神話の権能『定海神針』、チート魔法を強制停止〜俺の畑で火遊びするな。課金で買った理不尽な業火をエラー消去してみた〜
神話の権能『定海神針』、チート魔法を強制停止〜俺の畑で火遊びするな。課金で買った理不尽な業火をエラー消去してみた〜
圧倒的な熱量だった。
勇者ゼロスが放った広域殲滅魔法『ヘル・フレア』。神界のシステムに一千万ゴールドという莫大な【マネー】を課金して購入された使い捨ての極大魔法は、ポポロ村の豊かな大地を舐めるようにして、巨大な炎の津波となって押し寄せてくる。
「はははははっ! さぁ、どうする辺境の民たちよ! この私にひざまずき、救いを乞うなら、間一髪で助けてやらなくもないぞ!」
上空を飛ぶ不可視のカメラドローンに向けて、ゼロスがわざとらしくマントを翻す。
自分の手で火を放ち、ギリギリのところでそれを消し去ることで、「村を救った奇跡の勇者」としての見せ場(PV)を稼ぐ。それが炎上神ワイズと結託した彼のヤラセのシナリオだった。
だが、その炎の熱波は、ポポロ村の住人たち――そして、俺が手塩にかけて育てた『畑』を確実に黒焦げにしようとしていた。
「クウゴさんっ! 下がってください、あの炎は危険すぎます!」
「防護フィールド、全出力展開ッ! くそっ、魔力が足りない……!」
キャルルとマンミアが絶望的な声を上げ、俺の前に立ち塞がろうとする。
だが、俺は二人の肩にポンと手を置き、静かに前に出た。
「いいから、下がってろ」
「ク、クウゴ殿……?」
「メシの時間を邪魔された上、明日の仕込みに使うはずだった極上の『食材』を炭にされちゃあ、料理人としての名折れだからな」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷え切っていた。
右耳から引き抜いた一本の金色の針。
それに息を吹きかけると、針は一瞬にして俺の身長ほどもある、両端に黄金の装飾が施された鈍色の棍棒へと姿を変えた。
俺の魂に刻まれたユニークスキル【齊天大聖・孫悟空】。
その象徴たる神話の武器。
「なんだ、その棒切れは? 狂ったか、料理人風情が!」
ゼロスが腹を抱えて嗤う。
「その棒で『ヘル・フレア』を叩き潰すとでも言うつもりか? 無駄だ無駄だ! それは物理的な炎ではない! システムに課金して引き出した、世界そのものを焼き尽くす概念の炎だ! 貴様のその棒切れごと、チリ一つ残さず灰にしてやる!」
「概念の炎、ねぇ」
俺は、迫りくる業火の壁を見据えながら、短く鼻を鳴らした。
「一つ、教えておいてやる。この『如意金箍棒』はな、ただ敵を殴り飛ばすためだけの打撃武器じゃないんだよ」
俺は、如意棒を片手で軽々と回し、その石突を、真っ直ぐにポポロ村の『大地』へと向けた。
「こいつの本来の役割は、天河の底を測り、荒れ狂う海を鎮め、世界の事象をあるべき場所に固定するための『重り』だ」
俺の瞳の奥で、【火眼金睛】の黄金の炎が燃え盛る。
腕の筋肉が膨張し、仙気が如意棒へと爆発的に注ぎ込まれた。
「鎮まれ。――『定海神針』」
ドンッッッ!!!!
俺が如意棒を、ポポロ村の大地に突き立てた瞬間。
鈍く、しかし世界そのものを揺るがすような重低音が響き渡り、黄金色の波紋が地面を伝って一気に広がっていった。
直後。
信じられない光景が、ポポロ村の空を覆った。
「……は?」
ゼロスの口から、間抜けな声が漏れる。
俺の目の前、わずか数メートルの距離まで迫っていた『ヘル・フレア』の巨大な炎の津波が。
まるで、再生中の動画を一時停止ボタンで強制的に止めたかのように、ピタリと空中で『静止』したのだ。
熱波も、音も、光すらも。
黄金の波紋が通過した空間のすべてが、絶対的な法則の下に『固定』されていた。
如意棒の真の名である『定海神針』――海を定め、乱れた事象を鎮める神話の権能。それが、チートで呼び出された理不尽な魔力現象を、空間ごと強制的にエラー状態へと陥らせたのである。
「な、なんだこれは……!? 炎が……止まった!?」
「システムエラーだと!? 馬鹿な、一千万Gも課金した【SSR級・広域殲滅魔法】だぞ! 一介の料理人が、そんな棒切れ一本で相殺できるはずが……ッ!」
パニックに陥り、虚空を必死にタップし始めるゼロス。
だが、固定された事象が再び動き出すことはない。
俺が如意棒から静かに手を離すと、空中で静止していたヘル・フレアの炎は、まるで限界を迎えたポリゴンのようにノイズを走らせ、パキンッ! という無機質な音と共に、無数の光の粒子となって砕け散り、霧散した。
あとには、焦げ跡一つない豊かな畑と、呆然と立ち尽くすゼロスの姿だけが残された。
「……相殺したわけじゃない」
俺は首のタオルで軽く汗を拭いながら、エプロンを揺らして一歩前へ出た。
「俺の厨房で、勝手に火を使うなと言っただけだ。……火加減ってのは、料理の命だからな」
圧倒的な静寂。
村人たちも、キャルルもマンミアも、目の前で起きた神話級の奇跡を理解できず、声すら出せずに固まっている。
だが、唯一激しく動いているものがあった。
ゼロスの上空に浮かぶ、不可視のカメラドローンを通じた『ゴッドチューブ』のコメント欄である。
【はぁぁぁぁぁっ!?】
【炎が止まった!? なんだ今の黄金の波紋は!?】
【おい嘘だろ、魔法が『消去』されたぞ!?】
【またあの金髪の料理人だ! エビフライの人だ!】
【チート勇者(笑)の魔法が棒切れ一本で消されたwwwざまぁwww】
【料理人じゃねぇ! あいつ絶対ヤバい神格の化け物だろ!】
ワイズ神の思惑は完全に崩壊し、ゴッドチューブは『謎の料理人によるチート勇者蹂躙配信』として、またしても天界の視聴率記録をぶち破っていた。
「くそっ、くそぉぉぉっ! ふざけるな、たかが村人Aの分際で、私に恥をかかせる気かッ!」
ゼロスは顔を真っ赤にして激昂し、腰に帯びていた純白の聖剣(これも課金アイテムだろう)を引き抜いた。
全身から、過剰なまでの闘気と魔力が噴き出している。
なるほど、腐っても【マネー】のスキルでステータスを一時的にカンストさせているだけあって、その身体能力と出力は相当なもののようだ。
「魔法が通じないなら、この圧倒的な暴力で物理的に肉塊に変えてやる! 課金で全ステータスをカンストさせたこの私に、近接戦闘で勝てると思うなよォォォッ!!」
地面を蹴り砕き、ゼロスが弾丸のような速度で俺の懐へと飛び込んでくる。
振り下ろされる聖剣の軌道は、確かに速く、重い。並の騎士なら反応すらできずに両断されているだろう。
……だが。
カンストしただけの『素人』の剣など、俺の目には止まって見える。
「近接戦闘? ……ああ、いいぜ」
俺は地面に突き立てていた如意棒を引き抜かず、あえて徒手空拳のまま、スッと構えを取った。
「そのナマクラじゃ、大根の皮も剥けねぇよ」
激昂するチート勇者と、エプロン姿の俺。
料理人としての『仕込み』は終わった。ここからは、神話の化け物による、一切の容赦がない『調理』の時間だ。
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