↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

検診

 宿に戻ったが、妙な不機嫌さが腹の中でごろごろと唸っている感じだった。その原因はモルティメであり、香良守という居酒屋のせいでもあった。その塊を融解するには、酒でも優しい言葉でも無さそうだった。


 -多分、動く事だろう-と思った。しかし、幼少期に身についた、流れに身を任せ、人の顔色を伺い、自発的な行動に出るのを嫌う傾向は、どんなに長い間生きていても、失せることがなかった。


 だから、敢えて女将に言う-酒を-と。今は、置き所のない気持ちを酒で、麻痺させるしか無かったからだ。


 翌朝、生ぬるい湯たんぽを抱えて階下に降り、それをレミにそれを返すと朝食を食べる為にテーブルに着いた。厨房で、レミが働いている間に、シドがコーヒーを淹れて持ってくると、私のテーブルに置いた。


「おはよう」と彼は、挨拶をした。その時、私はどれほど驚いた顔をしただろう。いきなり彼は、変わってしまった。実際のところ、みすぼらしくて酒に溺れている彼の姿を見ているのは、辛い反面、相対的な自分の優位性みたいなものを感じていた。

-私は、やつよりはずっとましな男だ-その想いを内に秘めていたものが、崩れていった。


「どうも・・・」と小声で挨拶を返すと彼はきびすを返して行った。いきなり真面目な態度で接しられると、こそばゆい気がした。カップを口の前にもってゆき、一口飲む。コーヒーの香り、味、色。良く出来てはいるが、何時もの調理プリンターで作成されたものだ。-どこのステーションでも、そうあるべきだ。-私の中にしみこんだ地球のプロパガンダが囁く。多額の税金によって作られたステーションは常に地球に対しての利益を生むべき存在であるべきだ。地球あってのステーションは地球に敬意を払い、従属しなくてはならないのだ。


 だが、ステーションに生きる人々が自立しようとする姿には、驚きを覚え、応援もしたくなる。私は、地球政府に寄生しなければ、生きてはゆけない。地球政府もまた、私の遺伝子を持つ子らを必要としているのだ。その繋がりを切る事は、私には出来ない。だが、ここには、地球とのしがらみを切るために、自由に生きるために、動いている人々がいる。多分、そういう彼らがうらやましいのかも知れなかった。

 そう、私は貧しくても此処で前向きに生きている人に嫉妬を感じているのだろう。


 やがて、細胞を培養して作られた小さい肉の塊を焼いたものと、目玉焼きが運ばれてきた。卵は鶏の子宮のみを生かし続けている培養槽で作られたものだろう。しかし充分に旨い。

 

「相変わらずねぼすけだね」レミが、グラスを両手につかんで持ってきた。ひとつを私の前に、ひとつを私の対面に席に置いて、レミは席に着いた。


「奢りかい?」私は、グラスを手にして訊いた。


「まあね」レミは、くいと一口飲んだ。


「ありがたく頂くよ」と喉に入れると、濃いめのアルコールが喉を焼いた。昨日、口にしたビールの味が貴重な記憶のように蘇った。


「昨日は、どこで飲んだ。」レミが訊いた。


「忘れた」私は、しらじらしく答えた。


「お前さんは、二度と行くべきではないと思う」レミは、グラスを両手で囲いじっと私を見た。「私が見ていなくても、チョコは頭の隅で貴方を監視しているからね」


「レミ、あんたはどう思う?」


「どう思うって?」


「このステーションだよ。ゆっくりとだろうが、自立しつつあるようだ」


「生活が徐々に豊かになるだろうね」


「それだけじゃあない」私は、グラスに残ったものをあおった。


「豊かになり、地球からの物資さえ不要になったとき、酸素税に対する不満が起きるだろうね・・・地球も、水や酸素や窒素といった生きるために欠かせないものを送ることで、ステーションを配下に置き、政治的な優位にあることで安定を保ちたいだろう・・・それが崩れる兆しが此処にないか?」


「今は、兆しさえ見えないよ」レミは笑った。「それは、まだまだ先の事になるだろうね、尤も他のステーションでは分からないけどさ」


「混乱が、宇宙に広がると私の行く場所が狭くなる」私の血液の中を酔いが巡ってきた。「それは、困る」


「あんたが、あっちこっち歩き回っては、その都度中央に報告して居ることは知っているよ。私たちの仲間うちでは、あえて言わないだけで知れ渡っていることだよ」


「・・・」


「あと、あんたがここから先に行きたい理由もほぼ分かっている」


「・・・」


「あんたの血縁者が集められているからね」


そこへドアが開いて、目が大きくてもじゃもじゃした髪の痩せた女が入ってきた。

-吸いつき女だ-私は、思わず席を立とうとしたが、酒のせいか体が重い。

それを、レミがにやにやして見ていた。

女は、私の側に早足でやってくると、すてきなソプラノの声を奏でた。


「検診に参りました。」


「だってよ」とレミはまだにやついていた。


「レミ、あんた、酒に・・・」私がレミをにらみつけると、女性は、レミに軽く会釈をした。「確保、ありがとうございます」


「ああ、ここでさんざん飲んでいたから、肝臓を含めてたっぷり検査してやってくれ」レミは、女性に向かってグラスを掲げた。「地球政府に乾杯だ」


「さぁ行きましょう」女性の声は、美しくそして、抗えない力を持っていた。女性のあだ名は私が付けたものだ。-吸いつき女-コクトーの作品のポトマックに登場する女だ。

 ふらふらとした足取りで、体重を女性に預け、ホテルを出ると小さなタクシーが止まっていた。その後部座席に押し込まれるように乗ると、女性は隣に座った。


「D駐機場に行ってください」と女性は、行き先を運転手に指示した。


 迷路の様な、通路をタクシーは器用に移動を続け、やがてDと書かれた扉の前で止まった。女性は、支払いをすると、先に降り、私が座っている側のドアをあけて私を引っ張り出した。まだ、脚がおぼつかない、逃げる事も無理だろう、そしてあっという間にタクシーは遠ざかり、Dのドアが開いた。大きな透明の壁の向こうには、格納庫に係留された何隻もの宇宙船が見えた。気がつけば、脚がおぼつかない訳が、酒と混ぜられた薬以外にあることが分かった、重力が弱いのだ。その透明な壁の手前には、移動用の手すりがゆっくりと一方向に向かって動いていた。


 吸いつき女は、私の手を握り床を蹴って手すりの方向にふわりと跳んだ。私は彼女に牽かれるままに、移動するだけだった。彼女は、手すりを掴み私は、手を掴まれたままふわふわと宙を移動して行った。


 ドックは、円形をしており手すりは、その外周を周っているようだった。船が係留されている部分には透明な壁はなく、その換わりに無骨な金属の壁とハッチの入り口が作られていた。やがて彼女は手を放し、慣性と遠心力のまま反対側の金属の壁に飛ばされた。

 その壁に取り付けられた、手すりを彼女は掴むことで彼女は停止したが、私は壁にぶつかることで停止した。


「あら、ごめんなさい」と吸い付き女は、形式的に詫びた。そのまま手を引いて、動かない手すりを使って前進しながら、D8と記載されたハッチの前で止まった。するとハッチに[ID?]と言う文字が浮かび上がった。彼女は、やっと私の手を放すと、ポケットから細い棒状のものを取り出し、それを自分の鼻の中に入れてから、ハッチにある小さな穴に突き刺した。[ID?]という文字は消えて、替わりに土星がぐるぐる回っているようなアニメーションになり、最後に[OK]という文字になってから、ハッチが上に持ち上がって開いた。


 私は、ふたたび彼女に手首を掴まれ、誘われるままに中に吸い込まれた。そしてハッチが閉まると、私たちが入った部屋がゆっくりと下降を始め、再度ハッチが開くと、そこには、上下左右が蛇腹状になっている通路があった。その中を蹴っては跳ぶ動作を繰り返しながら、彼女は奥に進み私も見よう見まねをすることで、蛇腹の床に足を取られないようにした。


 その蛇腹の通路が、終わったところが宇宙船の中だろうなと、分かった頃には、ぼんやりしていた頭がようやくしっかりしてきた。それは、吸い付き女にも伝わったようだった。

「時間は取らせませんから」と彼女は、私の背を押して先行させた。船内に設けられたいくつかのハッチを抜けてゆくと、やがて右側のドアにドック室と札が付けられた部屋があった。

「そこに入ってください」と彼女の指示に従い、中に入ると。ジーというロックをする音が聞こえたが、扉の方を振り反る気も起きない。

 部屋の真ん中に狭いベッドが置かれその周囲には、多種多様な機械が、丁寧にプローブを巻き取られた状態で、待機していた。


 どの装置も、あまり見たくはないものばかりだ。それでも、子供の頃に行われた検査と呼ばれたものに比べれば、苦痛が無いだけましだ。


「裸になってベッドに寝て待っていてください」吸い付き女は、私に指示を出してから、部屋の横にある小さいドアの向こうに消えた。


 私は、仕方なく服を脱ぎながら、衣服を入れる籠が無いことに気がついた。そこで彼女が入った部屋のドアをノックをして「脱衣籠がないけど」と訊くと。


「ベッドの下が衣装ケースになっています」と返事が返ってきた。

なるほど、ベッドの下にはいくつかの引き出しがあった。今まではベッドの形をした検査機みたいなものだったので、見過ごしていたようだ。


 衣類を全てケースに入れ、ベッドに仰向けになると、シュッという音がして肘から腹部にかけて、ベルトが通され私は見事にベッドに拘束された。ベッドの機能が無くなったのではなく、小型化されて空きができたのだろうと分かった。


 女性は、首から下を銀色でペイントしたかのようにピッタリと皮膚に密着した衣類を着て現れた。片手には銀色のヘルメットを持っている。


「では始めますね」とそのヘルメットを被ると、まるでロボットの様だ。


「ナノプローブを体内に注入します。ちょっとチクッとします」そして腕をアルコール消毒してから、針が差し込まれた。「プローブは、あとで小水と一緒に排出されますから、ご安心を」これは聞き慣れた言葉だ。


「体に、センサーを取り付けます。」と言って彼女は、周囲の機器から伸びるケーブルの先を私の全身に取り付けた。あちこちで機器が小さい音を立て始めた。


「精液の搾取をしますね」そうして、私の視界をゴーグルで覆い、頭や性器に機器を取り付けた、私の意思に関係なくペニスが勃起するのを感じた。私の性器に何かが被られるのを感じた、私の記憶があやまっていなければ、搾乳機のようなものだ。


「搾精機を動かします」耳元でカチリと小さな音がすると、射精が勝手に始まった。それは、一度ではなく、出なくなるまで繰り返し行われた。


「俺の精子はどうなるんだ?」その問いに彼女は答えない。

 搾精された精液は、冷凍保存されやがて、誰かの卵子に出会うことになる。しかし、私は生まれた子に逢うことはない。子供たちはどうなるのか?それを、何人もの吸い付き女に訊いた事があった、しかし答えは何時も無かった。何時ものことだ。


 しかし、情報というものはおかしな所から漏れる事がある。全くの偶然に。


 あれは、何時の事だっただろうか?長く生きていると、過去の記憶が正しくソートされていない場合がある。その中に埋もれている記憶の一つだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。