幕間1
夢の中、私は子供だった。バイオハザード特別隔離衛星の中で、私は生まれ育った。父も母も居ない。遺伝子操作されて生まれた私は、誰かの夢と希望を託されたデザイナーベィビーというより、どちらかと言えば、実験動物みたいな扱いだったと、後に聞かされたが、当時の私は何も知らない子供に過ぎなかった。
毎日毎日、研究者達から血液を取られ、穿刺で細胞を取られ、泣き叫ぶ日々だったのは覚えている。しかし、それは私に科せられた日課であり、部屋の隅に逃げ込もうが、必ず捕まえられた。
彼らが何を私に求めようとしたのかは分らないが、顔さえ見せない防護服を着た連中は、落胆のため息を何度も吐いた。
食事の仕方、話し方、生活の仕方を教えてくれたのは、清潔なアンドロイドだった。私の知っている唯一の世界-真っ白な壁で覆われた部屋-から出る事は出来なかった。小さく清潔な部屋が宇宙の全てだった。防護服を着てやってくる連中は、私に痛みをもたらす異邦人であり、部屋の外の世界には私に痛みをもたらす連中であふれかえっているのだと思っていた。
痛い思いはしても、部屋の外には関心を持つ事は考えられなかった。それどころか、如何に彼らに諂い、痛い思いを軽減できないかを考える日々だった。
多分、余計な知恵を付けさせないためだろう、アンドロドが教えてくれる境域は、読み書きと話し方だけだった。その読み書きを有効に活用するための本は与えられなかった。しかし、教育上必要だということで、ホワイトボード一枚と先の平たいペンだけは、与えられ、文字をそれに書いて練習をした。
それらは、彼らと私の間で意思を伝え合う為に、必要な教育だった。しかし、それだけの事だ。殴ったり、押さえつけたり、拘束具で縛る変わりに、彼らは、言葉で縛ることにしただけだ。その言葉に抗う事はできない。抗えば、必ず痛い思いをしたからだ。
「じっとしていなさい」
「袖をまくりあげて」
「お腹を出して」
「おしりを出して」
「ペニスを出して」
「これに、小水を入れて」
「これに、唾液を入れて」
「これに、精液を入れて」
「言う事を聞かないと痛い事になるよ」
「さっさとしなさい」
そして、時折彼らの何人かは悪態を付く
「失敗作め、そろそろ処分してやろうか」
「解体するぞ、この出来損ない」
「なんで生きているんだ。」
「お前を作るのにどれだけの予算が掛かっていると思っているんだ」
「脚を折って、再生実験してみようか」
「そろそろ廃棄処分にしてやろうか」
私は、暴力に怯え。彼らの言う事に従順になった。しかし、所詮私は要らない物であることは重々知っていた。ただ、死ぬという意味は分からなかった。居なくなる-それだけなのだと思っていた。
「だめだ、兆候がやはり起きない。いい加減処分する頃合いだな」壁に背を付け膝を抱えて座っている私を見下ろしてやりとりされる二人の会話の意味は私には理解できなかった。
「最近、人権団体がこっちを嗅ぎ回っているらしいぞ」
「これは、そもそも人間か?姿形はそうだが、遺伝子上では、異なる生命だ。作られた人工の生命だ。人権など在るわけが無い」
「しかし、最近法律の方が変わったらしい」
「あん?」
「ベースとなった遺伝子が人間のものなら、あるいは、決められた知性の存在が認められる場合、人権が認められるそうだ」
「じゃあさっさと、始末した方がいいな。」
「もう処分申請を出すか。ウチの事務方は形式ばかり五月蠅くて、申請が通るまで時間が掛かるからな」
「書いてくれるのか?」
「無理、お前が主担当だろ。今回、俺はあくまでもお前の補助だからな」
「ああ、面倒臭い。失敗した理由、今後の改善点、失敗により損失となった経費の算出までしないといけないんだぞ。」
「失敗と見なす客観的な理由や、添付すべきデータもあるぞ」
「このクソ生命体が!!」男が私の脇腹を蹴った。
「おいおい、処分前に傷を負わせるのは、違反行為だぞ」
「くそ、むしゃくしゃする」
私は、処分される日を待ちながら、検査を受け、食事をし、排泄をした。
何時もの男達は、何時もの様に私をなじった。
ある日、建物に軽い衝撃を感じた。何時もの男達がやって来たが、その後ろには、同じ格好をした、3人の人ついていた。
いよいよ、処分の日が来たと思った。しかし何時もの男達の様子が違った、両手を後ろに回し、首をうなだれていた。
後ろの防護服が静かに言った。「あなたは自由になったのよ」
自由?自由って何?




