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居酒屋香良守(からす)

 懐かしい記憶が夢となって蘇り、そして目覚めた。部屋はうすら明るくなっていた。

-自由か-その言葉の意味を考えていた。私を構成している遺伝子は、人間をベースにして改竄されたものだ。それは、私の子にも伝わる可能性も大いにあるものだ。


私の自由…本当にそれはあるのだろうか…何処に行っても居場所を追跡され、期間毎に体の隅から隅まで強制的に検査され、私にさえ分らない家系図を作っている組織の上でずっと踊らされ続けているというのに。


 自由?それは人間に与えられるものだよ。誰かが笑って言った。君は本当に人間かい?ああ、たしかに君は人間としても権利はあるよ。でも、君はいつまで経っても、一体の実験動物なのさ。非常に長生きのね…それを研究する俺たちの事も分って欲しいね。


 夢見が悪かったせいか、起きてから食堂のテーブルについてぼうっとしていた。考え事なんてらしくないねと女将に言われて、朝食に、クロックムシュと、ワインが勝手にテーブルに置かれた。

 こんな日は、さっさと宿を出て朝からやっているバーにでも入り浸っているのが良さそうだ。


「おはようございます」と横から丁寧で静かな声がした。ミスター・モルティメだった。

「おはようございます」と私も返事をした。


「お時間はありますかな?」とミスター


「ええ、たっぷりと」と言ってから、しまったと思った。飲みに行く時間を奪われてしまうかもしれない。


「では、失礼をして」と私の前に彼は丸っこい体を椅子に沈めた。


「実は人を探しています。」と彼は、言った。「貴方の同族です。」


「流石だね、もう嗅ぎ当てた」と私は、ワインを飲んだ。「ウジューヌと吸い女でも呼んであげたいね」


「私はモルティメです。破壊は、創造の糧です。どこですか、あの女は?此所に居たことは嗅ぎつけて来たのですけど、どうやらこのノードには居ないようだ」


「得意のその鼻で嗅ぎ当てたらどうだ?」私は、クロックムッシュを口に入れた。「私は、お前らの犬じゃあない」


「ええ、そうです。貴方は自由です。自由な意思で何処にでも行ける。政府から補償も受けている。私達が探している方も、貴方と同様な補償を受ける為には、私達、モルティメによる認証が必要なのですよ」


「私が言わなくても、お前なら分るだろ?」


「ええ…時間が多少掛かりますが…おや、今報告が入りました。」彼は、目を閉じて暫くじっとした。そして、再び目を開いた。「そうか、惑星に下りたのですね。妊娠していたとは、好都合です」


「チップを埋めるのか?」


「もちろんそうです、あなた方は、必要に応じて招集されなくてはなりませんからね」


そうして、彼は、婦人と伴に外出をした。



「あれが、モルティメかい」と女将が言った。「本物を見たのははじめてだよ」


「俺は、飲みに行くよ」私は、残った食材を口に急いで放り込むと、ワインで流し込んだ。「気が滅入ってきた」


☆


 何処まで行っても、薄暗く湿っぽい路地が迷路の様に続く中、珍しく袋小路に入った。居住区と繁華街の境のようで、人家として作られた構造物の間に、ぽってりとした提灯をぶら下げている建物もあった。そんな中に人家の様に見えるものの、扉に小さな札を下げている店があった。


”香良守 営業中”という札だ。はて香良守とはどう読むのか?端末で読み取らせても、漢字というだけで、翻訳が出来ないと表示してきた。


 ただ、喧噪に溢れた店を避けたかったので、私はこの店の扉を開けた。予想通り静けさに支配されているような店内だった。


 それと同時に「いらっしゃいませ」と明るい声が耳に届いた。LEDの間接照明の中でL字型のカウンターの向こうで、細身で紙を短く刈り上げた女性が、濃いめの色のエプロンをしてグラスを拭いていた。カウンターには、二人の男性が席を一つ空けて座っていた。奥の方には、二人席のテーブルもあるようで、女性が二人で静かに会話をしていた。

「お一人ですか?」と掛けられた問いに私は、頷いて返事をした。


「お好きな席にどうぞ」と言われたので、奥の端に腰掛けた。背中の方で二人席の女性が、ふと私の顔をちらりと見た。


「お飲みものは、どうしますか?」店主は、私の前にやってくると、笑みを見せて訊いた。近づいて来て初めて分ったが、エプロンは紺碧色に染められ、その中に月の表面を模したような絵が描かれていた。その月の上端に小さい文字で「The Moon Is a Harsh Mistress」と記載されていた。


「スピリッツが欲しいのだけど」と言うと。


「割りますか?」


「いや、ストレートで」という私に背中から声が掛かった。


「折角この店に来たからにはビールがお薦めですよ」

私が振り向くと、席の女性が薄いピルスナーグラスを持ち上げて笑みを見せた。その中に黄金色の液体が輝いている。


「ビール?まさか、そんなものがあるわけない」


「どうなさいます?」とミストレスがカウンターの中から、訊いた。私は、注文を訊く彼女と、後ろのピルスナーグラスを交互に見ながら逡巡していた。


「輸入しているのですか?」私はカウンターで笑みを見せているミストレスに訊いた。もしそうなら、結構な値段だ。


「いえ、この店の裏で醸造しています。貴方は、ここの住人では無いのですね」


「ええ、旅の途中で船が故障しているとの事で、この先に行けないので、ここで立ち往生しています。しかし、ステーション内で穀物由来の原料からの醸造は禁止されていた筈では?」


「まぁ、そういう事になっていますね。」ミストレスは、笑みを見せたままだ。「ここ数年、小麦の供給が需要を上回ってしまい、倉庫も一杯になってしまったので、一部を特例により麦芽を作る為に払い下げて貰っているのです。ホップも園芸施設で作れるようになりましたし、管制官長の権限でこのノードステーションでビールが作れるように条例を通したのですよ」


「種類は?」


「IPAとピルスナーだけで、各2種類づつ。IPAは1号、2号、ピルスナーは3号、4号って呼んでます。まぁ作った順番ですね」


「しかし、そんな条例を作るなんて、中央から睨まれそうだな」


「ウチの管制官長、中央が嫌いですから」後ろから女性の声がして、笑い声が中で響いた。

「おいおい、俺だって中央から送られて来たんだぜ」とカウンターの男が、大声を出した。「ステーション自治で裁量可能な法律は知っているさ」


「あれぇ、管制官長…居たの?」座席の女性が、カウンターの方を振り返った。


「悪かったな、今は私人として居るんだ。静かに飲ませてくれ。そこの旅の人、折角この店に辿りついたんだ、先ずは1号をのみな。苦くて頭がしゃきっとするぞ」


「あの、じゃあ1号で…」と注文をすると、ミストレスは、後ろを向き壁際に並んだビールサーバーの一つに、膨らみのあるグラスを付けた。


「宵さん、私は3号」後ろの女性が、甘える様な声を出した。「おかわりですね」と宵さんと呼ばれたミストレスが頷いた。

やがて、丁寧な泡に覆われたビールが私の前に置かれた、いつの間にかビールの下にはコースターも敷かれていた。久しぶりのビールに胸が高鳴り、グラスを手にして淡い間接光をビールに当ててみた。濁りのある黄金色の中を、小さな泡が昇ってゆくのが見えた。

 それを口にすると、強い爽快感と苦みが口の中に広がった。


「美味しいです」思わずそんな言葉が、一口を胃の中に入れてから出てきた。


「ありがとうございます」宵さんが、言いつつ。細長いピルスナーグラスを持って、カウンターから出てくると、私の後ろの席の女性の元に置いた。


「これが一号ということは、最初に作ったのがこれと言うわけですか?」私は、カウンターに戻った女性に訊いた。しかし、応えたのはカウンターの管制官長という男だった。


「まぁ、試作品第一号の発展系でね。とりあえず長持ちさせるために、ホップを大量につけ込んでみたのさ、それでこんなに苦くなった。」


「貴方がこれを?」


「俺は、道具を揃え、指示をしただけさ。頑張ったのはこの娘と、此所には居ないが、2人のメンバーだけだ。」


「しかし、本当に大丈夫ですか?穀物管理法に抵触しているかと」


「あんたは中央の密偵なのかい?」


「まさか」


「まぁ、どっちでもいいけどな。重水素、穀物の種、野菜の種、果物の苗木、肉の培養装置で使う種肉、どれもステーション内で作る事が禁止され、中央で開発された安全なもののみが、使用可能だと?そういうもので、ステーションの首根っこを押さえ、言う事をきかす時代はもう終わりだ。惑星の住人には完全な自治が与えられ、こっちは中央の言いなりなんて、あり得ない。」


「また、始ったわ、管制官長のステーション自治推進案、そのうち中央から首を切られるわよ」後ろの女性が、言った。そして私の方に小声で追加した。


「あの人、前に居たステーションでやらかして、こっちに左遷させられたのよ。」


その足元が、たよりなげだった。代金を端末で支払うと、のっそりと店内から出て行った。


「管制官長、お酒あまり強くないのよ」と後ろからまた、声がかかった。「ステーション内のお酒って、みな合成酒でハードリカーばかりだから、嫌がっていたわ。」


「俺は、酔っ払う事ができればどっちでもいいさ」私は、長い間飲んでいなかったようなアルコール飲料の味を、記憶に残そうとしていたが、気がついたらグラスの中が空になっていた。


「おかわりで、いいですか?」宵が、すっと私の前に立って聞いた。


「いや、折角だから、ひとつづつ味見をしてみたい」


「では、2号にしますね」とグラスを持ち上げて、洗い場に放り込み、同じ形のグラスを手に取って別のビールサーバーの口がねに付けた。

 手元に置かれたその色は、前のとは変わり映えがなかった。しかし果物のような香りとより強い苦みを感じた。


「凄いな、苦い果物みたいだ」


「酵母が醸し出した香りよ、それに茶葉が加えてあるの」


「茶葉?ここで栽培を?」


「空気の浄化の為に使用される樹木は、ステーション内で決める事ができるわ、果樹も然り、麻やケナフでもね、必要なのは固定化した炭素を再び人の体の組織に取り入れる形に変換することね。葉っぱをどんどん採取するってその点結構いいのよ」


「その割に、お茶を飲む姿は見ないな」


「ここの住人は、お茶よりお酒だもの。それに、それでこっそり外貨を稼いでいるのよ。紅茶にしてね」


「そのうち、お茶を積んだ宇宙船が、襲撃されないかね」


「まさか、まだこじんまりと通販してるだけだもの、いずれビールも瓶に詰めて売ろうかしら」


「だめよ、私の飲み分が減る」後ろの女性がわめいた。「それだけは反対」


「大丈夫よ」宵が笑顔で応えた。「それほど量産できていないから」


「量産しなくていいから」と後ろでまた声が上がった。「このままが一番」


「そうね、今の設備のままでは、お店で出すのが精一杯だわ。空間も少ないし」


「ステーションも徐々に自立しているのですね」私は、じっと濁った液体を見ながら言った。「何かおつまみになるものが欲しいな」

 すると宵は、カウンターの隅にある棚から密封容器をとりだし、その中のものを小鉢に分けて、私の前に置いた。


「ビールといえば、ソーセージと枝豆ですけど。ソーセージは全部食べられてしまったので、枝豆になります。」


「枝豆?」


「知りません?」


「あ、いや知っているけど、こんなものまで育てていたとは」と鞘の中の豆を口に入れて噛むとほどよい塩味と、豆の甘味が広がった。


「窒素を土に固定させるためには最適な植物らしいです」宵がグラスを拭きながら答えた。


「既に水耕栽培ではないのか、ここはかなり古いステーションなんだね」


「私も、私の両親も此所で生まれました。」宵はグラスを棚に置いた。


「それを言うなら私もよ」後ろの女性達が言った。「もういい加減、酸素税を軽減して欲しいわ、このステーションはもう自立しているのに」



「それは無理じゃないか?」私は、後ろを振り向いた。「ステーションの作るだけでも、破格な税金が投じられている。そしてステーションの収入源と言えば、宇宙港使用料と、観光客が落とす金銭ぐらいだ。」


「百年以上経っても、またその費用が回収できないの?」


「回収した費用で、新たにステーションを作ったり、改修とかしているしね」


「だから、ある程度自給自足が成り立つようになると、輸出を目論む事になるのよ」宵はカウンターの中で、ピルスナーグラスに黄金色の液体を注いで、一口飲んだ。


「惑星からの輸送費用はかなり高く付くけど、ステーションからだとそれはかなり抑えられるのよ。CH。ギャラクシーはそのもっともたるものだわ、各ステーションだけでなく地球にさえ出荷して、高い利益をあげている。」


「あれは、特殊なケースだ。地球は、多くのステーションから税金を吸い上げ、酸素や窒素、植物の種子を高い値段で売りつけることで、利益を得ているんだ。お前さんらが他に利益を生めば、それに税金をかけてさらに多くを搾り取る事に知恵を廻すだろうな」


「おもしろい事を教えましょうか?」


「なんだい?」


「ちょっと遠いけど、この恒星系で大量のアンモニア氷床を持つ小惑星が沢山見つかったの…いずれ、地球のタイタンの窒素より安く他のステーションに供給できるようになるわ、そして氷もね!!」


「だから?私は、ただの旅行者だ。」私は、心地良い積もりでいたこの場の雰囲気が、好ましくないものに変わるように思えてきた。しかし、あともう2種類のビールにも興味があった。


「お勘定をしてくれ」私は、再度この店を訪れる時に飲めば良いと思って、椅子から立ち上がった。


 ビール2杯にしては、割高な金額が請求された。


 店を出ると、その扉の形、そして辺りの様子を頭にたたき込んだ。ほろ酔いにさえ至らぬまま道順を覚えた。

 

 多くの店や住居。当初、どこのノードステーションも宇宙花から出入りをする宇宙船の管理をするだけの施設だった。それらの施設を管理する人々、その人々の生活を支える人々が増え、やがて惑星との航路が起動に乗り出すと、商人もノードステーションに居着くようになる。やがて近くへの星系への航路も開かれ、旅をする人、ステーション内で留まる人々も増え、ステーションは、スズメバチの巣が拡大してゆくように、外装の周りに住居施設や、農耕施設、工業施設を増設しながら拡大してゆく。


 行き当たりばったりで作られたそれらは、ステーションを複雑な構造に変えてゆくのだ。従って、ステーション内で通路を覚える事は非常に大事な事だ。私は、女将の宿から徐々に行動範囲を広げようと考えていた。少しづつ、私の好奇心が水面に放たれた石から広がる同心円のさざ波のように、広がろうとしていたからだ。

 このステーションには、危険な・・・しかし素敵な香りが漂っている。



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[一言]  居酒屋香良守=いざかや こーらす?
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