阿呆星4
谷底の湖の周囲はなだらかであり、上流から運ばれた丸みを帯びた石や、私たちが下ってきた崖から転がってきた角張った小石が周りを埋め尽くしていた。水は常に上流から、下流へと流れているため、一見静水に見えるようでも、流れてきた葉や小枝がゆっくりと動いていた。
湖畔で、私たちを長らく待っていたクーパーは、湖畔の石で固定し、その横で煙草を吸っていたが、湖面の浮きがゆるやかな流れに乗って岸に近づくと、竿を持って遠くに飛ばし直していた。
「今日は、ここで泊まり、明日は向こう岸に行く」そう告げてからリックは、露営の準備を始め、クーパーはテントを組み立て始めたリックの様子を暫く見て居たが、やがて煙草を金属の筒に突っ込むと、竿を放置したまま慣れた手つきで、自分のテントを組み立てる作業を始めた。
それからリックが湖畔に放り投げていた袋から金属の部品を地面に広げ、それらを組み立てて焚き火台にすると、岸辺に打ち上げられた流木を山刀で細かくして、焚き火台の上に積み上げていった。
私は、お客さん待遇のため、二人の仕事を黙って見ているだけだった。二人は、特に会話をするでもなかったが、互いに作業をこなしてゆき、いつの間にか、一日の運動量には見合わないような質素な食事がリックの手によって供された。
クーパーは、私たちと共に焚き火台の側に座り、待って居る間に釣り上げた魚を、焚き火台で焼いたものを旨そうに食べながら、金属製のフラスコに直に口を付けてスピリッツらしいものを飲んでは、ステーションの業務中に発生した面白いアクシデントを話しては呵々と笑った。もっとも、その焼き魚を横目で恨めしそうに見ている私の視線は無視しつづけたが・・・
「今度は中央から何を言われたんだ?」食事が終わってからリックがクーパーに話しかけた。
「酸素税の値上げ」ぶすっと低い声でクーパーが答えた。
「応じるのか?」
「応じるよ。」あっさりとクーパーは言ってのけた。「応じない訳にいかないしね。ただし、それに応じたステーション利用税も値上げだ」
「ひでえ事をする。」
悪名高い酸素税は、宇宙空間において人の吸う空気が無料でない事を意味する。しかし、生存に必要とされる空気に税を掛けるのは、生存権を奪うものだとして、各ステーションから嫌われているが、当初より導入されているため、長年にわたってずるずると適用されたままだ。
ステーションの利用税は、かつて地球で空港の収入が空港利用税により徴収されていたことに由来している。この税の名を冠する収入はステーションに立ち寄る宇宙船の運用主から、船のサイズに見合った料金が支払われることで得られている。他にステーションに滞在する旅行者が落とすインバウンドも貴重な収入源だ。
宇宙ステーションでは、宇宙花から出てきた船を、ステーションに係留するために、多くのタグボートが必要であり。宇宙船の整備、燃料の補給、宇宙花に出入りする船のスケジュール管理など、多くの人手が必要となる。それらの人々が酸素税を各々支払う額が増えれば、当然給与も上乗せしなくてはならない。その給与の大本が、ステーション使用税なので、当然値上げになる…というのが、クーパーの持論だった。
「ウチのステーションは、特にハブステーションだからな、田舎のノードステーションとは違う。中央からも、がっぽりもらうさ」
「あまり人の足元ばかり見ていると、あんたを消して、中央の傀儡になる奴を送り込んでくるかもしれないぞ、中央は結構えげつないからな」
「多分、ヒットマンはもう来ている。」クーパーは人ごとの様に言ってから、私を見た。
「いや、違いますって」私は、目の前で手を振った。
「そんなの見れば分るが。どこかで、あんたを見た気がするだけだ」クーパーは、じっと私を見つめた。
「お客のサトーさんだ」リックが、言った。「そういや、紹介が未だだったかな?」
「いや会話の流れで分かっているが・・・ああ、思い出した。ふぅん観光ですか」クーパーは、にやりと笑った。「観光も良いけど、ちゃんと定期検診を受けてくださいよ」
それから真顔に戻った。「それと、あまり無茶はしないようにお願いします。リックは優秀だけど、全ての危険から100パーセント貴方を守る事ができる訳ではないですから」
「分ってます」私は、うなだれて頷いた。否定する気も失せた。
「ふぅん」とリックも頷いた。「その言葉、そっくりお前さんに言いたいけどね。で、ヒットマンが怖くて降りてきたのか?そっちにも優秀なBGが沢山居るだろう」
「あんたには劣る。そういえば、頼まれ物を持ってきたんだ」クーパーは、パックの中を漁り、一つの金属製のケースを持ってきた。「そろそろ薬が無くなるだろ、いい加減上に上がって治療に専念しろ、治らない病気じゃあないんだぞ」
そして、ケースをリックに渡した。
「いや、昔、銃撃戦で一度死んだ身の上だし、人生は充分楽しんだからね」彼は、ケースを受け取り自分のパックの奥に仕舞い込んだ。「なんだかんだと、話を逸らしてくれたが、まさかここであんたのBGをやれと言うのか?」
「上では、人が多すぎる。ここに居れば、降りてきた奴をチェックすればいい」クーパーは、空を見上げた。いつの間にか、満点の星空だ。そして、大きくは無いが、不気味な月が3つ浮かんでいた。
「ガイドで来ているから、武装は期待しないで欲しい」リックは、腰に巻いたガンベルトから銃を取り出した。「弾丸は、中に入っているものだけだ。相手が多いと守れない」
「予備は持参してきた」クーパーは、笑みを浮かべた。「お前さんが持ち歩く銃は知っているからね」
「お客さんにもしもの事があっては困る」リックは私を見た。
「狙いは、俺さ…」クーパーは、親指を立て自分の胸を指した。
「相手が一流なら、あんただけを確実に仕留めにくるだろうが、馬鹿野郎が来れば、あんたを殺るために、他を巻き添えにする事も厭わないのだがね」リックは、あくまでもBGを断る気でいる。「上に戻って、巣ごもりをしている方が安全だ。あんたを守りたがる連中には事欠かないだろう?」
「ああ、皆信頼できる奴ばかりだ。」
「今頃、上の連中は何故連れて行かないんだと怒っているぞ、特にカルベは血気盛んだ。帰ってきたら唾を飛ばしてあんたを叱りまくるぞ」
「そうだな、しかし今回は、あんたを頼ることにする。」クーパーは、あくまでもリックの護衛を要求するつもりでいた。
「サトーさん、自分の身は守れるかい?」リックの言葉に、私は頭を左右に振った。
「分った」リックは、そう言って腕を組んで目を瞑った。それから、ため息をついてから目を開いた。
「明日は、予定通りに対岸にゆく」そして、携帯端末を取り出した。
「やぁ、こっちは予定通りにガイドをしているが、お客さんが増えた…そうそう、我が儘な王様だ。あとで料金を請求しておいてくれ、ボディガード加算をたっぷりつけてな。それから、もし上から降りてくる奴がいたら、連絡をくれ、誰であろうともな」そして端末を切ると、クーパーを見た。「誰かが、降りてくればソフィアが連絡をする。各自、休んでくれ」
そして、リックは、食事の後片付けをはじめた。私も自分の食器を綺麗にする作業をしながら、旅行にケチを付けられた思いで空を仰いだ。戻るに戻れず、進んでも、もめごとの渦中だ。




