第8章:犬鳴の霧に潜む影
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犬鳴村は、常に秘密を隠す術を知っている。山頂から降りてくる朝霧は、まるで犬神家の屋敷から漂う腐臭を覆い隠す帳のようだった。しかし、有馬健次郎刑事にとって、その霧は警告のように感じられた。
有馬は、江戸とあかりの屋敷の門へと続く小道の脇に立っていた。彼は遠くでまだ佐藤の車を囲んでいる警察の規制線を見つめた。十年来の相棒だった。佐藤が汚職に手を染めるはずがない。彼は、自分が死んで娘を一人貧困の中に残していくことなど、決して選ばない男だと知っていた。
「自分一人で弾丸を飲み込むはずがないんだ、佐藤」有馬は呟き、道の先にある伝統と現代が融合した大きな屋敷を、目を細めて見つめた。その家は、この古めかしい村にしては、あまりにも「完璧」すぎた。
屋内では、江戸が洗面所の鏡の前で頬の引っかき傷を処置していた。背後から、シルクのバスローブを纏ったあかりが現れ、独占欲を露わにして彼の腰に抱きついた。
「門の前に、お客様がいらしているわよ、愛しい人」あかりが蛇の威嚇のような声で囁いた。「あの汚職警官の相棒さん。親を失った犬みたいに突っ立っているわ」
江戸は目を閉じ、胸元を這うあかりの冷たい指先を感じた。「彼は馬鹿じゃない、あかり。有馬は県警で『ハゲタカ』と呼ばれている。死体を見つけるまで、決して止まらない男だ」
「なら、死体を与えてあげればいいじゃない」あかりは江戸の肩を噛み、彼の白い肌に鮮やかな赤い痕を残した。「なぜ震えているの、江戸さん? 彼が怖いの? それとも、私が彼に何をするのかが怖いの?」
江戸は振り向き、あかりの顎を強く掴んで顔を上げさせた。「君の衝動はもう十分だ。今彼に手を出せば、県警の総力がこの犬鳴に注ぎ込まれる。俺に任せろ、『清潔』な方法で処理してやる」
あかりは嘲笑を浮かべて笑った。「清潔? あなたはいつも綺麗に片付けたがるけれど、その手はすでに肘まで血に染まっているのよ。偽善者ね、江戸! あなたも私と同じくらいこの暗闇を愛しているくせに、認めるのが怖くて逃げているだけだわ!」
あかりは突如、江戸の手を自分の首へと持っていった。「絞めてみてよ、江戸。もし本当に『普通』の生活を送りたいなら、私を殺せばいい。でも、できないでしょう? 私の狂気がなければ、あなたはただの退屈な生きる屍に過ぎないのだから」
門のチャイムが鳴った。ピンポーン……。その音は家中に響き渡り、夫婦の間の緊張を断ち切った。
江戸は下に降り、首元の傷を隠すために襟の高いシャツを着た。彼が門を開けると、鋼鉄に穴を開けるような鋭い視線を持つ有馬がそこに立っていた。
「犬神さん」有馬は微笑み一つ見せずに挨拶した。「静かな朝にお邪魔して申し訳ない。昨日、佐藤と交わした最後の会話について、いくつかお聞きしたいことがありましてね」
「もちろんです、有馬さん。どうぞお入りください」江戸は冷静に答え、完璧な「建前」の仮面を装着した。
客間に座っていると、あかりがお茶のトレイを持って現れた。彼女は非常に慎ましやかな着物姿で、髪を綺麗に結い上げている――まさに理想的な「大和撫子」の姿だった。しかし、有馬にお茶を差し出すために身をかがめた際、彼女はわざと、江戸に掴まれた跡が赤く残る首元を、刑事の目に触れるように晒した。
有馬はそれを見逃さなかった。彼の視線は、彼女の首元から、絆創膏が貼られた江戸の頬の傷へと移った。
「立派な屋敷だ」有馬は部屋の隅々まで視線を走らせながら言った。「実に静かだ。警察が訪問した直後に『自殺』するような事件が起きた家族にしては、あまりにも静かすぎる」
「ニュースを聞いて、私たちも本当に驚きました」あかりは、今にも泣き出しそうな震える声で答えた。「昨日、佐藤さんは……とても追い詰められているように見えました。娘さんの入院費のことばかり話していらして」
有馬は茶碗を、ガチャンと大きな音を立てて置いた。「佐藤は、捜査対象者に自分の私生活を話すような男ではありませんよ、犬神夫人。……あなたが彼を絶望させる理由を与えない限りはね」
部屋の空気は一瞬にして氷結した。江戸は、あかりの高揚感が頂点に達し始めているのを感じた――彼女は追い詰められる瞬間を愛している。あかりは密かに唇を舐め、次のメインディッシュを見るかのような瞳で有馬を見つめた。
「どういう意味ですか、刑事さん?」江戸は低く、警告の色を含んだ声で尋ねた。
「犬鳴は狭い村だ」有馬は立ち上がり、窓の方へ歩み寄った。「だが、何かを隠すには十分すぎるほど広い。捜査令状を持って出直しますよ、犬神さん。その時になれば、この霧も君たちを守ることはできない」
有馬が去った後、あかりは江戸に近づき、彼の心臓を恐怖と執着で波立たせるような言葉を囁いた。
「いい目をしているわね、江戸。あの目を抉り取って、私たちの枕元の瓶の中に飾っておきたいわ」
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




