第二章 帝都の三人(2)
「失礼します」
ドアがノックされ、長い金髪を三つ編みにした少女がメイドを二人連れて入ってきた。
マナの女学園での親友、サーラだった。
目尻の下がった、上品で温厚そうな風情の少女だが、さりげない身のこなしなどから武芸の心得も十分なことが察せられる。
部屋の衣装入れにあった、色とりどりのドレスが三人の前に並べられた。
シェリーは、白金色の髪と白い肌がよく映える、黒のロングドレスを選んだ。
胸元には深紅の薔薇のブローチをあしらう。
鈴のペンダントだけはいつものように身につけたままであったが、普段とは見違えるような様に、弟子二人が目を丸くする。
まさいに妖かしの民という呼び名に相応しい、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
マナは師母の強い勧めで、深い色合いの赤いロングドレスを着ることになった。
背中や胸元が空きすぎで少し恥ずかしかったが、師母に言わせれば端整な顔立ちと均整のとれた姿態が際立って美しい、とのことだった。
そこまで褒められてしまうと、何というか非常にこそばゆい。
ココは二人が華麗に変身するさまを、魔法にでもかかったように呆然と眺めていたが、
「ココはそう、やっぱり白よね。歩きづらいだろうから、スカートは短いほうがいいでしょ」
という師母の強い提案で、白のショートドレスを着せられた。
純白に輝く白いドレスが、蜂蜜色のしなやかな肢体を包む。
傍で見ていたマナも、思わず目を見張ってしまうような美しさだった。
洗練された淑女とは違うが、初々しさが見る者を魅了する、といったところだろう。
師母もその変貌ぶりに満足したようで、面白がって衣装棚にあったサクランボを象ったブローチや銀のブレスレットなどを付けさせ、「可愛い、可愛い」と連呼している。
「ああ、どうしようマナ。ただでさえ可愛いココが、ドレスアップしたらお姫様みたいになっちゃったよ……」
すっかり別人のようになったココを抱き寄せ、髪に頬ずりしている。
こういうのもやはり親バカと呼ぶべきなのだろうか、とマナは呆れ顔で思うのだった。
しかしその夜の夕食は、テーブルマナーを全く知らないココにとって、なかなか難儀な席となってしまった。
フォークとナイフをぎゅっと握り締めたまま、半べそのココが、なんとか無事に食事を終えるまで師母もマナも悪戦苦闘する羽目になった。
翌日、昼食を終えたマナは、さっそくサーラと共に入団試験まで通う学校の手続きに向かった。
学校は帝都の文字通り中心部にある中央区にある。
シェリーとココも、それに付き添うことにした。
女学園の推薦状があるため、別に二人がついていってもすることもないのだが、観光も兼ねてである。
手続きが終わるまでには夕方近くになる、ということだったので、その間二人は帝都見物に出かけることにした。
学校の門の前でマナたちと別れ、ぶらぶらと歩く。
中央区は皇宮が近いこともあり、他の地域よりも静かな佇まいであった。
「さて、ココ。どこに行こうかね?」
師母にそう尋ねられても、もちろん見るもの聞くもの何もかもが目新しいココは首を傾げるばかりだ。 笑顔で、
「師母様と一緒なら、どこでも!」
と答えた。白い八重歯が顔を覗かせる。
無邪気な笑顔に、シェリーも微笑で応えた。
中央区から南区に向かい、そこから水路沿いに歩いて最寄りの船着場を目指す。
今日はそこから水路を下り、東南区にある港を見物することにした。
山暮らしの長いココに、海を見せてやりたかったのだ。
船着場で船頭に前金を払い、二人乗りの舟を出してもらう。
男性の多い職場には珍しく、南方系の若い女性が船頭だった。
水路に滑り出した舟は、みるみる内に岸を離れていく。
晴れ渡った空の下、初夏の涼やかな風が吹いていた。
川辺には青い花が咲き、数羽のトンビが上空を気ままに旋回している。
それらを見やるココの目は、好奇の輝きを放っていた。
「いい風だね、ココ」
シェリーが白金の髪をなびかせ、目を細める。
胸元の鈴が静かに鳴っていた。
ココは船の縁に手をかけたまま大きく頷き、辺りの風景を飽きることなく眺め回していた。
同じように客を乗せた舟がいくつもすれ違っていく。
平穏そのものといった舟旅であったが、南区と東南区の境に架かる大きなアーチ橋の下をくぐったところで、シェリーの背筋に寒気が走った。
肺腑を直接握られたような、この感覚。
首の後ろに冷たく鋭い刃を当てられたような、この悪寒。
殺気だ。
それも、尋常ならざる敵が発している。
口の中が一気に渇いていく。
シェリーは大きく息を吐きつつ、周囲に目を配った。
ココは全く気づいた素振りもなく、陽光を受けて輝く水面を覗いている。
恐らく川魚でも見ているのだろう。
船頭も同様に気づかぬまま、日焼けした腕で櫂を巧みに操っている。
舟が東南区に入り、アーチ橋から遠ざかると共に殺気も薄らいでいった。
(橋の上にいたのか……?)
シェリーは目を凝らし、遠のいていくアーチ橋の周辺を探ったが、それらしい人影は見当たらなかった。
殺気の主もまた、シェリーの存在に気づき姿を隠したのだろう。
(あれは間違いなく、私に向けての殺気だった……)
傭兵時代に培った勘、武人としての本能がそれを告げていた。
勘違い、ということはない。
何しろこういった稼業だけに、恨みは数え切れないほど買っていた。
あくまでも仁義を重んじ、悪党の中でも特に「外道」とされるような連中だけを斬り捨ててきたつもりだが、そういう輩にも当然仲間はいる。
彼らにしてみれば、シェリーはただの仇に過ぎないのだ。
だが……。
(あれほどの気を放つ敵は、そう多くはないわ……)
いつになく厳しい表情で沈思するシェリーに、ココが気づいた。
その心配そうな目線を感じ、シェリーはすぐに笑顔に戻った。
穏やかな川面を見つめながらも、心のうちは未知なる強敵の出現に揺らいでいた。
(続く)




