女将の話ー宇宙海賊3
「あら?寝ちゃったの?」女将は、椅子に座ったままうつらうつらしている私の耳元でささやいた。
「起きているよ」私は答えたものの、体にだるさを感じていた。
「なんか、顔が赤いよ」
「また風邪をひいたかも」
「今日はさっさと部屋に戻って寝なよ」
「そうした方がよさそうだ」
部屋に戻って布団をかぶると、最初は寒気で震えていたが、やがて自分の熱で暖まったベッドの中が蒸し風呂のようになってきた。暑さで布団を蹴り飛ばし、寒さでまた布団をかけ直している内にすっかり眠り込んだ。
翌日、女将は暖めたワインを持ってきた。飲むと、砂糖の甘みと香辛料の香りで気分が落ちついた。
「ありがとう」と礼を言うと。
「まぁ、しばらくは長い付き合いになりそうだからね、それにしても以外と風邪に弱いねぇ、これで2回目だよ」
「昔から、体が弱くってね。それより今は何時?」
「もう昼さ・・・」
「なんか暇でね、昨日の話の続きでもしてくれないか?」
「まぁ、こっちも客が来ないしねぇ」女将はベッドの端に座った。
「ギャラクシーⅡはでかい船だったわ。そういやあんたも乗った事があったんだっけ?」女将は話し始めた
「観光でね」私は、ベッドの中でうなずいた「昔のことさ」
「そう、あれは大きい船だったわ」
「なによあれ」レミは前のめりになって、スクリーンに映った巨大な独楽の型をした船を見た。「あれが例の船なの?」
「そうだ。ブリーフィングで見ていなかったのか」
「いいえ、でもあんな大きいなんて。宇宙ステーションの間違いじゃないの?」
「動く宇宙ステーションってところだ。こんな事件でもなければ、俺たちみたいな平民には一生乗れることのない船さ」
「おー、なんかラッキーじゃん私」
「何言ってんだか、それは潜入してから言うんだな」巨大なギャラクシーⅡはどんどん迫ってきていた。
「これより擬装して接近する。50メートルまで接近後離脱するぞ」ラットは、パネル上のボタンを選択していった。すると、彼らの船は、宇宙に漂う廃船となった貨物船にしか見えなくなった。
「準備しろレミ」
「了解」彼女は、宇宙服を着て推進装置を背負い、操縦席の間に隔壁を下ろすスイッチを押した。隔壁が閉まると、彼女の席の上部にあるハッチが左右に大きく開いた。数知れぬ星星が彼女の目に飛び込んできた。席の左右から宇宙に向かって二本の棒状の装置が伸びた。レールガンタイプのカタパルトだ。
そして巨体を真空に浮かべる船そして水色の惑星。ラットはエンジンを既に切って。惑星の重力にとらわれるひとつのデブリとして動いていた。
その軌道は、宇宙船とニアミスをする限界だ。近すぎるとギャラクシーⅡの自動防衛システムがこの船をデブリとして打ち落としてしまうからだ。彼女は、中央に設けられたカタパルトに立ち両脇にある支えを握った。
「体重の申請に誤りは無いな」ヘルメットの中で声がした。
「大丈夫よ」
「よし、射出速度の調整をした。これよりカウントダウンを行う」
「了解」レミは自分の心臓が高鳴るのを感じた。緊張が限界にまで達して、そのまま心臓が爆発しそうだった。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、射出!」そして激しい加速が彼女の全身を襲った。支えを握る指が離れそうだった。そしてあっと言う間に虚空に彼女は吐き出された。
「成功を祈る」と言うラットの言葉に彼女は答えられなった。
宇宙船は、既に壁の様に見えていた。そしてその外壁にある各種センンサーや熱放射板が流れる様に動いていた。遠くからはのっぺりにしか見えなかったが、今となっては、まるでサボテンの上を飛んでいる気分だった。その棘のどれでも当たれば致命傷だ。それでも今は核パルスエンジンの機関部分の側壁沿いに移動しているに過ぎない。
<チョコ、ルートを教えて>
<レミ、あなたかなり息が上がっているわ>その瞬間目の前を熱放射板がよぎった。
<ひえ!>レミは思わず悲鳴をあげた
<あなたは息を整えて、推進装置は私が制御するから>
<最初からそうすればよかったわ>レミは息を大きく吸い。体をチョコにあずけた
チョコは、船のデータベースを展開し船の回転速度を計算しながら、時折停止して傷害物をよけたり、推進装置で加速したり減速したりしながら、大きく張り出た独楽の本体部分である居住部分を目指した。そして、あとわずかというところでいきなり衝撃が彼女を襲った。
<いたーっ>レミはいきなり意識を戻した
<ごめん、データベースにないセンサーが船に追加されていたから避けられなかった。大丈夫?>
<まぁ、痛いだけだよ>レミは、とっさに掴んでいた棒状のものを握っていたが、足をばたつかせながら、遠心力で振り回され今にも宇宙に振り切られそうだった。畜生、こんなところでヘマをしてたまるかよ。と彼女はそれをしっかり掴みながら左手を離し、右手より向こうを掴み、そして右手を離し、左手の向こうを握りと、少しづつ体をその棒状のものの付け根に向かって引き寄せ、そして両足をそれに絡ませることができると、全身を使ってゆっくりゆっくりと進んだ。ようやく外壁に手が届いたところで、近くに梯子上のものを見つけた。それは単にT字型の大きな金属が壁面から同間隔で設置されているものであったが、壁面を背にすることで遠心力に吹き飛ばされる心配がなく移動することができた。居住施設に頭を向け彼女はせっせと移動した。
<チョコ、こっちでいいよね>
<大丈夫、この先に非常ハッチがあるわ>
<了解>
彼女は、時折遠心力で胸を梯子に押し付けられながら息を整え移動を続けた。単調な移動が続き、そして何メートルか移動したときに右手が空を切った。あれと思って頭を進行方向に向けると梯子が唐突に切れており、2メートルぐらいの間をあけて向こう側にまた梯子があった。腕を伸ばしてなんとかなる距離ではない、支えが無ければ遠心力に振り回されている今は、下手をすればそのまま虚空に吹き飛ばされる。彼女は、両手を宇宙服の左右のポケットに入れると小さな円盤状のものを取り出して、それに付属している握りを上に上げた。握り部分の人差し指があたる部分にはボタンがついていた。彼女は梯子の中で体を反転させて、体を宇宙船側に向けると遠心力に抗いながら右腕を切れた梯子の向こう側に伸ばしてから円盤状のものを宇宙船に付けてスイッチを押した。円盤が宇宙船にしっかりと張り付いたのを確認すると彼女はそのまま前進をした。顔が右手に到達すると左手を伸ばして同じようにスイッチを押して円盤を貼り付ける。そして右手のスイッチを離したとき体が宙に投げ出され左腕一本で彼女は宇宙船と自分と繋げた。その左腕を引き寄せて右腕を前に出して円盤をまた宇宙船のくっつける。まるで逆立ちの様にしかも移動速度はナメクジの様に遅く彼女は梯子を目指した。
ようやく向こう側に辿りつくと、再び梯子と宇宙船の壁の間に挟まれた空間にしばらく身を預けて荒くなった息を整えた。汗が湧き水の様に噴出していた。下手をするとヘルメットの中で自分の汗に溺れてしまいそうだった。
<死にそう>レミは一言呟いて手を前に伸ばした
<頑張って急いでね>チョコが励ましの言葉を送った
<頑張ってますよ。ねぇあとどれくらい>
<距離は5メートル、酸素はゼロ>
<息があがりすぎるなぁっておもったらそれか>最低だ、レミはそう思いながら腕を動かした。空気の薄い山頂で訓練もやったし、水中で酸素ボンベを外して水上に行き素潜りでボンベの所まで戻って装着した訓練だってやった。それに比べればまだ楽なほうだ。
そしてブラックアウトする寸前で彼女はやっと非常口の横のハンドルを掴んだ。そしてその脇にあるパネルから暗号を入力した。もしここで船内の海賊どもが暗証を変更していたら一巻の終わりだ。朦朧とした意識の中、彼女は2度その入力を誤った。3度目でやっと目の前の扉が横にスライドした。中に残留していた空気が飛び出して思わず虚空に飛ばされそうになったが辛うじてハンドルから手が離れなかったおかげで飛ばされずに済んだ。 レミは伸びきった肘をまげて体をもってくるとエアロック内にある梯子を中心に向かって上った。最後にのこった意識で奥にあるボタンを握りこぶしで思い切りひっぱたいた。扉がゆっくりと閉まり、やがて空気が流れてきた。ドアのあったところに彼女はどさりと落ちた。
<レミ!しっかり!>声が遠くに聞こえた
<あとは頼むわ>体に力が入らない
<あんたの体がダメージを受けたら私にもどうにもならないわよ>
<ああ、くそったれ>腕が勝手に動いてヘルメットの脇を叩いた。バイザーが開いた。新鮮な空気が感じられた。一度大きく息を吸う。そしてもう一度。生き返った気分がした。<さぁ、起きて、元気を出して>チョコが私を急いた。
「ねぇ、起きているの」女将は、私の肩をそっとゆすった。「人の話を聞いてないでしょ」
「いや、聞いているよ」それは嘘だ、一瞬だか、声は聞こえてはいたが、意識が遠のいていたのは事実だ。
「嘘つき」と女将は私の鼻をつまんだ。
「おいおい、病人なんだ」鼻声のまま私は訴えた
「安静にしてな」と女将は部屋から出ていった。
言われたとおり私は、目をつむり安静を心がけた。深い睡魔が意識を覆った。
夢の中で私はギャラクシーⅡに居た。着陸船に集められた客は殆どが名士ばかりだ。違うのは私と、一生の思い出ばかりと全財産を叩いてきた老夫婦と新婚のカップルぐらいだ。出入り口には、銃を持った男が二人立っていた。
ツアーが予定通りならこの着陸船で地上に降りて地球では見られなくなった古代の生物を観察できる筈だった。船内の放送が「古代生物観察ツアーに参加のお客さまは第二ドックにあるペリカン号前に集合してください」と言うので、船の客が全員その船の前に集合した。そして集まったところで、操縦士の案内に従って各自着陸船に乗り込み各自席についた。しかし、操縦士は出入り口の所を塞ぐように立つとポケットから銃を取り出して。全員の顔を銃の先端でなぞるようにして左右に振った。
「ギャラクシーⅡは只今を持って我々に占拠されました。これより我々は貴方方の命と引き換えに当局に身代金の要求を行います。当然の事ですが、当局が我々のルールに従わなかった場合、あるいは、貴方方が我々の指示に従って頂けない場合は、命をもって購って頂くことになります。なお、最初に申しあげておきますが、席を立つ場合は必ず我々の了解を得てください、勝手に立たれた場合は射撃の目標となります。お手洗いはこの船内の後方のトイレを使ってください、そのほか常備薬などが必要な場合は我々に指示をして頂ければ、仲間に取りに行かせましょう。何かあれば私に訊いてください」
我々は、席についたまま隣と会話を始めた。
「私語は慎むように。」男は、大きな声で警告をした。静かな時間が過ぎた。我々の見張り番は、1,2時間で一人だけ入れ替えを行った次に最初のやつがくれば、それで彼らの仲間の人数は分かりそうだった。しかし、長い時間そうやって起きていることはできなかった。あちこちで気持ちよさそうな寝息が聞こえはじめた。私は手を挙げた、すると見張りの一人が銃を私に向けて「立って両手を挙げろ」と命令した。私は言う通りに立ち上がって両手を顔の高さに挙げた。
「言え」と男は銃で狙いをつけたままだ。
「酒が欲しい。寝酒を、あと水」私がそういうと、周囲で私も、私もという声が広がった。男は、もう一人の見張り番にぼそぼそっと何かを話しかけた。すると、話しかけられた方は、無線機を取り出して小声で話を始めた。数分の会話ののち無線機が仕舞われるた。「酒はダメだ、水のみ配給する。」私はがっくりした。たぶんこれから幾人かの鼾に悩ませられる事になるだろう。




