207 R-少しずつ人となりでも
「――こちらでは初めましてですね。華花の母の、花恵と申します」
「同じく母の明日華だ。よろしくな」
駅から移動し、婦妻の聖域へとついに足を踏み入れたメアリーとヘレナ。
娘たちより先に家に駆け戻った花恵と明日華が、さも涼しげな顔で客人たちを迎え入れた。
……戸が開く直前まで、例によって明日華が所在なさげにしてはいたが。
「エ、エイト改め、メアリーですっ……と申しますっ。ご息女様方にはいつもお世話になっております……!」
(神の親って、もう実質創造神じゃねぇか……)
そんなこと知る由もなく、ハロワで初めて会った際と全く同じことを考えるメアリーの口調は、やはりどうしたって崩れがちになってしまう。
「……何か喋り方無理してねぇか?まあいいや……んで、そちらが?」
「ヘファこと、ヘレナと……、……言います……お会いできて嬉しいです……」
「……こっちは、なんでもうへばってるんだ?」
「すみません……恥ずかしながら日光に弱いもので……」
(滅茶苦茶肌白いし、虚弱気味なのか……?)
ヘレナの方は緊張という以上に、道中で日差しに体力を奪われての乱れた口調。白過ぎる肌と相まって、明日華の内心で純粋な心配の念がよぎる。
(リアル推しのリアルご両親……実質創造主みたいなもんでしょこれ……)
当の本人は、何やらメアリーと同じようなことを考えていたが。
「……取り合えず、なか入って休もうか」
「うんうん、特にヘレナちゃんはねぇー」
◆ ◆ ◆
流石に六人も集まれば、リビングも多少手狭になってしまうというもの。
白銀・黄金総勢四人のどうぞどうぞによってヘレナとメアリーはソファに座らされ、テーブルを挟んで対面に華花と明日華、それぞれの隣接した面に蜜実と花恵という構図で卓を囲み、一同は改めての自己紹介的フリートークと洒落込んでいた。
「二人は、お仕事とか何やってるのー?」
「あ、私たちは学生です」
蜜実の質問に乗っかって、今更分かり切ったことではあろうが、一応言ってみる華花。
知ってた、と笑いつつメアリーが口を開く。
もう既に、『エイト』は無理があるから諦めろと全員から諭された彼女の口調は、少々荒っぽく砕けたものになっていた。
「あたしはまあ、フリーライターって感じだな」
「おお、物書きか!」
「って言って、良いんすかねぇ」
妙に食い付きの良い明日華に、一文字いくらで買い叩かれる自身の文章たちの薄給さを思えばこそ、苦笑で返さずにはいられないメアリー。
「フリーランスってなんか、カッコいいよね」
「ねぇ~」
「気楽だけど、そんなに楽じゃないぞ?」
「「すんごい矛盾」」
就労経験のない学生二人から出てくる感想は、まあこんなものであった。
そう深堀するほどでもないと肩をすくめるメアリーの意を酌んで、そのままもう一人へと視線を移す。
「ヘレナは?」
「ニートよ」
「へぇ~……へぇ?」
思わず固まる蜜実。
否、蜜実だけでなく、華花も白銀婦妻もメアリーも、皆一様にフリーズしていた。
「ニート。無職」
気後れや恥じらいなど一切ない、静かながらも堂々とした宣言。
無職であることに誇りすら抱いているような確固たる佇まいに、皆の困惑が加速する。
「えっと、働いてないってこと?」
「働いてないし、働く気もないわ」
凡そあらゆる労働も、その意欲も全く持ち合わせていないと宣言するヘレナは、まさしくニートの手本と呼ぶに相応しく。
悪びれもしないどころか、むしろ気持ちドヤ感すら漂うその澄まし顔に、その場の誰もがどこか引き攣ったような表情を浮かべていた。
「……働いてはいないけど、何かこう、収入源があるとか?」
「いえ、アタシ個人としては、お金を稼ぐ行為は一切行ってません」
投資家やら資本家やら、最悪、凄腕ギャンブラーやらである可能性まで考慮した花恵の問いも、虚しくリビングに溶けていく。
「あー、てことは、なんだ……親の金で生活してるってことか?」
想定し得る中で最もあって欲しくない、しかしこうなればもうそれしかないであろう……と、続く明日華の口の端は、隠し切れず震えていた。
「はい」
対するヘレナの、やはり堂々たる肯定。
「マジでクソガキじゃねぇか」
流石のメアリーも煽り抜きで、割と本気で、どうしようもないダメ人間を見る目を向けざるを得ない。
「ガキじゃないって言ってるでしょうが、同じ罵倒ばっかり擦ってんじゃないわよ」
「いやもう、それどころじゃねぇよ。マジで」
いつものような過剰に攻撃的なトーンも鳴りを潜めており、マジのマジのガチで衝撃を受けていることが、語彙力を失ったその台詞から伺える。
「「「「…………」」」」
それでもまだ、辛うじて罵倒を投げられるメアリーはましな方で、二組の婦婦婦妻はもう、何と言葉を発したものかと黙り込んでしまっていた。
「あー……」
そうなればヘレナもこの辺りで、流石に引っ張り過ぎたかと、纏っていた謎に強気な雰囲気を霧散させる。
「……ここらでネタバラシをしておきますと、アタシ、製薬会社の社長の娘でして」
「……社長令嬢ってやつか?」
「はい。割とデカめな企業の」
割とどころか、国で一、二を争うほどの超大規模企業であったりするのだが、まあ、その辺は適当にぼかしていくヘレナ。
「ありがたい事に生まれた瞬間にはもう、普通に生きてれば死ぬまで困らないくらいのお金を、両親が用意してくれていたみたいで」
「それはまた、何とも……」
明らかに親バカである。それも、相当に度が過ぎた……とは、一般庶民の感覚で、大企業の社長ともなれば、子供の為にそれくらいするのは当たり前のことなのだろうか。
先ほどまでとは別種の困惑に言葉尻が窄まる花恵を余所に、ヘレナは滔々と、職に就いていないことの正当性を語っていく。
「と、言うわけなので、働かなくても問題ないといいますか。両親からも、賃金を稼ぐためだけの労働などしなくて良いと幼少の頃から言われ続けてまして」
「……いや、脛かじってることに変わりはねぇじゃねぇか」
眉根を寄せるメアリーのド正論パンチ。
しかし、ニートであることに一ミリも負い目を抱いていないヘレナにとっては、何のダメージにもならない。
「親公認だからいいじゃない。両親がそれを望んでいるんだったら、喜んでニート人生を謳歌するわ。これも一つの親孝行ってやつでしょ?」
「意味わかんねぇ……」
開き直りとすら呼べるその言い分に、ドの付く一般人……それも、フリーライターなどという少しばかり不安定な職を選んだメアリーは、怒りも呆れも通り越して、もうただ首を捻るしかない。
(やっぱこの女とは相容れねぇ……思考回路が違い過ぎる……)
結局、分かり切っていたこと再確認した辺りで、彼女はこの件について考えることを止めた。世の中、逆立ちしたって理解できない世界の住人がいるものなのだ、と。
「……ま、まぁ、そのくらい凄い家の生まれなら、別に働いてなくてもいい……のか?」
「ご両親に迷惑をかけているってわけでも、なさそうだし、うん……いい、の、かな?」
体力が無いのも、肌が白過ぎるのも、日差しに弱いのも、どれもこれも、全くと言って良いほど外に出ない引きこもりのガチニートであるが故。
よそ様の家庭事情などとやかく言うことではないが……娘の友人が円満ニートであった際の対応法などとんと知り得ない明日華、花恵の心中は、流石に穏やかではいられないようであった。
「これがお金持ちかぁ……」
「凄いね……」
一方の蜜実と華花は、リア友の「お嬢様」とはまた違う、「お金持ち」という新人類を前に、感嘆のような驚愕のような、名状しがたいお口半開きフェイスを晒していた。
次回更新は11月17日(水)18時を予定しています。
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