第10章:台所の扉の裏側の氷の庭
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有馬刑事が失踪してから三日、犬鳴村に平穏はなかった。県警本部から派遣されたパトカーのサイレンが、頻繁に霧を切り裂くようになった。村の迷信など信じないベテラン警視に率いられた特別捜査班が到着したのだ。外部からの圧力が日に日に強まる中、犬神家の中では、一つの時限爆弾が秒読みを始めていた。
江戸は嫌な予感と共に目を覚ました。彼の論理は回転し続ける。同じ地点で二人の刑事が消えた。警察は戸別訪問の捜索を始めるだろう。完璧に「清潔」でなければならない。
彼はコーヒーを淹れるために台所へ向かった。その朝は不気味なほど静かで、冷蔵庫の唸る音だけがいつもより大きく響いていた。江戸はミルクを取り出そうと、冷蔵庫の扉を開けた。
彼は目を見開き、息を呑んだ。
一番下の棚、しおりの牛乳パックと昨日の唐揚げの残りの隣に、美しい赤いリボンが巻かれた透明なガラス瓶が置かれていた。その中、保存液に浸されていたのは、いまだに澄み渡った一対のヒトの眼球――有馬刑事の目だった。
それだけではない。高級牛のパックの裏側に、綺麗に並べられた指が見えた。その爪はあかりによって赤く塗られ、まるで美術品のように展示されていた。
「あかり!!!」江戸の咆哮が台所の壁を震わせた。
あかりが居間から姿を現した。まだ愛らしい寝ぼけ顔で、罪のない子供のように目をこすっている。「どうしたの、江戸さん? 朝っぱらから大声なんて出して」
江戸はその瓶をひったくり、食卓に叩きつけた。ガツン! 「これは一体何なんだ!? すべて地下の焼却炉に捨てると約束したはずだ! なぜ有馬の一部を家族の冷蔵庫に保管しているんだ!?」
あかりはただ甘く微笑み、瓶に近づいてそれを愛おしそうになでた。「だって、とっても綺麗なんですもの、愛しい人。有馬さんはあんなに鋭い目つきをしていたわ……ずっと私たちを見ていてほしいの。冷蔵庫を開けるたびに、私たちの愛の証人になってほしいのよ」
「これは愛じゃない、あかり! 私たちを破滅させる不手際だ!」江戸はあかりの肩を掴み、激しく揺さぶった。「特別班が村に来ているんだぞ。彼らは無作為の捜索を行うだろう。もしこれが見つかれば、もう逃げ場はない。君のその狂ったコレクションが、私のシステムを破壊しているんだ!」
あかりは江戸の手を振り払った。その明るい顔は一瞬で冷酷に変わった。「あなたのシステム? あなたはいつもシステムだの論理だのと言うけれど、汚れ一つ残さずに殺せるとでも思っているの? 私たちは人殺しなのよ、江戸! 几帳面な会計士のふりをするのはもうやめて!」
あかりはその瓶を手に取り、胸に抱きしめた。「怖くなったんでしょう? しおりのために、この『思い出の品』を捨てて普通の人間になりたいと思っている。臆病者ね!」
言い争いは激化した。江戸は瓶を取り上げて叩き壊そうとしたが、あかりは鋭い爪で応戦し、江戸の腕を血が出るまで引っかいた。その無秩序な揉み合いの最中、台所の扉が開いた。
シリアルの箱を持ったしおりがそこに立っていた。彼女は、逆上する父親と、眼球の瓶を愛おしそうに抱く母親を冷めた目で見た。
「お母様」しおりの声は平坦で冷ややかだった。「それは私のおもちゃ箱に入れておいてって言ったはずよ、冷蔵庫じゃなくて。冷蔵庫の温度は低すぎるわ、角膜が傷んでしまう」
江戸は立ち尽くした。世界が崩壊していく音がした。狂っているのは妻だけではない。娘までもが、ヒトの部位を保存するための技術的な助言を始めたのだ。
ピシッ……ピシッ……。
そのひび割れる音は、今や江戸の耳元で爆発音のように響いた。もはやダメージコントロールなど不可能であることを彼は悟った。そこにあるのは家庭ではない。おぞましい解剖学の展示館だった。
「キスして、江戸」あかりが挑発する。食卓にぶつかって唇から血を流しながらも、その瞳は執着に燃えていた。「キスして、私を憎んでいると言いなさい。さもなければ、この死体の山の底で死ぬまで私を守り抜くと誓いなさい」
江戸はあかりを見つめ、それから眼球の瓶の横で静かにシリアルを器に注ぎ始めたしおりを見た。絶望に打ちひしがれながら、江戸はあかりを引き寄せ、荒々しく唇を重ねた――それは、自ら進んで飲み込む毒薬のような味がした。
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




