月兎の村長と仙術薬膳粥〜過労死寸前のワーカホリックを絶品メシで甘やかした結果〜
月兎の村長と仙術薬膳粥〜過労死寸前のワーカホリックを絶品メシで甘やかした結果〜
ポポロ村の村長公邸――その一室にある執務室は、酷い有様だった。
机の上にはルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三国から送られてくる膨大な調整書類が山積みにされ、床には丸められた羊皮紙が散乱している。
「ゴホッ……ケホッ……」
その書類の山に埋もれるようにしてペンを走らせていた少女が、小さく咳き込んだ。
ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハート。
ラフで動きやすい現代風の衣服に身を包んだ彼女は、ウサギの耳を力なく垂れ下げながら、手作りの人参柄のハンカチで口元を押さえた。
ハンカチには、べっとりと赤い血が滲んでいる。
「まだ……まだ終われません……。自警団の最新弾薬の決裁と、隣村の赤字補填の書類を作らないと……」
彼女は元・獣人王国の姫君であり、近衛騎士隊長候補でもあった月兎族のエリートだ。
月兎族特有の『他者を癒やす力』を持ち、それを惜しげもなく村人や負傷した冒険者たちに行使している。その代償として自分の生命力(体力)を削り、こうして血を吐きながら公務をこなしているのだ。
年収1500万円という高給取りでありながら、私財をすべて村のために投げ打っているため、彼女のポケットにはルナミスキング(ファミレス)でパフェを食べる程度の小銭しか残っていない。
「よし……これで、なんとか……」
「なんとか、じゃねぇよ」
フラフラと立ち上がろうとしたキャルルの肩を、背後から伸びてきた手がガシッと掴んで強引に椅子へ座らせた。
「ひゃうっ!?」
「お前、自分が今どんな目をしてるか分かってるか? 前世の俺が、深夜三時にエナジードリンクを胃に流し込みながら『あと少しで終わる』って呟いてた時と全く同じ、完全に死相の出た目だぞ」
俺――クウゴ・タイセイは、呆れ顔でキャルルを見下ろした。
手には、彼女へ差し入れようと持ってきたおぼんがある。
「く、クウゴさん……? どうしてここに……って、私は大丈夫です! 少し疲労が溜まっているだけで、月が出れば回復しますから……!」
「嘘をつけ。お前の心音、さっきから不整脈を起こしてガタガタじゃねぇか」
「うっ……」
相手の心音から嘘を見抜くキャルルだが、俺の【仙術】による感知能力の前では、彼女自身の体調など丸裸も同然だ。
俺はキャルルの手から強引にペンを奪い取ると、書類の山を脇へ追いやった。
「タイセイ公爵家で死ぬほど働かされて、前世でもブラック企業で過労死した俺から言わせてもらえばな。倒れるまで働くのは美徳でもなんでもない。ただの緩やかな自殺だ」
「で、でも、私がやらないと村が……」
「村長が過労死した村なんて、誰も住みたくねぇよ。休むのも仕事のうちだ。今日はもう、お前は一歩もこの椅子から動くな。俺がメシを食わせてやる」
有無を言わさぬ口調で告げると、キャルルはウサギの耳をピクピクと動かし、少しだけ安堵したような、泣き出しそうな顔で小さく頷いた。
俺は持参したおぼんを、片付いた机の上に置く。
蓋を開けると、ふわぁっと滋味深い香りが執務室いっぱいに広がった。
「特製・仙術薬膳粥だ」
土鍋の中でコトコトと煮込まれているのは、黄金色に輝くお粥だった。
使った食材は、ポポロ村の特産品である『月見大根』と『太陽芋』。そして万能の霊薬とも呼ばれる『陽薬草』だ。
ただ煮込んだだけではない。俺のユニークスキル【齊天大聖・孫悟空】の権能の一つである『仙術』を用い、食材の持つ回復効果と生命エネルギーを極限まで引き出し、調和させている。
「さぁ、口を開けろ。アーンだ」
「えっ!? あ、あの、いくらなんでも自分で食べられますっ!」
「馬鹿言え。今のお前はレンゲを持つ力すら残ってないだろ。いいから、大人しく甘やかされろ」
俺がフーフーと息を吹きかけて冷ましたお粥を差し出すと、キャルルは顔を真っ赤にしながら、震える唇を小さく開いた。
「あ、あーん……」
パクリ、と。
キャルルの口内にお粥が運ばれる。
その瞬間、彼女の肩がビクッと大きく跳ねた。
「――――ぁっ」
月見大根のすっきりとした甘みと、太陽芋のホクホクとした深いコク。陽薬草特有の苦味は完全に消え去り、代わりに全身の細胞が歓喜するような強烈な『癒やし』の波動が、舌の上から胃袋へと染み渡っていく。
大聖の仙術が込められた生命エネルギーが、キャルルの傷ついた内臓を、すり減った魔力を、そして凍りついていた心を、温かい光で包み込んでいく。
「ど、どうですか……? これ……なんだか、身体の奥からポカポカして……痛かった胸の奥が、嘘みたいに軽く……っ」
「ゆっくり噛んで飲み込め。血を作る生薬もたっぷり仕込んであるからな」
俺が二口目、三口目と運んでやると、キャルルはウサギの耳をピンと立たせ、ハフハフと幸せそうに咀嚼を始めた。
「美味しい……っ! すごく、美味しいです……! こんなに優しい味がするなんて……私、ずっと、冷たいパンの耳とか、時間のない立ち食いばかりで……っ」
ポロポロと、大粒の涙がキャルルの瞳から溢れ落ちた。
王族としての鳥籠のような生活から逃げ出し、ルナミス帝国での自由なシェアハウス生活を経て、今度は村長としての重圧に潰されかけていた彼女。
気を張って、誰にも弱みを見せられなかった少女の心の糸が、温かい一杯のお粥によってプツンと解けたのだ。
「いいんだよ。お前はよくやってる。たまにはこうして、俺のメシを食ってダラダラしろ」
「クウゴ、さん……っ」
お粥をたいらげたキャルルは、すっかり血色の良くなった顔で、潤んだ瞳を俺に向けた。
仙術の効果で肉体的な疲労は完全に消し飛んだはずなのだが、彼女は何故か俺の服の袖をギュッと強く、それこそ絶対に逃さないとばかりに握りしめてきた。
「……責任、取ってくださいね」
「ん? なんの責任だ?」
「私を……こんなにダメにした責任です」
キャルルは、ふにゃりと、これまでの『星の王子さま』のような完璧な外面とは全く違う、甘ったるく、どこか暗い熱を帯びた瞳で俺を見つめ上げた。
「クウゴさんのご飯がないと、もう生きていけなくなっちゃいました。……だから、一生、私のそばでご飯を作ってくださいね? もし逃げたら……その時は、足の骨を折ってでも、ずっと公邸に閉じ込めちゃいますから♡」
「……は?」
満月でもないのに、どうやら彼女の中の何かが極端な方向に振り切れてしまったらしい。
手作りのメシでヒロインを元気にするつもりが、どうやらとんでもない地雷のスイッチを踏み抜いてしまったようだった。
――こうして、逃亡社畜の俺は、重すぎる好意を向けてくる村長に胃袋から囲われるという、予想外のスローライフに足を突っ込むことになったのだった。
【作者からのご挨拶・お願い】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「クウゴのお粥が美味しそう!」
「過労死寸前から甘やかされるキャルルが可愛い!」
「見事にヤンデレのスイッチが入った……!」
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