第一章 大聖覚醒と村の胃袋掌握編
逃亡社畜、路地裏の極上ラーメンと天を砕く如意棒
グラグラと煮立つ寸胴鍋から、食欲を暴力的なまでに刺激する白濁した湯気が立ち上る。
俺――クウゴ・タイセイは、使い込まれた平ザルで湯切りをしながら、ふと己の人生を振り返っていた。
前世の俺は、日本のブラック企業で身も心もすり減らし、会社のデスクで突っ伏したまま過労死した、しがないサラリーマンだった。唯一の趣味であり、心の救いだったのが「自炊(料理)」である。
そして転生したこのアナステシア世界。
今度こそ自由で気ままなスローライフを……と願ったものの、生まれ落ちたのは帝国屈指の大貴族「タイセイ公爵家」の嫡男だった。
待っていたのは、前世を遥かに凌駕する地獄の英才教育と、領地経営という名の終わらない書類仕事。睡眠時間3時間で机に向かい続けたある日、俺の脳内で何かがプツンと切れた。
『このまま家督を継いだら、確実に二度目の過労死を迎える』
そう確信した俺は、成人を迎えたその日に公爵家の地位も財産もすべて投げ捨て、お気に入りの包丁一本だけを持って屋敷から脱走したのだった。
「お待たせ。特製・豚骨風醤油ラーメン、お待ち」
緩衝地帯ポポロ村。
その路地裏に勝手に設営した屋台のカウンター越しに、俺は熱々のどんぶりを差し出した。
具材は、シープピッグの分厚いバラ肉をトロトロになるまで煮込んだ自家製チャーシュー。麺は米麦草を手打ちした特製ちぢれ麺。そしてタレには、この村特産の醤油草を極限まで濃縮して使用している。
「ふぁぁぁぁっ……! あ、圧倒的な香りですの……!」
カウンターの丸椅子に座っていた少女が、歓喜の声を上げた。
ルナミスデパートで売られている三本線の入った安物の芋ジャージに、健康サンダル。どこからどう見ても限界極貧生活を送る少女だが、その正体は海中国家シーランの王女にして、自称・絶対無敵のスパチャアイドル『リーザ』である。
「いただきますのっ! ズルルルルルルッ!! んんんんん〜〜〜っ!!」
リーザは目をひん剥き、獣のような勢いで麺をすすり上げた。
普段はパンの耳と公園の雑草サラダで飢えを凌いでいる彼女にとって、俺の作る賄い飯は劇薬に近い。
「美味しい……! 信じられませんの! シープピッグのお肉が舌の上で溶けて、濃厚なスープがちぢれ麺に絡みついて……っ! 生きてて、生きてて良かったですのぉぉ!」
「慌てるな。替え玉ならいくらでもあるぞ」
ボロボロと大粒の涙を流しながらラーメンを貪るリーザに、俺は苦笑しながら冷水を差し出す。
地位も名誉もいらない。ただこうして、自分の作った美味い飯を誰かが笑顔で食べてくれる。それだけで、逃亡生活を選んだ価値があったというものだ。
――ガシャンッ!!
その平穏な空気は、無骨な金属音と共に唐突に破壊された。
「……見つけましたよ、クウゴ坊ちゃん」
路地裏の入り口を塞ぐように現れたのは、全身を分厚い魔導装甲で覆った重装騎士の一団だった。数はおよそ五十。その肩には、見慣れたタイセイ公爵家の紋章が刻まれている。
連れ戻し部隊か。ずいぶんと物騒な連中を寄越したものだ。
「こんな薄汚い村の路地裏で、物乞いの少女相手にままごととは。公爵家の次期当主として嘆かわしい」
「ままごとじゃないさ。俺は今、世界で一番やりたい仕事をしてるんだ。親父には『探すな』と伝えてくれ」
「戯れ言を。当主様より『手足を叩き折ってでも連れ戻せ』と厳命を受けております」
部隊長らしき男が冷酷に告げ、ずかずかと屋台へ歩み寄ってくる。
その無遠慮な足取りが、路地裏の土埃を大きく舞い上げた。
――パラッ。
舞い上がった土埃が、リーザが大切そうに抱えていたラーメンのスープに落ちた。
リーザの動きがピタリと止まる。
「あ……」
「フン、豚の餌にも劣る残飯だな。さっさと立て、クウゴ様」
部隊長が、あろうことか屋台の簡易テーブルを魔導ブーツで蹴り飛ばした。
ガタンッ! という音と共にテーブルが傾き、リーザのどんぶりが地面に落下して、黄金色のスープと麺が泥まみれになる。
「あ、あぁぁ……私の、私のラーメンがぁぁぁ……っ」
膝から崩れ落ち、泥にまみれた麺を見て絶望の涙をこぼすリーザ。
俺は。
手の中で、替え玉用の米麦草の麺を握りしめたまま、ゆっくりと息を吐き出した。
「……なぁ、あんた」
「抵抗するおつもりですか? 無駄です。貴方程度の魔力で、我々公爵家精鋭の『絶対防護陣』を破れるはずが——」
「俺を過労死させる気満々の実家に連れ戻そうとするのは、百歩譲って許してやる。俺を無能と罵るのもいい」
俺は、右の耳の穴に小指を突っ込み、そこから『一本の短い針』を引き抜いた。
「だが、客のメシを粗末にすることだけは……俺の厨房じゃ、万死に値する重罪だ」
俺が所持している、規格外のユニークスキル。
神話における最強の闘神『齊天大聖・孫悟空』の権能を己の肉体に宿す、バグのような力。
「なんだ、その爪楊枝は? 正気か……?」
「――伸びろ、『如意棒』」
直後。
俺の手の中で、爪楊枝ほどの針が、黄金の装飾を施された『神話の棍棒』へと姿を変えた。
俺はそれを片手で無造作に握り、重装騎士たちへ向けて、横薙ぎに一閃する。
「極大化」
ボォォォォォォォォォンッ!!!!!
大気が爆発した。
俺の手を離れた瞬間に直径十メートル、長さ数百メートルという規格外の質量へと『巨大化』した如意棒が、路地裏の空間を完全に埋め尽くしながら前進したのだ。
「なっ、ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」
絶対防護陣ごと五十人の重装騎士をゴミのように薙ぎ払い、さらにその後方にそびえ立っていたポポロ村の分厚い城壁を、まるで豆腐でも撫でるかのように粉砕して吹き飛ばす。
一切の抵抗を許さない、文字通りの『圧倒的な蹂躙』。
轟音と共に土煙が晴れた後には、遥か地平線の彼方まで続く、綺麗に整地された巨大な一直線のクレーターだけが残されていた。
「…………へ?」
あまりの光景に、涙目だったリーザがぽかんと口を開けて固まっている。
俺は巨大化した如意棒を元のサイズに縮めると、再び耳の奥へと収納し、何事もなかったかのように寸胴鍋の火力を調整した。
「悪かったな、リーザ。騒がしくしちまって」
「えっ……? あ、あの……?」
「すぐに新しいのを作る。次はシープピッグのチャーシュー、三枚オマケしてやるよ」
俺がニッと笑ってそう告げると、リーザの瞳に星のような輝きが宿った。
「く、クウゴ様ぁぁぁっ! 貴方は神様ですの!? 一生、一生ついていきますのぉぉぉぉっ!!」
限界地下アイドルにすがりつかれながら、俺は新しく麺を茹で始める。
――こうして、逃亡社畜である俺の、最強の料理人としての気ままなスローライフが幕を開けたのだった。
【作者からのご挨拶・お願い】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
「美味い飯が食べたくなった!」
「圧倒的な如意棒無双でスカッとした!」
「リーザが不憫可愛い……!」
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