女将の話ー宇宙海賊-4-
すっかり寝てしまっていると、唐突に物音で目が覚めた。すると女将が部屋に置いてある水差しを替えている所だった。
「ありがとう、ちょうどのどが渇いている夢を見ていた」私は、半身を起こした。
「それはよかった、後でオートミールの粥と湯たんぽを持ってくるからゆっくりしてな」「オートミールか、それはちょっと苦手だ」
「じゃあ何も食わないことだ」
「いや、昔食いすぎた事があってさ、それだけだ」
「ふん」と女将は、鼻で笑って出て行った
ベッドの中で、ふたたび眠りに付こうとした。
監視された状態では心地よい眠りとは言えなかった。堅いシートをできるだけリクライニングさせてうつらうつらとしていると、つんつんとを突く感じがした。目を開けると、通路に男がいて手にした袋からゼリー飲料らしいパックを配布していた。ありがとうと礼を言って受け取ったが、男は何も答えなかった。ただ、男の頬には赤い痣が出来ているところを見れば、無理強いさせられているのは明白だった。
パックのキャプを回して外して太目のチュープを咥えで中身を吸うと、口に入ってきたのはなんともまずい粥だった。それは子供のころにさんざん食わされた宇宙食だ。栄養のみ考慮され味は二の次だ。しかし、食事を提供する状況となると身代金の交渉は難航しつつあるということか、こういう犯罪の場合時間がかかるのが一番まずいはずだ。警察側に用意する時間を与えてしまうことになるからだ。もしこれ以上時間がかかるようなら、人質の命に係わるだろうなと私はまるで他人事のように考えていた。
「ほらよ」と女将は、粥をいれたボウルをトレイに乗せて持ってきた。それをベッド脇の小さいテーブルに置いた。ボウルからは白い湯気が立っていた。頬がひんやりとするということはこのステーションが夜の時間帯に入ったことを意味する。
「自分で食べるかい?それとも食べさせてあげようか?」女将の口調は明らかにからかっていた。
「自分で食べる」私は、寒い部屋の中で半身を起こした。湯気に含まれる香りがなんともあまったるい。ミルクか?女将は、ボウルを手にして私に差し出した。それを受け取ると掌がじんわりと温まった。食べ易いように少し冷まして持ってきたらしく、スプーンですくって息を吹きかける必要もなかった。甘いミルクのほかにいろいろな香辛料が入っているようだった。その香辛料のせいか、体の中心から温まってきた。
「温まるね」私は率直に言った。
「私の特製の粥さ、お代は宿代に付けておくからね」女将はにやっと笑ってドアに向かった。「ああ、食い終わったらトレイに戻しておいてくれ、あとで湯たんぽを持ってくるからね」と言って出て行った。
あの着陸船で一人の男が無理やり外に連れて行かれた。この船内で話した事もない男だ、恰幅が良くいかにもお金持ちという感じの初老の男性だった。ざわめきと泣き声があちらこちらで発生した。私の席の隣では痩せた感じの男が人差し指をせわしなく動かしていた。見れば彼の前にはひとつのキーボードが浮かび上がっていた。船内のネットはまだ生きているということか、すると海賊達はやたら手際が悪いことになる。下手をすれば警察に船内の情報が筒抜けになりかねない。そう思っていた矢先に男の前に浮かんだキーボードが消滅した。
「気づかれましたね」私は小声で男に話しかけた
「ええ、遺言でも残しておこうと思ったのですが、ダメでした」男は両手を膝の上に置いて溜息をついた。「これからカジノで豪遊しようと思っていたのですが、これじゃ無理ですね」
「あんなところに行ったら一文無しになりますよ」私は、かつてそこで痛い目にあったことを思い出した。カジノは惑星の軌道上にある大型の人工衛星だ。水に覆われたこの惑星では外資を稼ぐためには、観光とカジノに頼っているのが現状なだけに、カジノには多くの力が注ぎ込まれている。
「いやいや、妻に財布を握られていましてね。一文無しに為りたくてもさせてもらえませんよ」男は、力のない笑みを私に見せた。
「奥さんもここに?」
「いや、アポトーシス防止のためとか言って、この船の冷凍庫でフリーズしてますよ。たぶんこんな事になっているなんて知らないで寝ているでしょう」
「めったにないいイベントなのに勿体ない」
「ええ、冥途へのいい土産だというのにね」そういう男の顔をどこかで見た様な気がした。しかし名士の多いこの船ではどこかで見ても当たり前だなと私はそう思っただけだった。
「おやおや、余りに安らかに寝ているから逝っちまったと思ったよ」私が転寝から覚めると女将は湯たんぽを布団の中に入れたところだった。「まぁ起きたついでに、私も同衾させてもらおうかね」女将は、私の了解も得ずにさっとベッドの中に入ってきた。「ああ、やっぱり一人よりは暖かいもんだ」そして照明を落とした
「無事にギャラクシーⅡに潜入してからはどうったんだい?」私は、闇の中で目をぱちぱちさせた。今度は眠り過ぎて今夜は寝つけそうになさそうだ
「ああ、とりあえず宇宙服を脱いでエアロックから出るしかないからね、でも早速そこで監視に見つかってしまった」
覚悟はできていたつもりだったが、ドアが開いたら目の前に銃を持った若い男が居ればそりゃドキリとするし、それを突き付けられれば両手を上げるしかない、格闘技の訓練は受けていても、弾丸より早くは動けない、しかし引き金を引く指を躊躇させることはできる。
「お前はなんだ?」男は決まりきった誰何をした
「何かって乗客よ?あなたは警備員なの?」レミは汗でぬれた髪を挙げた手で後ろに回した。
「なんでこんなところから入ってくる?全員観光船に乗ったはずだ」
「あら、私は下の観光ツアーに申し込みをしていないから、ちょっと宇宙遊泳で遊んでいたのよ。というかもういい加減そんな物騒なものを突き付けないでよ」レミは自分でもなかなかの演技だなと思った。若い男は銃口を向けたまま頭に装着しているヘッドセットの無線機に向かって「あ、あ」と言った。
「ウーノだ、一人外から入ってきた。乗客と言っている」男は何やらやり取りをしているようだった。
<さて、チョコ、ここの乗客名簿を参照できる>
<今、旅行会社のデータベースに問い合わせているわ>
「名前は?」男は、銃口を突き付けたまま訊いた。レミはちょっとした時間稼ぎと思って有名な映画女優の名前を口にした。
「なんだと?」男の顔がゆがんだ
<あーらよっと、適当な女性がいたわ。あなたはちょうど解凍したての美女よ>
「冗談が通じないのね、シルビア・ポーキンズよ」
男は、彼女の口にした名前を伝えた。暫く男は無線機とやりとりを続けた。今なら隙だらけだが、ここでぶん殴ったら船内にいる海賊が応援にきそうだ。
「ずっと寝ていたのか」男はあきれた様に言った。
「まぁね、ちょっと訳ありで…」レミは、ウィンクをして上にあげた両手をひらひらさせた。「もう疲れたからいい?」
「いいだろう、しかしおかしなことをすると撃つ」レミは両手をおろし男は無線機で話を続けていた。「本当にいいのですか?着陸船に乗せなくて」
「ねぇ、何かあったの?」レミは、首を横に傾げた。「厳重過ぎない?」
「気にしなくていい、部屋に戻って出てくるな」
「いいけどさぁ」とレミは、そっと男に近づくといきなり首にしがみついた。
「撃つぞ!」男が大声を上げた。銃身がレミの腹に突き付けられた
「もう」レミは男の耳元で囁いた「ノリが悪いんだから、ずっと寝ていて男ひでりなんだ私…ねえ、どお?」レミは唇で男の耳たぶを挟んだ。
「だ、だめだ」男の声が動揺してる
「あんた若いからひょっとして童貞?」
「ち、ちがうわい」
「ふうん、そうなんだ。気が向いたら来てよ。F13よ」レミは男から離れると通路を歩いて行った。無害でバカな女と思わせる事ができただろうか?早く男の視界から抜けたい気持ちを抑え、ゆっくりと何も知らない振りをして彼女は進んだ。途中、多くの雑務を行うロボット達がすれ違った。
<さて、まずは娯楽室にでも行こうかしらね>
<また、仲間がいたら嫌だなぁ>
<ま、その時はその時ね。また色香でも使ったら>
<私、自分ではそういう女と思っていないけどさ>
<あらー、ちょっと濡れているわよ>
<それは無い!>
娯楽室には、大きな椅子が幾つも置かれていた。それらの椅子は卵状のもので覆われており、何かの乗り物のコックピットだけ置かれているように見えた。大きくリクライニングされた椅子の周囲にはディスプレイやヘッドフォンなどが置かれていた。
<なんか豪華だけどいまいち古臭い設備だなぁ>レミは卵状の設備をひとつひとつ覗き込むように見て回った。<ジャックインするコネクタが無いねぇ>
<いえ、有るはずだわ>
それは、隅っこに置かれたむき出しの椅子に設置してあった。
<なにこれ、歯医者の椅子?>レミは椅子の脇に立ってじっくりそれを眺めた。白い椅子はリクライニングされた状態になっており、深い半円形をして凹部に頭がすっぽり入るようになっているヘッドレストの付け根には棒状のインタフェースが突出していた。レミはポケットからハンカチを出すとその先端を綺麗に拭いた。
<別にそんな事をしなくてもきちんとデータは送受信できるわよ>
<だって、前に使ったのが脂ぎった親父だったりしたら嫌じゃない、ただでさえこんな年齢層の高いところでさ…>そしてヘッドレストの部分も綺麗に拭いた。なんか、ポマードとかついていそうな感じだなあとレミは想像しただけでぞっとした。
<ぐずぐずしないで、ちゃっちゃっと終わらそう>チョコがだらだらと椅子を拭いているレミに催促した
<分かったわよ>レミは脇から椅子に座ると、両手でヘッドレストの位置を調整してから、頭をゆっくりと落とした。冷たい感触がそっと後頭部から中に入ってきた。そこから先はチョコの出番になるが、彼女もチョコが選択した情報の一部を得た。
防犯カメラをハッキングしてひとつづつ左右を見るが、思ったより人数が多くは無さそうに思えた。エアロックのドアに居た青年は、見回りをしているようで、廊下を歩いていた。
<乗務員が居ないわ、どこかに押し込められているのかしら?>画像の中の男たちはどれも銃を持ちっていた。
<乗務員名簿を見てみるわね、その中の誰かが手引きをしたとすると、やつらの中に居るかも>
<任せるわ>レミは、チョコの存在を希薄に感じた。その間はハッキングされた画像を次から次と眺めた。そして妙な事に気が付いた。彼らは見回りの途中で仲間に出会っても妙によそよそしいのだ。どうも長い間海賊行為を働いてきた仲間同士って感じではない。そして銃も安全装置をかけっっぱなしで素人くさい感じがした。ただ、降下船のハッチに立ってる男は、玄人のような雰囲気がある。
<どう?>チョコが割り込んできた
<変よ、こいつら…素人臭い。何か分かったの?>
<犯人は、前の寄港地で交代乗務員として乗り込んできたようね、だから彼らは海賊であって乗務員でもあるわ、そして素人臭い理由だけどね、こいつらはネットの募集で集まってきた俄か海賊よ。まぁ小遣い稼ぎのつもりで来たのでしょうね>
<でも、降下船にいる奴はモノホンみたい>
<どれどれ…くそ、ライブラリィのレスポンスが悪いなあ>
<近くの通信基地まで遠いもんね、この船スタンドアロンだし>
<見つけたわ、スカルスパイダーの通称ブレードとアロウだわ>
<スカルスパイダーって海賊?>
<どちらかといえば強盗団かしらね>
<不景気で強盗も商売替えとも思えないけれど、なんか変だな>
<とりあえず、一応内部に居るメンバーが分かったから撤退して報告する?>
<現状だけ報告してよ。私はちょっと一匹捕まえてみる>
<その前にちょっと休むか着替えをした方が良いと思わない?>
「そうする」とレミはコネクタを外した。脚を床に下すとわずかによろけた。確かに疲労が限界に近い、このままでは一匹捕まえるどころか、捕まりそうに思えた。




