メィフィア氏1
「あんた、起きてるかい」ドアの外で女将が大声を出した。
「なんですか?」その声に応えるように思わず私は、ベッドの中から大声で怒鳴り返した。ゆたんぽが、まだほのかに暖かい。
「起きてんなら早く降りてきな荷物が着ているよ」そして階段を下りる音が聞こえた。荷物だって?私はきっと何かの間違いに違いないと思いながら、白い息を吐きながら服を着た。
このステーションが完全に息を吹き返すには未だ朝が早いのだ。軋むような音を立てる階段を降りてカウンターに行くと配送業者の制服を着た男が、長方形の荷物を小脇に抱えて待っていた。私は、湯たんぽをテーブルに置いて、制服の前に歩み寄った。
「北条さんですか?」と制服は私に向かって訊いた。
「あぁ…そういう名前の時もあった」私はうなずいた。
「IDトレース便です。」と制服は箱をカウンターの上に置いた。
「品物は何だい?物騒なものじゃないだろうね」私は、自分を追っかけてきた荷物に疑惑を抱かずにいられなかった
「データからは食品のようですね。差出人は、A・メイフェアさんですね」配達人は手にした端末を見ながら答えた。
「うーん、身に覚えが無いなぁ」私は、記憶を必死になって辿った。
「受け取りますか?」と制服は聞いた。メイフェア氏、メイフェア氏…私は何度も呪文のようにその名前を唱えた。
「食品かぁ、何年前のだか、もう腐っているのじゃない?」カンターの向こうで女将がからかうように言った。「さもなければ、酒だろうな」
その彼女の言葉に、ふと一人の老人の顔が浮かんだ。そういえばそんな名前だったような
「はい、受け取ります」と私は、IDを差し出した。制服はそれを受け取って、小さい機械に通すとランプが付いたのを確認した。
「確認がとれました。」と制服は言うと、荷物をテーブルの上に置いてさっさと出て行ってしまった
「それにしても、まぁ酷い有様だねぇ」と女将は箱の包みを上から下まで舐めるようにみた。当初の包装紙はあちこちが破け、その代わりと言わんばかりに、不在通知の紙がいたるところに貼り付けられているのは、まるでボロを纏っているようにしか見えない。「一体なんだろうね」
「多分、ワインでしょう」私は、不在通知を一枚一枚めくるようにしてその内容を確認した。そこに書かれた住所は私が長い間旅をしてきた軌跡でもあった。きっと私が支払いとかでIDを使う度に、発送所で所在地を突き止めて誰かが届けにきたのだろう、しかし毎回配達人は誰も居ないか、既に他の住人が住んでいる部屋のドアをノックしたのだ。荷物はセンターに送り返され、また私がIDを使うのを待っていたのだ。女将も興味深そうに沢山張りついた紙を見ていた。
「それにしても、よほどあんたを探し回った酒なんだねぇ、もう酢になっているのじゃないかい?」
「そうかも知れないです」私は取り付いた紙を取り除き、それを自分のポケットに押し込みかなり痛んだ包装を丁寧にはがすと、木の箱が姿を顕した。
「おやまぁ、豪勢な箱に入っているところを見ればよほどの上物だね」しかし箱には何のラベルも付いていなかった。ただ良く見れば、何かのラベルがをはがした跡を見つけることができた。きっと何かが入っていた箱が丁度いい大きさだったからそれを使ったのだろう。
木の箱の上部にある蓋を開けると中には、くすんだ色になった一枚の折りたたまれた紙とボトルが一本入っていた。ボルドータイプの肩の張ったボトルだった。紙には一行だけ「初出荷のワインです。良かったら味わってみてください。A・メイフェア」とだけ書いてあった。時と共にインクが薄れた手書きの文字。
「飲んでみますか?」私は、その瓶を持ち上げてみせた。「子供の飲みものですけど」
「たまにはハードリカー以外もいいかな」と女将はにやりとしてみせた。むしろ単に飲みたいだけだろうが、彼女の指先がそのラベルを指した。
「ch.ギャラクシー」と小さいうっとりとした声で言った。「私の記憶では一回だけ、人の奢りで呑んだことがあるだけだね。しかも、そのビンテージは一体なんだい…ここまで古いなんて」
「メイフェア氏が…」私もそのラベルをじっと見た。ホイール型の古い宇宙ステーションの絵が下手くそに描かれたラベル。「約束を覚えていてくれたのでしょうね、これは、ギャラクシーの最初のロットですよ。でもはっきりいって美味いという保障は無いですよ」
「なんでだい?でも眺めたって腹の足しにはならないし、早く飲もうよ」女将は笑みを浮かべた。
「でも、まだ朝ですよ」
「何、ほざいているんだい、何時も飲んでいるくせに」
「ここに来てから悪い習慣が身に付いただけです」
「まぁまぁ、この日の為って訳じゃないが、たまたま良いチーズもあるしさ」女将は、自分でさっさと小さいホールにある調理室に入ってしまった。
私は、ひとつのテーブルに着き、ワインを置いた。とても古い思い出が脳裏の中を過ぎった。女将は、コルク抜きと、ワイングラス2つと、皿に盛ったチーズを持ってきて私の前に座った。私はコルク抜きを受け取りコルクの栓にそれを差し込んで引いた。小さくポンという音と共に長いコルクの栓が抜き取られた。私はそっと鼻を塗れたコルクに近づけた。
やや甘いナッツのような香りがふわりと鼻腔の中に迷い込んできた。腐ったような匂いがしなかったので安心した。
「どうだい?」と女将がの早くそれで喉を潤したいと思っているのか、眼を大きく見開いて私を見ていた
「さぁ、私には分かりません」私は彼女のグラスにそれを半分に満たない程度に入れた。彼女は、そっと鼻をグラスに近づけた。
「劣化はしていないようだね」と彼女が唇をグラスにつけている間に私は自分のグラスにも注いだ。
「全然渋みが無い。なんだろう熟成されたような旨みを感じるよ。そしてなんというボディの強さ」彼女は、一口飲んでから言った。
「あんたがそういうと、不思議だ」私もそれを一口飲んだ
「何故だい?」
「酒はなんであろうと、水のように飲むものと思っていた」
「まぁ、本来はそう思っているさ。でもこれを一気に飲み干すには勿体ないよ」
「そう言ってくれるとメイフィアさんも喜んでくれるでしょう」
「ああ、送ってくれた人だね。でも放浪しているあんたによくまあこんな高級品をプレゼントをしたものだ」
「当時は、まだできたてで名前も知られて居なかったと思いますよ。それにこれは、最初に出来たものです。完成したことを僕に教えたかった。それだけなんですよ」
「それが、今じゃ一流品だ。でも、なんかこのシャトーと関わりがあったのかい?」
「シャトーとはいえないですよ。老朽化したステーションでこれは生まれたのですよ」
今では、きっとこのワインのせいで、あのステーションにも活気が戻ったのかもしれない。
私達が飲んでいると、そこへ旦那が朝帰りをしてきた。
「おい、旦那ちょっと待ってくれ」と私は旦那に声をかけたが、全く取り合おうとしない感じでふらふらと歩いてカウンターの奥に向かおうとした。
「シド、ちょっとこっちの旦那が用があるってよ」女将が大声で呼び戻した。
旦那は、面倒臭そうに私達のテーブルに付いた。
「俺は、あんたなんか知らねぇ」旦那は、がらがら声で言った。
「私も、貴方は知りませんが、旅の途中でとある人から貴方に渡して欲しいという物がありましてね、ちょっと待ってください」
私は、一旦部屋に戻り、小さな包みを鞄から取り出して階下に戻った。
そして、その包みを取り出してテーブルに置いた。ゴトンと重い音が木のテーブルで響いた。
「なんだい?」と訝しげに私をみた彼女の目の前で私はその包みを解いた。中から出てきたのは一丁の銃だった。銃把には一匹のヘビの紋様が彫ってあった。
「貴方の旦那さんが殺したと信じている男の遺留品です。」
「…」
「この銃の持ち主に頼まれました。彼のおかげで命を救われた方も居ました。」
「死んだ筈だわ・・・」女将の問いに、私はそれに首を振って答えた.
「確かに撃たれたが、彼が一流だったのは、彼は自分を守る事もきちんと考えていたということです。銃弾は、彼を死に至らしめる事はできないのです。もし、彼と同じ世界に踏みとどまっていれば、彼が生存していたという情報も聞けたでしょうが」
「結局彼は、2流だったのね」女将は旦那をチラリとみた。
「分かりません、しかしこの銃の持ち主は、自分に致命的な弾を撃ち込んだのはシドだけだったと言っていました。」
「ヤツは、サイドワインダーは?」シドは銃を手にして訊いた。
「癌で、亡くなりました。この銃は遺言代わりです」
「そうか、死んだのか」シドは、その銃を手にしたままふらりと立ち上がり、カウンターの奥へと消えて行った。
「で、このワインの由来はどうなんだい」女将は、旦那の背中をじっと見送ってから私の方に向き直った。




