阿呆星5
翌朝の朝食後、湖畔沿いに上流に向かうと、ひとつの大きめの小屋があった。リックは、その小屋の扉を開けると。クーパーを呼び、中に招き入れた。
やがて、1艇のカナディアンカヌーが、二人の男によって中から持ち出されて、湖の畔に置かれた。リックは、再び小屋に入り、シングルパドルを2本と、3つのPFDを持って出るとカヌーの中に放り込んだ。
「サトーさん、PFDを着てくれ」そう言われて、サイズが大きめのそれを、服の上から装着して、ベルトをひっぱり身にぴったりとするように着た。
「おや、漕いだことがあるのかい?」クーパーが、きつそうに同じものを着ながら私に言った。
「ええ、海を漕いだ事があります」昔、静かに過ごしたいと思って訪ねた島で、近隣の島々を巡りながら漕いだ事があったのだ。当然キャンプをしつつだが、私は今と同様にお客さんであり、ツアー中はずっとガイドの世話になりっぱなしだった。
カヌーを水に浮かべると、最初に荷物を積見込み、それから私達が乗った。前をクーパー、真ん中に私、後ろをリックという順番であり、私は、お客さんということで、パドルは与えられず、風景だけを見ていた。
クーパーは、力強く右側を、リックは左側を漕ぎながら、舵も取っていた。どこかで、動物の鳴き声のようなものが聞こえた。定期的に天変地異が襲ったとしても、しぶとく生き残る生命達も居るのだ。
「ここには魚は居ないのですか」私は、後ろを振り向いて言った。
「魚の様な物は居る。昨夜釣った奴みたいにね。ここには、地球の生き物は持ち込まない様にしている。人間以外はね」
「自然環境を守っているんだ。」私は感心した。
「いや、流刑地に対してそこまでコストをかける気が無いだけだ。囚人には、できるだけ早く死んで欲しいからね」リックはあっさりと言った。「しかし、彼らは彼らなりのこの環境に適応してきている。子供を作り、ちゃんと教育や躾を身につけさせてもいる。細々だが、食用可能な植物、薬草の畑を作り、野生動物の一部を手なずけ牧場のようなものさえ既にある。」
「食べられるものと、そうでないものは分っているのですか?」
「ああ、一応生物図鑑はある。ただ、定期的に天変地異が起きるだけに、数は多くはないな。」
ふうんと、生返事をしてそっと左側に寄り指先で水面を触った。冷たく気持ちがいい、さらに水底を見ようとすると、リックが「バランスがくずれるから、中央に大人しく座ってください」と注意してきた。
彼の注意に従い、指を引っ込めると、何かが指先にふれた。中央に戻って指先を見れば、血が滲んでいた。
「なんだろ」と、指先を口に入れて、血をなめた。
「どうした」とリックが訊いた。
「何かに触れたら指先が切れた」と答え、指先を彼に見せた。未だ血が出ている。
「もう少し手を出すのが遅ければ、指一本無くしていたかもなサトーさん」前で、クーパーが振り向きもしないで言った。「あまり見ないが、危険な生き物もいる」
「早く言ってほしいな」私は、透明度の高い水のその奥底を眺めた。そこに、未だ何かが潜んで私を狙っている気がした。
「常に注意深く行動することだ。自然現象も生き物も悪意はない、注意すべきは我々の方だ」リックは、言いながら漕ぎ続ける。
「悪意を持って危害を加えるのは、人間さまぐらいさ」クーパーが、笑いながら言った。
やがて、向かう岸辺に10人ほどの男女と子供の姿が現れた、みな茶色の服に身を包んでいるが、どの服もまるで袋に首と手を通す穴を空けたかのようなものだ。大人達は、手に槍のような物を持って立っているだけだ。
少なくとも、歓迎しているようではない、だからと言って威嚇してくる訳でもない。
「大丈夫ですか?」私はリックに訊いた。
「彼らは、何もしないよ。」リックもクーパーも口を揃えて言った。
上陸すると集まった人々は、私達を一瞥しただけで、どこかへと去って行った。私達もまた挨拶もしないで、彼らが向かった方とは反対側に歩く。対岸は、斜面が緩やかな所が多く、植物が、鬱蒼としていた。そこに、かろうじて道と認識できそうな、獣道みたいに草木が少ない所があった。
「挨拶とかしないのですか?」私は訊いた。
「互いに顔を見れば、分る。」リックが答えた。
「彼らに与える、物も情報もないのさ」クーパーが、あっさりと言ってのけた。「未開の部族にでも会うのとは違う。」
「じゃあなんで集まってきたのですかね?」
「単なる確認だろ。」リックが時折山刀で道を切り開いた
「追手を気にしているんだ。」クーパーが補足した。「犯罪者の中には、ここに送りこんだものの、カリスマ性が高すぎて、生きていること自体、国家にとって不都合な人材もいる。そういう奴は、この惑星で寿命を全うする前に、現世から居なくなって欲しいから、母国からこっそり暗殺者を送り込まれる事もある。」
「そんなこと良いのですか?」
「認めているわけがない、しかし、周知の事実ってやつさ」クーパーが、笑って言った。「こんな俺も狙われているみたいだしな」
その時、リックの携帯端末が鳴った。彼は足を止めて、端末に応答した。彼の顔に皺が増え、口調がきびしくなる。やがて、端末を切ってから、休憩だと言った。
3人で倒木に腰掛けた。真ん中に私が座った。
「さて、とんでもない追手が来た」リックは、ため息をついた。
「お前より上のスナイパーかい?」クーパーが不安そうに訊いた。
「もっとひどい、軍事演習の名を借りた、暗殺だな」
「軍事演習だと?聞いてないぞ。そんなの前もって通知するだろうが、俺は管制官だぞ」
そして、金属音が空中から響き渡り、炎の帯を纏ったものが幾つも落ちてきた。あれよあれよいう間に、それは地表に向かい、やがてパラシュートが開いた。
「もう来たのか、勤勉だな」クーパーは呆れた様に言った。
「相手は、地球軍だからな」リックは、ため息をついた。「何をしでかすか分らない」そして私を見た。
「サトーさん、悪いな。巻き添えになったらすまん、もし家族がいるなら遺言を残しておいてくれ」
「はぁ?」長い人生もやっとここで終焉できそうだったが、何か不満が残りそうな終わり方になりそうだった。
「そっか、ここに盾になる奴が居たか!!」クーパーがにこにこと笑いながら、私の肩に手を回した。「悪いな旦那、あんたの名前を借りるぞ。おい、リック、端末を貸してくれ」
「誰に連絡する気だ?」とリックはあっさりと端末を差し出した。
しかし、肝心の相手が出ないのか、クーパーはいらつきながら、結局メールを入力してから端末を返した。
「出ないのか?」リックは端末を受け取りながら言った。
「ああ、どこで何をしてんのか…」
「じゃあ、先ずは、少しでも距離を稼ぐかね」リックは、立ち上がった。「さぁ、とりあえず避難しよう、急がないと砲火に巻き込まれるぞ」
「住んでいる人は大丈夫でしょうか?」私が言うと、クーパーは立ち上がりざまに笑った。「やつらは、大丈夫さ、それにここに送られた時点で、月が落ちてくる事に対処して、あちこちにでかい穴も掘っている」
森の中を逃げ回っていると、やがてどすんどすんと大きな音が近づいて来るのが聞こえた。
「来たな」クーパーが言った。「このでかい音っていうことは、重殻機甲歩兵だな」
「森の中でじっとしてたら見つからないのでは?」私が荒れた息で言うと、
「ほぼ、こっちの位置は把握しているだろうからなぁ、まずはその辺り一帯をまんべんなく焼き払うだろう」とクーパーは、余裕で走りながら答えた。
「こっちに、シェルターがある」リックが、片手を回して叫んだ。そこにあるのは斜めに掘られた縦穴だった。穴の周囲は崩れ、岩が剥き出しになっているが、明らかに人工物だ。しかし、ここの住人にこういうものを掘削できるとは思えなかった。
私達が、奥に入るとやがて、大きな音と共に地響きがおき、天井から石や土塊がぼろぼろ落下してきた。
「ひでぇなぁ、こんなことをしたら、俺の生死も分らんだろ」クーパーが嘆いた。
「まぁ、居る辺りを徹底的に潰せば、ほぼ死んでいると確信できるという考えの元で行っている作戦じゃないかな」リックが天井を見ながら言った。
「しかし、こんな丈夫なシェルター誰が作ったのですかね」私は、ふと疑問を口にした。
「あんたも、こんな時によくまあ、そんな疑問を持つもんだ」クーパーが暗がりの中で何かを探りながら言った。やがて小さい炎がひとつ上がった。我々を取り囲む岩壁はあちこち崩れてはいるが、なめらかなガラス状の壁も残っていた。ライターの炎が奥を照らすと、未だ奥がありそうだったが、途中で崩れていて、その先には行けそうになかった。
「多分、この惑星に妙な月を配置した連中か、それに反抗するやつらか、いずれにしろ人類以外の手で作られたものだろうな」クーパーは、周囲を照らしながら言った。
「月を落とす仕組みを作ったり、あの便利な転移装置を作った知的生命は何処に行ったのでしょうかね」私は、かねてからの疑問を口にした。
「たまに、遺跡というか、化石というか、文明の残滓は見つかるが、そこから解るものは何も無い。種として衰退したのか、戦争なのか、疫病なのか。」クーパーは、懐から煙草をとりだし、辺りを照らすライターで火を付けた。「受動喫煙させて悪いが、上では煙草も吸えないのでね」そしてリックの端末が受信音を立てた。
「お前宛てにメールだ。返信文に了解とだけだ」
「ようやく受信したか、あとはちゃんと軍に連絡をとってくれるかだが」クーパーが出す煙が洞内をふわふわと漂う。その間も天井がボロボロと崩れてきた。
「この洞窟持つかなぁ、直撃されない事を祈ろうな」クーパーは、天井を不安そうに見つめた。
周りが更にうるさくなりだした。クーパーは、炎を奥に向け、行き止まりまで歩み寄ると、くずれた土やガラス状の破片を、片手で一個一個取り除いた。
「俺がやろう」リックが、彼の隣に立ち両手で、礫を取り除き始めた。しかし向こう側
へ抜けることは出来そうに無かった。
「私も手伝います」私も参加していると、とうとう出入り口付近に着弾したらしく、一気に外への道がふさがった。そろそろ人生の終わりが見えかけた時に、リックの腕が向こう側に抜けた。更に近くへの着弾があったらしく、地面が大きく揺れた。私とリックは必死に礫を掻き出し。隙間が大きくなった所で、リックが反対側に抜けた。そして、私、荷物、最後にクーパーが更に奥に入った。
どうやら、崩れていたのは、この箇所だけだったようで、奥に向かうこの道は、床を除けば円弧を描いたまま、同じ形を保っていた。
クーパーが持つ明かりだけを頼りに、奥へと進むとやがて砲撃音が止んだ。
「いまさら遅いんだよ」クーパーが毒気付いた。「しかし、こんな所に入って大丈夫か?」
「知るか、お前が大人しく上で昼寝でもしていれば、こうはならなかったんだ」リックが、歩きながら言った。
「全くだ、まさかこんな事になるなんて、思いも寄らなかった」クーパーが弱気を見せた。「サトーさん、とんだ巻き添えになってすまん」
「いや、いまさら仕方ないです」そう言いつつ、どうやら私はいよいよ人生の終焉を考えつつある予感を感じていた。「とにかく出口を探しましょう」
「探検ついでに奥をみるか、隠れるにも最適だし」クーパーが、更に奥に炎を向けると。
「明かりをこっちにくれ」とリックが催促した
「ほれ」とクーパーがライターの明かりを差し出すと、リックは、荷物を開け、中から懐中電灯を取りだした。
「持っているなら最初からだせよ」クーパーは、ライターの火を消し、闇が辺りを包んだ。
「キャンプをしているんだ、持っているに決まっているだろ」リックが懐中電灯を点けたので、辺りはいきなり明るくなった。通路は、奥で終わっているように見えたが、行き止まりにあったのは、大きなハンドルがついたハッチだった。
リックとクーパーは、何も言わずいきなりハンドルを掴み、それを強引に回そうと試みた。最初はびくともしなかったが、二人が左右に力を込めている間に、小刻みにハンドルが振れはじめ、何度も行っているうちに振れ幅が大きくなり、やがて右回りに回り始めた。
すっかり回り切って、ハッチを押したり引いたりしている内にやがて向こう側に向かってゆっくりと開いた。
そこから更に通路が続いており、ふたたび行き止まりにぶつかったように見えたが、そこまで歩くと、螺旋階段が作られており、更に地下に向かっていた。
「階段の作りからみれば、どうやらこれを作った異星人は、我々の体格と大差ないってことか」クーパーが最後尾から声をかけた
「あるいは、この惑星を発見してから間もない内に植民しようとした人々が作ったのかもな」リックが先頭で答えた。
「むしろそっちの方があり得るか、北條さんは、どう思う?」いきなり本名を彼は言った。「長い人生の中で、そういう話は聞いたことはないかい?」
「無いです。」私は、無神経なクーパーに苛立った。
「本当の名はサトーじゃあないのかい?」リックが言った
「はい」と私は答えざると得なかった。管制官は、中央から情報を貰い過ぎる。
「メトセラ遺伝子オリジナルの北條さんだよ」クーパーが私の背に向かって大声でカミングアウトした。
「ちなみに、リックは不死身の異名を持つ、自己修復ナノマシーン保持者だ。な、リック」
「外傷にしか有効に働かないけどな。所詮は異物だ。おかげで免疫抑制剤は常用する事になる」
「それで、癌に?」
「ああ、しかし、おかげで拾った命もあった。だが、そろそろ疲れてきたのでね」
「まったく、上に上がって治療を受けて、俺のボディガードをやらないかって言っているのだがね」
「余所を当たってくれ、いい加減俺も歳なんだ。銃の腕も衰えているし火線の下で死にたくはない。」彼は、そう言ったものの、「今だけは、依頼を受けるしかないがね」と付け加えた。
階段は、ガラス状でもセメントでもなく、硬い石で出来ていた。この辺りの構造が石になっているのだ。手を伸ばして壁面を触っても、ぼろぼろ崩れる感じではない、横穴とは異なり、この階段を中心としてとても頑丈な作りになっているのだ。
「どうやって作ったんだろ、全部石だ。」思わず、私は呟いた。
「さあな、金属ならいずれ錆びる、コンクリだと風化する。しかし石なら、持ちがいい、丁寧に巨大な一枚岩を掘ったのだろうな、多分この施設は、半永久的に残したかったのだろう。どうやってとかは訊くなよ」クーパーが私の何気ないつぶやきに答えた。
リックが、前方に向けていた明かりを、逸らしたので、私とクーパーは足を止めた。
「この岩はチャートだろう。掘るのは硬かっただろうな」
「チャート?すると、太古には、生物が居たということか」クーパーが、薄明かりの中で振り向いた。
「今でも、充分いるがね」リックは、再び明かりを進行方向に向けた。その明かりが、クーパーの顔に直接当たり彼は、手で光を遮った。
「眩しいなぁ、しかし文明社会があったなら、せめて通路に明かりでも点けろってんだ」そういわれ、リックは明かりを天井や階段の回りの岩壁に向けた。岩に溝が掘られ、そこに電線状のものが埋め込まれていたが、特に明かりを灯すような装置は見当たらなかった。リックは、階段沿いに明かりを進行方向に戻した。
「何時のものか解らない以上、施設はあっても機能しているとは限らない」
「そうですね。しかし、この先に何かあるのですかね?」私は、この先に行くよりも、ここからどうやって出るのかが不安だった。
「さぁ?しかしこれだけ頑丈に作られている以上は、重要な施設かもな。この惑星をまるごと爆破する装置があるとかな」クーパーは、先頭を歩きながら笑った。
私達、一行は階段をひたすら降りた。しかし、とても深い訳ではなく、唐突に階段は、終わり。ひとつの部屋に到着した。
そこには、電灯の明かりに鈍く光る装置らしきものが設置されていた。高さは腹ぐらいまで、幅は両手を広げたくらい、奥行きは歩幅程度…しかし、何かの装置と言うには、余りにもシンプルだ。指先で押す程度のボタンがひとつ、透明なカバーに守られて、押されるのを待っているだけだ、あるいはもう押されてしまっているか。
私は、ついさっき、クーパーが言った冗談が、冗談に思えなくなった。
リックは、明かりを装置から周囲の壁に移した。そこには一つのハッチがあった。
もし、ここが最終的な破壊を指示する装置を設置する場所であるなら、こことつながる通路は一つだけで良いはずだ。
ふたたび、リックとクーパーでそれを回すと、ハッチは外側に向かって開いた。その先には、対面にふたたびハッチがあるだけだった。多分、そのハッチの向こうにまた通路でもあるのだろうと思われた。二つハッチによって作られた空間の床には、銃と覚しきものが、散乱していた。
奥にあるハッチをリックとクーパーはこじ開けようとしたが、ハンドルを回すことはできても、ハッチは押しても引いても動かす事ができなかった。
そこで、クーパーが珍しそうに、床に落ちて居る装置を手に取り、リックの制止を無視して引き金を引いた。青白い光線が装置からほとばしり、光が当たった壁が、赤から白く光りはじめ、そこから煙のようなものが立ち上がった。
「生きていやがる」クーパーは、唸った。「しかもこいつのエネルギー源がこんな小さいサイズに収まるというのか?」
「ここまで小さくはないが、俺たちの文明にも似たようなものがあるだろう」リックが言った。「しかし、武器以外で良い使い道がありそうだ」
「幾つか持って行って、解析させたいな。」クーパーは、ザックの中の物を放り出して、床の物をそれに詰め込んだ。
「未知のものにやたら手を出すのは、薦めないがね」そう言いながらも、リックも同様の事をした。「サトーさんだか、北條さんだか、あんたも幾つか持ってくれないか?」
私は、うなずいて、装置を3つほどザックに詰め込んだ。よくみれば、リックが捨てたザックの中身に薬袋も入っていた。
「薬を捨てていいのですか?」と訊くと
「ああ、うっかりした」とリックは片手でそれをわしづかみにして、ポケットにねじ込んだ。
私達は、来た通路を戻った。開いたままのハッチをくぐり、手で礫を掻き出した場所の手前で、立ち止まった。クーパーはそこで、銃の形をした装置の引き金を引いたが、何も起きなかった。
「電池切れか?」と他の装置を取り出してみたが、同じ結果だった。リックも、私も試してみたが、結果に変わりは無かった。
「どうなっているんだ?」とクーパーは、頭を傾げた。「さっきは、かなりの高エネルギービームが出たが」
「戻って、試射して動く奴を使おう」とリックが提案した。
そして戻ってみれば、落ちている装置が全て機能するどころか、各自が持っていたのも充分動いた。
「ちょっと撃ちながら、移動してみるか」とクーパーが言った。そこで、クーパーは一歩づつ歩きながら、引き金を引いた。
そして、ハッチを出ると。その装置は沈黙した。
「どうやら、この空間内で、装置が働くように制御されているか、エネルギーが非接触で供給されているかもな」リックが、電灯で前にある、礫の小山を照らした。
「ちょっと遠いが、ここから撃てば良いだろう」
「仕方無い」とクーパーが装置を動作させた。礫が溶けてゆく。リックは、私に懐中電灯を預けた。「入り口方向を照らしてくれ」
そして、二人が装置を動かしまくった。やがて、遠くにある唯一の出入り口が見えてきた。解っていたことだが、岩や土で完全に塞がっている。ビームが当たった辺りは、岩石が溶け固まり、ガラスの様になっていた。
幾つもの、装置を持ってきてはいたが、それらがエネルギーがつきることの無いようにビームを発出し続けた。すると、このハッチ内のどこからか、エネルギーが供給されているということだろう。ただ、ビームは細いままで、装置には特に設定を変えるようなスイッチのようなものが見当たらず。二人は、我慢強く遠くの岩をめがけて、ビームを出し続けていた。
やがて、岩の一つがボコっと音を立てて崩れた。そして、夕焼けのような明かりが入ってきた。しかし、人が通れるような大きさの隙間は未だ開いていなかった。
二人が、同じ操作に倦んでため息を付き、時々装置を下に置いては利き手を振って疲れたぁとか言い出し、また装置を手にして引き金を引くようになって来てから暫く後にやっと。外への道筋が開かれた。
リックが、最初に外に出てから戻ると。「ひどい情況だよ」と言った。「焼け野原にされてしまったようだ。」
「どうする?」とクーパーが、右手を左手で揉みながら言った。「闇夜に紛れて、どこかに移動するか?」
「いや、暫く此所に居よう」リックは、銃を取った。「例の装置は充分武器に使えるし、ここに居れば、入って来る奴を順番に始末できる」
「あんたは、どうする?」とクーパーが私に訊いてきた。「あんたの命は、向こうも保証してくれるぞ」
「うっかり、殺されるってのもあるかもしれないから、私は、此所に居ますよ」私は、答えながら、周囲の壁に手をやった。「この構造物に居た人、あるいは異星人は、地中から抜け出すのに、あの装置を我々同様に使ったみたいですね」
「そうかも、知れない。しかし今は、自分たちの命を守るのが先決だ。いずれ俺たちの居場所は突き止められるだろう」
「なら、一旦崩れた場所を再び埋めません?少しは見つけにくくなるでしょう?」私は、思いつきを言った。
「そりゃいいかも」クーパーは、頷いた。「気付かなければ、中でゆっくりできるかもしれないしな」
「じゃあ、また埋めるか」リックとクーパーは、崩れた場所に行くと、あちこち溶けた岩を持ち上げて、穴に詰めた。私は、側で懐中電灯で作業場所を照らしていた。
私達は、ハッチを閉め将棋の穴熊の守りに入った王のように、身動きが取れないまま、じっと耳を澄ましていた。頭上では、時折重殻機甲歩兵くような音がしていた。迂闊に出歩くには相手が悪い。
やがて、頭上では物音が更に激しくなった。再び一帯を焼け野原にでもしようとしているのかと思えた。同時にリックが、懐中電灯の脇からハンドルを出して回し始めた。
「電池切れか?」とクーパーが訊いた。
「そろそろ、切れる、一旦消すぞ。」
そして闇に包まれた中で、リックが懐中電灯のダイナモを回す音だけが響いた。再び電灯がついた時「交替だ」と懐中電灯をクーパーに渡し、クーパーは明かりを消してダイナモを回した。それは私にも順番が回ってきた。
上の喧噪が静かになる頃に、懐中電灯は復活した。私達は、出るタイミングをじっと待っていた。しかし、岩盤を通して不気味な振動が伝わってくると、私達は顔を見合わせた。リックは銃型の装置を床から拾い上げ私に渡した。
「正念場だな。長い寿命もいよいよ、終わりが近くなってきたかもしれない、生命保険の受取人が喜ぶぞ」
「生憎と、入っていないんだ。受取人より長生きしてしまうからね」
「じゃあ、遺言書は?」
「それも受け取る相手がいない」
「俺と、大差ないな」螺旋階段の上で、ハッチが開く音がした。
「ボス、居るのかい?」上から声がした。
「馬鹿が一人来たらしい」クーパーは私とリックに言ってから、大声をだした「こっちに居るぞ」
「あんたの仲間は、無謀なやつらばかりだな」リックが呆れたように言った。
やがて、一人の男が、ヘッドランプを点けながら階段を降りてきた。クーパーよりは小柄で、やや小太りなのに、その身軽な動きから察するに、脂肪より筋肉が多そうだった。
「やっぱり、生きてましたね。」男が言った。ヘッドランプが眩しくて顔が良く見えなかった。
「カルベ、よく、此所が分ったな。」
「なに、ボスの行動は何時も怪しいんで、発信器を付けさせて貰ってますからね」カルベの声だけがよく響いた。
「俺にプライベートは無いのかよ。」クーパーは嘆いた。「カルベ、眩しいから、頭に付けたライトを消してくれ」
「ほいほい」とカルベは明かりを消した。丸顔に綺麗に揃えられた顎髭と鼻髭、小さい目がいたずらっ子の様に輝いていた。「ボスにプライベートはありませんぜ」
「ひでえ奴だ」
「まぁ、それで応援が来たようだが。」とリックはカルベに笑みを見せた。「で、上の状況はどうなっている?」
「ひでぇ、有様ですよ。焼け野原を、重殻機甲歩兵が歩き廻っています。俺が持ってきたのは、作業用のパワーアシストアームだけだし、あんなの相手になんかできませんよ」
「それにしては、やたら上がうるさかったが?」
「まぁ、ちょっと遊んであげましたけどね。銃はなくてもこっちは重機なんで、力では負けませんわ」
「今は、どれぐら残っている?」
「壊したのは、2体だけですけど、元々何体あったか分りませんしね。まもなく全部無くなるでしょ」
「他に誰か連れてきたのか?」
「いえ、しかしここに入る前に上に連絡して、正確に石を投げてやれって言ってありますよ」
そして地響きが、起こった。
「ほら、始まった」カルベが陽気に言った。
「入り口が埋まらない事を祈ろう」リックが、天井を見ながら不安そうに言った。
「埋まっても、パワーアシストアームで掘ってみせますよ」
「期待しているよ」クーパーが、カルベの肩を叩いたが、リックは不安そうな表情を隠せないでいた。細かい何かが、落ちてきた。この地下にあった、構造物が耐えるのか不安になった。
「ここに住んでいた人達はどうなったでしょうね?」私は、ふと気になった。
「さあ」とクーパーが言った。「生き続ける気のあるやつは、うまく逃げおせるだろうが、此所に送られ死んだ気になっている奴は、良い機会だとばかりに渦中に飛び込んだかもしれない」
「それにしても、良くこんなシェルターを見つけましたね」カルベが、スイッチが一つだけついた装置に近づいた。
「偶然だ、それより変なものに触るなよ」クーパーが注意をした。「多分、異星人のものだ。月同様にろくでもないものである可能性が高い。」
そう言われて、カルベはスイッチカバーに伸ばした手を引っ込めた。
「でも、あとで調査はするのでしょ」
「ああ、できるだけ秘密裏にな、しかし多分何も分らないで終わるだろうな」
「さて、静かになってきたかな」とカルベは、階段を上に上がった。
「どうだ?」とクーパーが上に向かって声をかけた。
「ハッチの外は、がれきの山ですね。まずはそれを除きますから、階段の下から離れてください」
やがて、機械の動く音が響き、ガリガリと岩を削るような音が響き渡った。階段の上からは握り拳大の石がごろごろと幾つか落ちてきた。それが床ではじけて壊れた。
「銃で溶かした方が良かったですかね?」私は、クーパーに訊いた。
「やる気のあるやつから、そのやる気を削ぐような事は言い難いもんだ」リックが、クーパーに言った。
やがて、上の音が止って、「大丈夫ですよ」と声が掛かった。
我々は、階段を上り、破砕された岩がごろごろ転がる床を、慎重に進み、穴から外に出た。寝不足で迎えた朝だった。
「どうします。ツアーを続けます?」とリックが私に訊いた。「クーパー氏抜きで…」
「おいおい」とクーパーが、言うと。リックは突然クーパーを押し倒した。そして銃声が同時に響き渡った。
リックの胸から血の染みが広がり、彼も地面に倒れた。その血の染みは、やがて銀色に変わり穴の空いた服からは、細い銀色の線虫のようなものが、這い出してきた。リックは目を瞑ったまま、身動きひとつしない。息もしていないように思えた。
クーパーは、地面の上で肘を立てて上半身を僅かに浮かして辺りを見回した。私も、身を低くしてあたりを探った。カルベは、大きなモグラ型の機械を両腕に装着した状態で、両手を合わせ盾の様にしてクーパーを守るような格好をしていた。
「狙撃されたか」やがて、リックが口を開いた。「癌より痛いぜ」
「病院に行け」クーパーが言った。
「やだね、体に入っているナノマシーンの全ては除けやしない、入っている以上は、免疫抑制剤は、飲まなきゃならん。しかしそれで免疫が弱って、癌に対して弱い。抗がん剤で、癌を除いても、またどこからともなく出てきてしまう、俺の父方も母方もみな癌で死んだ。きっと遺伝子がコピーミスを起こし易いんだろうな」
「上に上がれば、良い治療が受けられるぞ」
「俺は、多分、今のような状況が好きなんだ。命がけの研ぎ澄まされたような、緊張感がね。さて、馬鹿なスパイナーの場所は、おおよそ見当がついた。」リックは、ため息をついて、匍匐しつつ私達から離れて行った。そして、ちょっと顔をこっちに向けた。
「くれぐれも下手に動くなよ。カルベ、ちゃんとクーパーを守れ」
彼は、焼け野原となった森の中。倒木などに身を隠しながら、前へと進んでいった。
やがて、一発の銃声が響いた。
私達一行は、元来た道を戻った。相変わらずだらしないのは、私だけだったので、一行の先頭を歩かされる事になった。湖をカヌーで渡り、高い絶壁のような斜面を見上げると、よくまぁこんな所を降りて来たのだと思った。
先日の露営をした場所で、再び露営をした。リックは、粗末な料理を作り、薬を飲むと直ぐに横になった。
「ナノマシーンが活性化したせいで、免疫が一時的に暴走しているんだ。ゆっくり休めば、明日には戻る。心配は不要だ」クーパーが、私に耳打ちするように言った。
「よく彼の事はご存じなのですね」
「ここ数年は、俺のボディガードだったからね。弾を喰らった事さえ無く、相手を仕留める名手さ」
「ボス、あんたがあっちこっち出しゃばるから、ボディガードが必要になるんですよ」カルベが、横から口を出した。「おかげで、こっちも面白い経験も出来るのですけどね」
「ずっと貴方のボディガードだったのですか」
「いや、まだ若い頃に、マフィアのボスを捕まえるという、面白いゲームが他の惑星であってな。高見の見物を決めていたのだが、そこでリックが森の中でぶっ倒れているのを拾ったのさ。そしたら、かの有名な不死身のサイドワインダーってんで、俺の護衛に雇ったのさ」
「ドンパチやっているのを良いことに腕のいいガンマンを探していたのですよ。この人ったら」とカルベ。
「相撃ちだったらしいが、相手は行方不明と聞いていたな」
「俺を撃ったのは、シドという名前だ。」リックが言った。「俺を倒したらなら、いずれ自分から名を上げると思ったのだが、あれ以来、行方不明だ。やつが自分の目的を果したかどうかも不明だしな」
「やつの目的ってのは?」
「マフィアのボスを守っている少女の暗殺さ、理由は知らないがね。俺は奴の功名心を煽るために、敢えて奴の前に姿を現わした。奴は、若かった。クライアントの依頼よりも先に俺との決闘を選んだ。俺は、マフィアのボスの暗殺と少女の保護という微妙な任務だった。俺は、あの様だったから、少女は多分シドに殺られただろうな」
「それは初めて聞く、しかしよくまあそこまで上手く事が運んだな」
「ああ、仮想空間で人格のクローンを作って、作戦をシュミレートさせたとのことだ、クライアント名は当然言えないが、仕事を依頼してきたエージェントは相当な大物だと言っていた。いずれにしろ、俺は今回の被弾で何度度死んだ事になることやら」
「悪かったな」とクーパー
「お願いだから、自然の中でゆっくりと人生を終わせて欲しいもんだ。戦いの中で、痛い思いをするのはもうこりごりだ」
「先ずは、治療をしたらどうだ?」
「だから、それは要らない。俺は自ら、あのナノマシーンを受け入れた。いつかはこうなる事も分っていた。俺が俺自身に敷いたレールの上を俺は走って、そして間もなくターミナル駅に着くんだ。充分人生は楽しんださ」彼は、私を見てにやりと笑い、やがて口を閉じた。
夜が明けると、何時ものリックに戻り、筋肉痛の足を必死に動かしながら、私は一行の先頭に立ち、狭いつづら折りの道を登った。もともと歩みがゆっくりになった事もあって、足はちゃんと地面を捕らえ、浮き石を踏む事もなく、遅い以外は確実に前進した。
崖の途中で更に一泊を余儀なくされ、崖の上に辿り着いた時には、夕暮れになっていた。我々が乗ってきたジープはまだ健在であったが、そこから離れた所には、幾つもの落下傘の残骸が落ちていた。
「豊かな自然の中にゴミは放置して欲しくないもんだ」リックは、ジープに乗り込んだ。私は、助手席に乗り、残りの二人は荷物と一緒に後ろに乗り込んだ。
再び、露営を繰り返し、他愛もない話を繰り返し。私は、振り出しに戻った。
私達はテーブルでくつろぎ、ソフィアは、紅茶の様なものをテーブルに置いた。
「どうする?」とリックは私に訊いた
「どうするって?」いきなり言われて私は、とまどった
「ツアーさ、続けるかい?良いところはたっぷりあるぞ」
「いや、もう充分だよ」私は、短期間の内に充分ともいえる疲労を感じていて、今は体を休める時間が欲しかった。
「そうか、ここまで来たのに勿体ない」彼は、残念そうだった。「見せたい場所は、山ほどあるのだけどね」
「じゃあ、上に上がるのかい?」クーパーが訊いた。「それなら、俺のに同乗すればいい」
「ええ、休んだら、また放浪しますよ。」私は、次に行くべき場所を考えていた。「同乗させていただけるなら、是非ともお願いします」
「ふうん、じゃあこれを預かってくれないか?」とリックは、テーブルの上に銃を置いて私の方に押しやった。
。
「私が持っていても、役に立ちませんよ」私は、それを押し戻した。
「それは分っているから、弾は抜いてある。ただ、もしシドと言う字名のガンマンに遭うか、墓でも見つけたら、これを渡してくれ、勲章代わりだとね」
「そんな、広い宇宙の中で人一人を見つけるなんて無理ですよ」
「だから、もしも・・・さ、あんたが生きている間に、出会うような事があったらね」再び銃は私の側にやってきた。仕方なく、ずっしりとした金属の塊を私は、受け取った。
私は、クーパーがチャーターした、ラムジェットに乗り、重力井戸から解き放たれた。そこからまた、あての無い旅に出るためだった。
間もなくして、クーパーが私にID指定のメールを寄越した。リックが、ベッドの上で安らかに死んだとの事だった。
☆
「と、いうことだ」私は、話疲れた。
「銃を渡しただけか」旦那は、言った。
「特に伝言は預かっていないし、なにぶん昔のことだ、悪いが多分忘れてしまったのかもしれない」
「そうだな、昔の事だ」旦那は、頷いた。
「まさか、あんたも刺客だったとはね」女将は、ふぅと息を吐いた。「今の今まで気がつかなかった。でも、あの頃の私なんか何故狙ったのかなぁ・・・未熟なくせに顕示欲ばかり強かった気の強いガキだったのに」
「時として、若い芽を摘みたい奴もいるということだ。クライアントは知らない、ただのエージェントからの依頼だったからな。」旦那は、背もたれに体重をあずけて、天井を見つめそしてまた、座り直した。「俺が、AIの中でシュミレートされてサイドワインダーに夢中になるように仕向けられた様に、お前もまた誰かのAIシステムの中で成長を予測したのかもしれないね」
「で、どうすんだい?」女将が、旦那の目を見て訊いた
「何が?」旦那は、首をかしげた。
「私の始末をさ?」女将は、ぐいっと顔を旦那に寄せた。
「もう終わった事だ。それにお前がいなければ、俺は明日のおまんまも食えやしない。」近づきすぎる女将の顔を、旦那は片手で押しとどめた。
「サイドワインダーは、あんたを認めてくれたんだ、また銃の世界に戻れば、周りは一流としてあんたを迎えてくれるだろ?」私は、彼に訊いてみた。
「いや、もう銃の的にはなって痛い思いをするのはまっぴらだ、若い内は命は激しく燃やし尽くすものの様な気がしたが、今は、焚き火のように静かに燃やしたくなったしな。奴が俺を、若い頃の俺を認めたというのなら、それで充分な気分だよ。」旦那-シドは、何か思い込むように天井を見上げた。「流石に寝る時間だな」息が白い。
そして、女将と旦那は、立ち上がり、二人で寝室に向かった。
取り残された私は、羨ましい視線を彼らの背に向け、それから部屋に戻った。
やがて女将が、湯たんぽを持って来たが、直ぐに部屋を出て行った。
久々に静かに、眠る事ができそうだった。




