよほど今夜は荒れるのだろうと思われた。


「旦那、どうやら低気圧の影響は暫く続きそうです。しばらくこの島で停滞します」

洞窟に荷物を置いてきたスラスは、私にそう告げると、タイドラインに打ち上げられた流木を片っ端から集め始めた。こっちはお客の身分ではあるが、黒雲が湧いてくると流石にスラスが必要以上に流木を集める意図が分かってきた。

 私も、小さい流木を集め始めては、それらを洞窟の中で積み上げた。


 スラスの言葉通り、風は強まり、海はラグーンの中でさえ荒れた。しかし、浜が弓の様な形状をしており、周囲は高い崖で遮られていたため、強風に悩む事はなくても、横殴りの雨が降り続いたために、私たちは洞窟の中で過ごす他無かった。


 洞窟の中では、たき火台の流木が火がちろちろと燃えてきた。その光から逃げるように、姿が気持ち悪い生き物が目に映った。アンドロイドは、その生き物をどうこうする気がなさそうなので、多分害は無いのだろうと思ったが、胴体が長かったり、足が沢山ある生き物には、どうしても不快な気持ちが付いて回る。


 漁はできないので、私の食事は簡素極まりなく、外にも出られないので、遊ぶという気分にもなれない。


 スロスは、自分の荷物の中から、冊子とペンを取り出しでなにやら書き物を始めた。

「何を書いているんだい?」アナログな所作を始めた彼に訊いてみた。


「日誌です、航海に出た場合は、付けるようにマスターから言われていました。何かあった場合に役所に提出するものだそうです」


「君自身のデータが航海日誌そのものになりそうだけど」


「媒体が紙という、決まりごとがあるそうですよ」


「それだったら、終わってから書いてもいいのに」


「それはいけないそうです」


「ふうん」なんて融通の利かないお役所、そしてアンドロイドだろうと思いながら、ふと思いついた事があった。


「紙とペンはある?」とスロスに訊いた。


「ありますよ」とスロスは自身の防水バックの中から、葉書サイズのスケッチブックとそれとセットになった水彩セットを渡した。ちびた鉛筆も入っていた。


「マスターのですけど」


「色鉛筆とかは?」水彩は苦手だ・・・


「ありません」素っ気なく即答された。こういうセットがあるということは、マスター自身、暇な時には小さい絵でも描いていたのだろう。


 私は、水彩セットを持って、洞窟の入り口付近に陣取ると、下手とは思いつつ、荒れた海の絵を描いた。写真も良いが、自作の絵も暇潰しになるし、良い思い出になりそうだった。


 しかし、嵐はなかなか過ぎず、海の絵は一日で倦み、あやしい生き物をスケッチすることにした。後で、惑星の生物学者にでも見せてあげたいほど、自分でも良く描けた。


 晴れが来ないため、スロスは貯め込んだ水素を使う一方だ。そのため、省エネモードになった彼の所作は名前の通り鈍く、ほとんどスリープ状態に陥った。

 

 ようやく晴れ間が見えると、スロスは一日中電気分解を行い、私は、浅い場所で泳いだり、日光浴をし、海の生き物を突いた。


 その翌日も素晴らしい天気であり、スロスはどこへ行きましょうかと訊いた。

「この晴れ間の後、天気は何時崩れる?」と逆に私はスロスに訊いた。


「三日後に、低気圧の影響があります」


「そっか・・・じゃあ、戻ろうか」私は、崩れた天気の中での停滞だけは、もう経験したくなかった。



 店は、相変わらずの状態で、ドアもあっさり開いた、ただ店の主人は不在で、どこか寂しい感じがした。


「主人は何時帰ってくるんだい?」と支払いを済ませてスロスに訊いた。


「さぁ、何時帰ってくるのやら」と返事をした。「かれこれ30年ほど一緒に商売をしていますけど、こんなことは初めてで」彼は、カードを処理すると、「またのお越しを」と言って、テーブルの上の地図を指した。

「今回、行けたのは、このルートです。まだまだ見所はありますよ」


しかし、私の耳は彼の説明を訊いていなかった。


「30年も?見た目30歳くらいじゃあないか?」

「さぁ、そういう方もいらっしゃるでしょう。この30年、容姿に衰えがないですね」


「マスターがどこへ行ったか知っているか?」私は、耳を疑った。彼の後を追いかけてみたくなった。


「ノード103ということしか判ってないですね」スロスは、室内に転がっている荷物の一つを奥に運び始めた。私も、ノード103へ行く気まんまんとなった。


「こんにちわ」と吸い付き女がやってきた。「お迎えに来ました。」


 私の、好奇心は折れた。それどころか、中央から明後日のノードに行くように

指示まで出されてしまった。私の自由は、指示さえなければ保証はされていたが、思わぬ例外が発生したようだった。そこへ行けということは、其処以外には行くなという事を意味している。


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 あれから、何十年か、ようやく私は自分の血を分けた子孫がやってきたノードに

辿りついていた。ただ、そこから先は更に別のノードを進んでいなければ、行く先は一つのコロニーだけだった。ただ、そこに行く船がずっと出ない。


 焦る気持ちはなかった、あればとうの昔に此処に来訪している。


目をつぶり、過去に思いを侍らせているあいだに、検査は終わった。

「宿にお連れしましょう」吸い付き女が、細い手を私に差しのばした。ドラマ中から、その手を払い自分で起き上がるべきだろう、しかし私はその手を掴んで腰を上げた。私は、正義の味方でもなければ、悪の首謀者でもない、ただ長生きをしているだけの一般市民に過ぎない。

「そういえば、伝言があります。」吸い付き女が、私の腕を引きながら言った。


「何?」


「ノード1に戻ってください」




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