阿呆星2
私に荷物と言えるものは、ほとんどない。どこに行っても現地調達が何時もの旅のスタイルだからだ。なので、いっそこの観光案内所兼ホテルに預けても、問題無いようにも思えた。しかし、金庫もない所に置きっぱなしと言うのも不安だったので、唯一の小さいバックだけを手にして外に出た。
ビジターセンターの前に鎮座していたのは、レストアされた一台の年代物の軍用の四駆だった。屋根は無く後部座席は外され荷台となっている所には、荷物が積まれていた。荷台に私の荷物を詰め込む場所は無く、置いても移動中に落ちそうだったので、助手席の足元においた。
「さあ行こうかサトーさん」リックは、レバーやペダルを操作しながら車を進めた。エンジン音がうるさいのは、ディーゼルに改造されているからだろう。
「この車は?」私は、移動する車の助手席でシートベルトを探したが、それらしきものは無かった。そもそもリックもシートベルトをしていなかった。
「ジープだよ。この惑星の開拓時に持ち込まれたものだ、土地を切り拓くにも、発電所を作るにも重機を動かすには、内燃機関で動く機械が必要だったからね。ついでに言えばシートベルトは、どこかの馬鹿が切って首つり道具にしてしまったんで無いよ」
「じゃあ、どうするんです?」
「手前にある棒をしっかり握ってくれ、そうしないと車から放り出されるぞ。」実際、ドアには本来ガラスがはめられている部分には何もない。天井も無い。座席から跳ね上がれば、そのまま車の外に放り出されそうだった。
「雨が降ったらどうするのです?」
「幌を張る。」とリックは、後部座席を親指で指した。その荷物の山の中に幌も放り込まれているのだろう。
しかし、窓ががら空きでは雨がじゃばじゃば入って来そうだなと思いながら、何も無いドアを見ていると、それを悟ったのか
「窓にも、透明な幌を取り付けるから大丈夫だ」とリックが、私の方を向いて言った。
それでも、最初は舗装路だったので安心していたが、やがて道は砂漠の中に消えていった。リックは、無言のまま地面の凹凸を避けてハンドルを切り、できるだけ平らな地面を選んでいたが、それでも車は時折跳ね上がり、私はダッシュボードに付いた棒をしっかりと握った。
景色なんか、見て居られない。ジープはひたすら走り、私は、ほこりっぽい空気を肺に入れ続けた。横を見れば、リックはいつの間にか口をバンダナで覆っていた事に気がついた。私は、服の裾を片手で持ち上げてそれで、口を覆うしか無かった。片手でずっと、跳ねる車の上で自分の体重を支えるのは、酷く難儀な時間だった。
やがて、車が何もない所で止った。私は、ため息をついて背もたれに、全体重を乗せた。
「休憩する」リックは、そう言って車から降りた。「よく吐かなかったな」
「寸前でしたよ」私は、言われてから吐き気を感じた、止った時点で視点が定まらない感じで、地面に足を着けると地面が揺れているような感覚に襲われた。
「食事を準備するから、座って休んでいてくれ」彼は、荷台から小さい金属製のコンテナをひとつと水タンクを降ろした。私は、地面にへたりこんで彼がてきぱきと動く様を見つめていた。
金属製のコンテナを開けると、中からアウトドアで使うストーブを取り出し、それに金属製のボトルを接続して、ボトル内の空気を詰め込む為にポンピングを始めた。彼の細身な背中に汗が滲んでくるのが、よく分った。
「燃料が良くありますね」私は、ふと気になっている事を聞いた。この惑星で石油が見つかったのだろうか?
「ユーグレナオイルを精製したものだよ」彼は、ストープの上に着火剤を置いて火を付けた。「ここでは、石油は未だ発見されていないし、そもそも、井戸を掘る為の道具がないからな、ユーグレナや、種子から油を搾り取るか、動物のラードを精製するぐらいのものだ。」
やがて、十分にストーブが暖まったらしく、ストーブについているコックを回すと勢いよく炎が飛び出した。彼は、鍋に水を入れてから火にかけた。
湯が沸くまでの時間、二人で沈黙をしたままだった。彼は黙っているのが常なのだろう、手元に置いた一つの袋の説明書を眺めていた。私は、こういう雰囲気が苦手なくせに、話題を作るのが下手だった。やがて湯が沸いた。彼は、手にした袋の中身を鍋に入れて火を止めた。
「ツアーの間は、フリーズドライ食品になる。我慢してくれ」そう言って、二つのシェラカップに鍋の中のドロドロしたものを分けていれた。
「これは?」私は、渡された食品を見た。
「リゾットの様なものだ」彼は、そう言って食事を始めた。
私も、見ためが悪いそれにスプーンを入れ、口にした。不味くは無いが、決して美味しいと言えるものではなかった。
彼は、食事をさっさと終えると、積み荷から小さい金属ケースを取り出して。その中身を幾つか飲み込み。水でそれを流し込んだ。それを、じっと眺めていた私が、物欲しそうに見えたのか
「これは薬だ」と彼は言った。
「病気なのですか?」
「癌だ。」
「おいおい、そんな体で大丈夫なのか?ちゃんと治療をした方が良いぞ」思わず、そんな奴に命を任せたかと思うと、今までせっかく丁寧な口調で話していた理性が崩れてしまった。
「あんたが、心配することじゃあない、俺は此所で余生を送るつもりだしな、それにあんたをガイドしている間は問題ない」そうして、上着を脱いで彼は自分の腹を出した。そこには、はっきりと弾痕と分る傷跡が残されていた。「俺は、一度、一つの人生で死んでいるんだ。今は、二つ目の人生を此所で生きている。ちなみに、そういうに親密な話し方をしてくれると、私も嬉しいな」
(なら、私は貴方より長い一つの人生をだらだらと生きているよ)私は、うっかり口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。その代わりに「そうだね、貴方の人生だ、私がとやかく言うことじゃない」と口にした。
「そう言ってくれると嬉しい」彼は、ポンと私の肩を叩いた。「それから、今後それがあんたの食器だ。自分で綺麗にしておいてくれ」
彼は自分が使った食器にこびりついたものを、小さいパンのかけらで拭ったものを口に入れてから、更に砂で汚れをこすり、最後に少量の水で洗うと布で拭いた。多分、同じことを私にも求めているのだろう。私が、食べ終わると、小さいパンのかけらを、無言のまま彼は差し出した。
短い昼食の後に、再度私は暴れ馬のような乗り物に乗り込んだ。
夜が来ても、周りの景色と食事の内容に変化は無かった。ただ初めて夜空を見る事になった。昨晩は、宿の中だったこともあり、この惑星で見る初めての夜空だ。空気が澄んでいるだけに、怖い程の満点の星に囲まれていたが、その中に、大きめの星が等間隔で並んで見えるのが不思議だった。この惑星の説明にあった月だと思われた。
「あれが月かい?」私は訊いた。
「そう、大きい順からルシファー、サタン、レヴァイアタン、ベルフェゴール、マモン、ベルゼブブ、アスモデウス、いまはそのうち半分だけ見えている」
「全部悪魔の名前かい、しかしなんでまた」
「ちょっとは、この惑星の事を調べていないのか?」リックは呆れたようだった。当たり前だ、私はこの惑星の事なんかどうでもよかったのだから。
「ああ、気分できたからね」
「そうかい?…そもそも、不思議と思わないか、こんな環境の良い惑星を植民地とせずに、流刑星としていることを」リックは、右手を手を水平に動かした。
「スペースフラワーの周りには、出来の良い惑星が沢山あるから一個くらい、こういう用途でもよかったんだろ?」
「全く、本当に知らないのだな。あの月は何百年に一度一個が落ちてくるような軌道に乗っているんだ。」
「しかし、時間を掛けて破壊するなり軌道を変えればいいじゃないか」
「遠い昔、それくらいの事はしたそうだ、しかし破壊すれば隣の月が前の軌道に乗ってきて、宇宙花から月が補充されてくるんだ。軌道を変えても、同じだ」
「なんでそんな…」
「そもそも、宇宙花自体、人類が作ったものじゃあない、俺たちが勝手に使っているだけだ、本来の持ち主が、この惑星が気にくわないだけなのかもしれないな」
「打擲される惑星か、なら流刑星に相応しいか、で、次は何時落ちて来るんだい。良い見物になりそうだが」
「さあね、それは科学者にでも訊いてくれ、この惑星年で10年以内に落ちそうになれば、警告が出るから、それまでは平穏だ」
「ここに流された奴等には、死刑宣告だな」
「そうなる。しかし、生き残る奴等もいるだろう。地球から恐竜を絶滅させるほどのインパクトはないらしい、月はほとんど氷らしいしな、言っておくが、俺はガイドだが、この惑星の詳細はわからんからな、俺が知っているのは、移住マニュアルに書いてある程度だ。」
「次々と送られる氷か、あるいは惑星を改造途中なのかもしれないね。」私は、遠い未来にこの惑星が地球のように水が豊富にある青い惑星になる姿を想像していた。その時に、まだ私は生きているのだろうか。




