↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34

メイフィア氏2

 そう、そのステーションは、さいはての宇宙でステーションを作る技術が未熟だった頃に生まれた。回転する事で遠心力を擬似的な重力としていたドーナッツを積み重ねたようなステーションだ。多くの新しいステーションが建造される中でそれは序所に老朽化し、人も少なかった。


 こんなところに来るのは人間嫌いか、終の住処を求めて辿り着いた奴ぐらいだった。当時の私はその後者に近い状態だった。

 自分のこの糞面白く無いくそったれな人生にケリをつけたかった。だから飲んでばかりいた。飲んで飲みまくって酔っているうちに死ねたらと思っていた。

 私は、長い人生を歩みながら常に人生に目標のようなものを見つける事が出来なかった。そういう努力や好奇心も持つことさえなかった。


 長い人生の中で、妻や子供達が自分の生き方というものを真摯にとらえ、私の元から巣立ってゆく度に、私は劣等感に悩まされた。普通に生きている人生なら、きっとどこかの小さい企業で、役にたつか立たないか理解できない仕事を、人に言われたままにこなすということを定年まで続け、趣味もなく、呆ける時期を待っていたことだろう。

 ここは、私に相応しい場所に思えた。ここは宇宙にある人生の吹きだまりだった。


 その夜、私は相当酒が入っている状態でマスターと酒のウンチクを語っていた時だっただろうか、やたら人ばかりがごみごみしていたが、汗臭いバーはそれでも深夜と決めた時間になればそれなりに閑散とする。


 宇宙ステーションには関税はないけど、当然輸送費は馬鹿にならない、特に地球から送られてくるものは糞高い値段になってここの哀れな消費者の懐を直撃する。だから、こんな場末のような居酒屋にはごりっぱな由緒正しいワインも香り高いウィスキーも無い。あるのは、ここで穀物や果物を使って醸造したあやしげな酒か、純度100%のアルコールにいろいろなものをほうり込んで作ったものだ。


「ここと変らないね」と女将が言った「そんなものでよくまあ酒を語れるもんだ」

なぁに語ることはいくらでもあるものなのさ。そもそも酔っていて素面でないのだから。口からでまかせはいくらでも言える。



 さて、完全な酩酊状態でもなんとか自分の部屋のドアに辿り付き、なかなか自分のキーカードをドアのロックに通せずにいるときにふと、隣のドアから顔を覗かせたのがメイフェア氏だった。

 彼は右手を出して「こんにちわ」と名乗って見せたが僕はその手を握り返すだけのことで何度か掌を宙で空振りさせた。しかたない、ただの酔っ払いなんだから。


「どもども」って自分の名前を名乗った覚えはあるが、この日の記憶はそこまでだ。気が付けば、部屋の床の上で大の字になっていて頭痛と吐き気が一気に襲ってきて目が覚めた。


 それからは、何度も洗面所とベッドを行き来を繰り返し、常備していた食べかけの菓子を口にしたのは午後も遅い時間になってからで、その時になってようやく記憶の断片で近所に人が越してきたのを思い出した。


 一応この辺りで生活するには結構近所付き合いも不可欠なので、彼を訊ねようと自分の部屋をでると、丁度よく彼がせりあがった通路の向うからやってくる所だった。


「こんにちわ、えーーとメイファアさんでしたよね」僕の息はきっと酒臭いだろうなと思っていたので、小声で挨拶をした。


「昨日は、結構飲んでおられましたな」彼はにこにこ笑って言った。奇麗な白髪に分厚い眼鏡がどこか知的に見える初老の男性というのが、その時の印象だった。

「今、このステーションをちょっと探検してみたところですけど、地図とは違うのですね。」彼は地球から持ってきたと思われる冊子を僕に見せた。

「これじゃ、役たたないですね。」古いなんてものじゃない、計画段階時の地図なんか糞の役にも立たない。


「ちょっと待って下さい、確か最近の案内図があるんで」と僕が部屋から持ってきたのは、3枚の紙切れでできた、居酒屋案内図だ。それでも、彼のよりはマシなのである。彼は、きょとんとした顔で3枚の紙を受け取った。3枚ともドーナッツ型をした枠の中を小さい区画で分けてあって。その中を小さい字が沢山書いてある。私は一番上の紙を指で指した。


「この住居地区がAリング、ほかに同じ大きさのBリングとCリングが下にあります。他にDとEのリングは骨組みしか無いから行けないです。そしてAトラックだけど・・」

「立って話すのも何ですから、お部屋で説明していただけないですか?」彼は僕の言葉をさえぎって、まだ何もない狭い部屋に招き入れた。

「ここまで狭いとは思いませんでしたよ」彼は苦笑いながらベットの脇にある小さな椅子に坐った。

「もともと、このAリングのこのブロックは、ステーションの建築が始まったころの作業員の宿舎として作られたところですからね、でも時々そのころに作業員が持ってきた。酒とか見つかりますから、部屋の隅々をさぐってみるとオモシロイですよ。僕も、ベットの下から小さなフラスコを見つけましてね。中身はバーボンでした。」

「ああ、それでか」彼は大笑いをしてみせた。こんなものが天井の物置から出てきましたよ。彼はベットの上から瓶を一本テーブルに置いた。

「おや、まぁ!グレンファークラスかい」僕は久々に見る地球の酒に涎が垂れそうになった。

「そんなよいお酒なんですか?」彼は、瓶をそっと撫でた。

「ええ滅多にお目にかかれない酒ですよ。昔、ここで働く人はそんな裕福って訳でもなかったから、流石に高級なものは持ってこれなかったですけど美味しいお酒ですよ」

「よろしかったら差し上げましょう」彼はそっと瓶を僕の方に押した。「私は酒を飲んだことが無いので」

「え、飲めないのですか?」私の目は喜びに垂れ下がっていたことだろう

「いや、私の親父がアルコール依存症だったので、どうも飲む気になれないのですよ」彼は、頭を横に振った。

「じゃあ、今まで一滴も?」

「そんなことは無いですけどね。口に合わないというか。まぁとりあえずお持ち下さい。分かる人に飲んでもらった方がお酒の方も喜ぶでしょうし」

「じゃあ、こうしましょう。これは頂きましょう、でもこの瓶の蓋を開けるのに今夜ちょっと付き合ってもらえません?さすがに、頂くだけじゃ悪いから、良いお店を紹介しますよ。ご飯もお茶も美味しいですよ」私は、テーブルの上の瓶を両手で抱えそのラベルをじっと観た。

「あの、地図の方も・・・」

「おっと、そうでした。」私は瓶を床に下ろし代わりに小さなテーブルに地図を広げた。

「えーーと、先ずA、B、C各リングは多分、そっちに地図にも載っていると思うけど、自転車のスポークを3つ重ねた感じで中心でとりあえず繋がっています。

 何か事故があったら、リング単位で切り離しが効く様になっていると聞いたことがあるから多分そう思います。そんな構造だから、リングからリングの移動は、中心に向かうエレベータを使うか、リング間の直通バスを使います。ただエレベータは狭くて汚いんで皆バスを使用していますね。


 さて、これがAリングでさらにこれが4等分されて、ここでは1ブロック、2ブロックって呼んでいます。ブロックの間には遮蔽扉があるので、緊急事体が発生するとそのブロックは隔離されます。で半年前にそれがあったんで、Aリングの3ブロックは今のところ行けません。居酒屋は、各ブロックにあるけど、美味しいのはこのリングの4ブロックのクワトロかなぁ・・・・ここのブロックの火星屋は止めた方がいいです。不味くて量が無いし、酒もろくなものが無いです」


「おやおや、相当飲まれているようですね」彼は、笑いながら言った。

「いやいや、こんなところなんで私みたいのは他にやることが無いのですよ」私は私で恥ずかしい気分だった。「あ、それでCリングは居住区ではないです。ここは食糧生産用やメンテナンス機器が入っているから、一般は立ち入り禁止です。Bリングは、主に偉いさんと家族持ちが多いです。なにか高級なものを食べたいとおもったら、Bリングに行った方が良いですね。でもここもあちこちから見捨てられていますから、そういう人たちも店も減ってきました」


「着るものとか、備品とかは何処で仕入れるのですか」メイフィア氏の身なりは良い方に思えた。きっと本来ならBリングに住むような人物の様に思えた。

「Bリングにスーパーがあるけど、やっぱり値段が高いです。もとは3ブロックにも雑貨屋さんがあったけど、事故で無くなったんで週に一回来る販売船を使います。


 船はスポークの中心にあるポートにくるけど。結構売り切れとかするんで、あらかじめ予約注文しておかないと欲しいものは買えないです。」私はそれで何度も痛い目にあっていた。破れた上着や靴下を何日も着続けた事があったものだ。


「このガイドだとAリングにもスーパーがあることになっている」彼は僕にその奇麗な店構えのスーパーの写真を見せた。

「それは、予定ですからねぇ。」実をいえば僕もそのガイドは知っていた。そしてスーパーの無いことに腹も立てたものだった。今はもうどうでも良いことと思っているだけ。


 多分その夜のことはなかなか忘れられない事になった。マスターは店の看板を下げ、店内は僕とメイフェア氏とマスターそしてグレンファークラスが一本。キャップは氏に開けてもらい、僕とマスターで各々水割りにした。メイフェア氏は、出された紅茶を一口飲んでから、おやと言う顔をした。

「水が結構良いですね」

「こんな、閉塞された中だから、お役所は水の浄化装置だけは良いものにしてくれたみたいですよ。」マスターはにこにこして言った。「美味しいお酒さえあれば、地球のどこのバーにも負けない水割りはだせますよ」

「マスター、こっちも乾杯しよか」私は、飲みたくてうずうずしていた。昨日あれだけ飲んで今日もまた飲むなんて、なんて素敵な夜だろう。

「じゃ、のもうかな」マスターと僕とで、グラスを合わせるとメイフェア氏が小さな声で言った。

「よかったら、私にも作ってもらえませんか?」

「だって、良いのですか?」

「ええ、本当はここに来たのもお酒がちょっと関わっていましてねまぁ、これ以上どうなるってこともないでしょうから」

マスターは、うなずいて一つのグラスで水割りを作ってメイフェア氏に渡した。彼はグラスを鼻の先にもってきてグラスを軽く揺らし、しばらく静かにその香りを味あうように目をつぶっていた。

「いい香りです」と彼は囁くように言ってから唇をそっとグラスにつけてからふぅとため息をついた。

「もう、二度と飲むまいと思っていたのですけど、香りに負けてしまいました」

「おやおや、それはいけませんね」マスターはにこにこしながらいった。「今ままで飲まなかった分飲んで行くといいですよ」

「全くだ。」メイフェア氏は、もう一口飲んだ。「この歳じゃもう多くは飲めないから、失敗もできない」

「失敗したことが懐かしいみたいですね」私は、マスターにお代わりを頼んだ。

「不思議なものでね。良い思いでより、辛い方の思い出の方ばかり良く覚えていてね。そのせいか懐かしいですよ。」

「それなら私は今でもしくじりっぱなしのままですね」マスターは、グラスを私に渡した。「こんな辺鄙な場所にしっかり腰を据えてしまいましたからね」

「それなら、私も同類だ」私はけらけらと笑った。「でも上から見ればかなりどん底でも、住めば都だ」

「私もあなた方の様になれるかどうか」メイフェア氏は、静かに言った。「夢も希望も捨ててね」

「いや、それは違う」と私は言った。「遠い未来は見えないけれど、明日は必ず来るからね。今日を生き抜くという夢も希望もあるのさ」それは彼に言った言葉ではない、自分にだ。こんな人生を早く終わらせたいとばかり願っている私自信への訓告だ。


「私は、これでも多くのワイナリーやウィスキー工場を持って居たのですよ。昔から続いたひとつの酒蔵から大きく大きくしたものです」メイフェア氏は空になったグラスをカウンターに置いた。マスターをそれを手にしてまた水割りを作った。


「儲けた金で、他の酒蔵を買収してさらに儲けた。まぁそんな事をして私の事を良く言う奴なんかいませんでしたけど。妻だけは理解をしてくれた。にも関わらず、他の女に手を出してしまってね。毎晩取り巻きを連れては飲み歩いたものです、気が付いたら女房は逃げた後、経営を任せた奴にはすっかり会社を乗っ取られ、いつ間にか私は、僅かな貯金だけを残して放逐されてしまったのですよ」

「ここへは?なぜ?」と私はぼそりと訊いた

「さぁ」と彼は答えた「ふらふらしていたら、行き止まりの道路に突き当たったようなものですよ」

「行き止まりですか」マスターは、自分のグラスに酒を注いで氷を浮かべた。綺麗に丸く削った氷だ。「私はそうは思ってはいませんよ。氷も辛抱強く削っていけば、綺麗な球になります。ここのどうしようもない酒だって、熟成を重ねれば味わいも出てくるものです。私はこのステーションは蔵のようなものと思っています」何故かマスターはメイフェア氏ではなく私を見ていた。「人を熟成させる場所じゃないかとね」


「まぁ、俺の場合は腐造酒ってところだけどね」私はマスタの目に答えてやった。実際その頃の私は腐っていたようなものだ。

「あなたはまだ若いから、きっと大丈夫ですよ」トメイフェア氏は慰めてくれた。私は心の中でともすれば私は貴方より爺なんだぞと怒鳴っていた。

「若さに乾杯」と私は彼の言葉を酒で飲み込んだ


 酔いの中の眠り、吐き気のする過去の事実と甘い蜜の様な希望の入り混じった浅い夢の中、私は何かを思い出していた。そしてそれがなんだが分からないままに夢の中を漂い続けた。


 痛い頭を抱えながらも、翌日の昼にメイフェア氏の部屋のドアを叩くと、うなるような声を出して彼が返事をした。どうやら私と同じ状況にあるのは間違いなさそうだった。あいたドアの隙間から、辛そうな声で「はい?なにか」と声が返ってきた。


「いや、ちょっと面白い事を思い出しましてね。ま、忘れないうちにお誘いしようかなと」

「しかし今日は…」声が辛そうだが、ぼさぼさになった白髪のメイフェア氏が顔を出した。

「実は私も、二日酔いでして」と私は白状した。「こんなときに良いのがあるのですよ」

「向かい酒は無理ですよ」と彼は、酒臭い息を吐いた

「いや、ちょっとした果物を失敬しようかなと思いましね」

「果物?」

「ええ、きっと元気がでますよ」

「ちょっとお待ちを」と氏はドアを閉めて部屋に戻っていった。そかれら暫くしてから短パンにポロシャツ姿の彼が出てきたが、腹の中のものをすっかり出してきたらしく、酸っぱい香りのする息でお待ちどうさまと言った。


 私はのんびり歩みを進め、時折廊下の隅にあるベンチに二人で座り、牛歩のような歩みで目的地に向かった。のんびりと歩いてゆくとやがて突き当たりに出た。厚そうな壁には3の文字が大きく書かれていた。閉鎖された3ブロックだ。その文字の意味をメイフェア氏も悟ったようだった。


「行き止まりですよね」メイフェア氏は私の顔を見て言った

「まぁ。そういう事になっていますけどね」私は、無造作に小さい扉についているテンキーをいくつか押した。ロックが外れる音がしてから、私はドアを開けて中に入り込んだ。「さぁ、早く」とメイフェア氏にも声をかけると彼は、思ったよりてきぱきと動いて中に入ってきた。鼻腔の中を甘い香りが抜けていった。

「ここは?」と言う彼にも、壁にびっしり張り付いた蔦状のものとたわわに実っているプラムのようなものが何であるかは分かっているみたいだった。

「まぁ、言ってみればここAリングの秘密ですかね」私は、赤い実をいっこもぎ取って口に運んだ。皮がはじけるようにやぶけて、甘酸っぱい果汁が口の中で広がった。

「食べると美味しいですよ」私は実をひとつ採ってメイフェア氏に渡した。彼は、それを口にすると笑みをもらした。

「こんな美味しい宇宙蔦の実は食べたことないですよ。でもなんでまた?」

「さぁ、昔のことなんで私も分からないですけどね、ここが作業トラックとして最初に出来たときに作業員の食料確保の為に農業施設として作られたブロックらしいのですよ。で、完成時に中身は全てCトラックに移動したのですけどね…いまは、こんな空き部屋だらけの状態だし、建前上事故って事にしてここで、こいつを栽培してまぁ、密造なんかしちゃっているのですよね。もっともへたくそなんで、アルコールが出来たら蒸留しちゃってますよ。ここで作った酒を飲むくらいなら、実をそのまま食べた方がかなりマシってものですよ」


「でも、この実の味ならかなり好いものができそうな気がしますけどね」

「仕方ないですよ、素人が作っているのですから」私の言わんとすることは彼に伝わったようだった。

「設備とか揃いますかね?」彼は、また実を食べていた。

「機械屋さんならここは事欠きませんよ。一人で宇宙船を組み立てかねないような奴だけはごまんと居ますからね」


 それから暫くして、メイフェア氏は部屋と封鎖された3ブロックを行き来するようになった。そんな彼を見ていると、羨ましかった。夢を追いかけている姿が生き生きしていて、私だけがここで腐っているように思えてしまった。


 彼がそろそろワインの1号ができそうだという時に、私はここから逃げるように出て行くことを決めた。メイフェア氏は非常に残念がり、私にワインを送るからと個人IDをしつこく聞いた。


「それがこれですよ」既に空になったボトルで空になったグラスをかるく当てた。

「夢をかなえたメイフェア氏に乾杯」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。