第5章:陶器の裏側の亀裂
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遠ざかっていくパトカーの音が、突き刺さるような静寂を残していった。江戸は玄関の鍵を三回、死刑判決の響きにも似た金属音を立てて閉めた。彼は薄暗い廊下で立ち尽くし、長く伸びた影は硬く冷たく凍りついているようだった。
食堂では、あかりがいまだにくつろいだ様子で座っていた。彼女は指先に残った唐揚げのソースを舐めとり、まるで刺激的なゲームに勝ったばかりのような瞳を輝かせている。
江戸はゆっくりと歩を進めた。板張りの床を踏みしめる靴の音は、爆発へのカウントダウンを刻む時計の針のように響く。彼はあかりの真後ろで足を止めた。微かに揺れるシャンデリアの光が、江戸の影を作り、小柄な妻の体を飲み込んでいく。
「君はすべてを台無しにするところだったんだぞ、あかり」江戸の声は低く、沸点ギリギリまで抑え込まれた怒りに震えていた。
あかりは振り向かなかった。それどころか、挑発的な音を立てて指のソースを啜り上げた。「台無し? それこそが、私たちが生きていると実感させてくれるものでしょう、江戸さん?」
ピシッ……。
江戸は、化学洗剤の残骸で汚れた布巾をテーブルに叩きつけた。それはあかりの皿の真ん前に落ちた。「君は感情に刃を支配させた。なぜ庭に歯とボタンが落ちているんだ!? これは『滅菌作業』だと約束したはずだ。君の血塗られた遊び場じゃない!」
あかりは笑った。軽やかだが、叩かれたひび割れた陶器のように虚ろな響きの笑いだ。彼女は立ち上がり、背を向けると、そのまま江戸のパーソナルスペースに踏み込んだ。鉄の錆臭さと唐揚げのスパイスの香りが残る指先で、夫の顎をなぞる。
「あなた、退屈になってきたわね。あまりに……人間らしすぎるわ」あかりは狂気的な眼差しを光らせ、耳元で囁いた。「あなたは私の狂気を愛して私を選んだはずよ。虎を飼い猫の檻に閉じ込めようとしないで。従順な妻が欲しかったのなら、最初から『犬神』の名を持つ女と結婚すべきではなかったのよ」
突如、あかりはテーブルから銀のフォークをひったくった。江戸が驚愕するほどの電光石火の動きで、彼女は自らの左腕を切り裂いた。鮮血が溢れ出し、高価な白いブラウスを赤く染めていく。
「見て」あかりは傷ついた腕を江戸の目の前に突き出した。「これでもまだ、冷静でいられる? それとも、あなたはもう『滅菌』されすぎて、この赤色に嫌気がさしたのかしら?」
江戸は暗い瞳でその傷を見つめた。しかし、彼が言い返す前に、階段の方から冷たい声が空気を切り裂いた。
「お父様、お母様……素人のような真似はやめて頂戴」
しおりがそこに立っていた。体の半分を階段の闇に隠し、彼女が持つタブレットの画面が、無機質な表情の顔に青白い光を投げかけている。
「佐藤刑事は芝生から何かを拾ったわ。でも、彼は今すぐ応援を呼んだりはしない」しおりはタブレットの画面をスワイプし、高解像度の防犯カメラ映像を映し出した。「家宅捜索令状を取るための決定的な証拠がないことを彼は知っている。彼は個人的に捜査を進めるつもりよ。英雄的だけど、とても愚かだわ」
江戸は釘付けになった。娘を見つめ、しおりがただ観察しているだけでなく、親たちの失敗を「査定」していることに気づいたのだ。
「すでに県警のサーバーには侵入したわ」しおりは冷静に続け、指先を画面上で滑らせた。「彼の個人アカウントに偽の医療記録と不審な取引履歴を植え付けておく。彼が報告書を上げる前に、佐藤刑事を『精神疾患を患った汚職警官』に仕立て上げてあげる」
江戸は背筋に冷たい戦慄が走るのを感じた。しおりの瞳の輝き……それはあかりと同じ輝きでありながら、はるかに抑制され、はるかに致命的だった。彼は、いつか自分たちを喰らうかもしれない怪物を育ててしまったのだと悟った。
「部屋に戻れ、しおり」江戸は掠れた声で命じた。
しおりはタブレットの電源を切り、完璧な令嬢の作法で一礼すると、音もなく上の階の闇へと消えていった。
食堂に再び静寂が戻ったが、江戸とあかりの間の緊張感はさらに鋭く研ぎ澄まされていった。江戸は、自らの傷を勲章であるかのように誇らしげに微笑むあかりを見つめた。
前触れもなく、江戸はあかりのうなじを荒々しく掴み、鼻先が触れ合う距離まで顔を引き寄せた。彼の呼吸は荒く、憎悪と恐怖、そして歪んだ情熱が混ざり合っている。
「これが遊びだと思っているのか?」江戸が低く唸る。
彼は、優しさとは程遠い口づけであかりの唇を塞いだ。それはもはや攻撃だった。荒っぽく、要求に満ち、痛みを伴う支配。江戸があかりの下唇を噛み切り、二人の口の中に鉄の錆臭い味が広がった——正気の瓦礫の中で行われる、ささやかな晩餐。
あかりはその抱擁の中で喘ぎ、江戸のシャツをシワが寄るほど強く掴んだ。彼女は抵抗せず、むしろそれを楽しんでいた。これが彼らの愛の言語なのだ。深まっていく亀裂、壊れた陶器、それでも「血」という接着剤で無理やり繋ぎ止められた関係。
外では夜が深まり、美しい家の壁の裏側で、腐敗していく犬神家の秘密を包み込んでいった。
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




